パ ン く ず の み ち






夕刻
みんな家に帰る
アスランは買出しのためショッピングモールに車を走らせた。
その駐車場で彼は会うわけない人に会った。
このオーブのショッピングモールでは会ってはいけない人だった。
会いたくないとかそういうことではなく・・・いや、それもなきにしもあらず。
いやいや、だからそうではなくて。


「ラク・・・」

ス、と最後まで彼女の名前を呼ぶ前に周りをきょろきょろ見回した。
西日にじりじりと照らされたショッピングモールの駐車場は車が少なくて
見晴らしがいい。ラクスはその手に何も持っていなかった。
買い物をした様子はない。
帽子もない。

「キラも一緒ですか」
「こんにちは。いいえ、キラは一緒ではありませんわ」

アスランはまたきょろきょろ周りを見た。それからラクスを駐車場から
離れたところに引っ張る。平日で車の少ない、見晴らしのいい駐車場はあまりにも
彼女にとって危険だった。元アイドルだからサインを求められてパニックが起こるとか
そういうレベルではない。元戦艦盗んでプラントを飛び出しヤキン攻防戦の折りに
第三勢力の指揮をとっていた人というレベルだからだ。

「危ないですから帽子をかぶるとかとにかくなにかこう目立たない感じに
しないと、というかこういった場所には絶対に近づかないようにとあれほど」

「そうですわね」

ラクスは反省するふうでもなく、微笑をたたえたまま言った。
アスランには未だに彼女の心が読めない。

「ええと、とにかくバルトフェルドさんが一緒なんですよね。それじゃあすぐに戻」
「いいえ」
「ああそれじゃあ、マリューさんが」
「いいえ」
「では誰が?」
「いいえ」
「いいえ?」
「はい」

アスランは海からのやんわりとした風に吹き飛ばされるかと思った。
ラクスは海からのやんわりとした風に吹かれてふんわりとしていた。
彼女は連れもなくこんな人の多い場所に来たらしい。








「ラクスは車を運転できたんですね」


動揺のあまり半ば関係のない言葉が口からこぼれていた。
海沿いの道を歩いてもあの屋敷までは歩いたら2時間はかかる。
平気な顔して微笑んでいる彼女が本当に歩いてきたとはにわかに信じられない。
ラクスはずっと微笑をしたままでこの駐車場で見つけた時からいままでずっと
かわっていなかった。ポーズもだ。
2時間あるいてきたというにはあまりに整っていて違和感がある。
両手を前にそろえて背筋はぴんとして唇の端を優雅にもちあげて海風に髪を
なびかせている。そしてアスランの目をじっと見ていた。じっと見て微笑をたたえている。
恐ろしい、と感じるのは失礼な気もしたが確かにアスランは彼女の様子に背筋がひやりとした。

「ええと」

尋ねるべき多くの問いを選んでいる時ふと足元に視線をおとした。
小さな花の形の止め具がついている上品だった靴は、
花の形の止め具を片方失い、他方は止め具が壊れている靴になっていた。
のぞく白い足の甲に赤いあとを見つける。
ひどい靴擦れ



























「お散歩をしておりましたの」

車に引っ張り込んで扉を閉めて靴を脱がせてお散歩と聞かされて足を見て
アスランは思わず眉をしかめた。

「お散歩をしておりましたらいつもよリ少し歩こうと思いつきましたの」
「だからってこれが少しと言えますか。ああ、ひどい靴擦れです」

車の窓からさす夕日がまぶしくて、遮光モードに切り替えた。
途端に暗くなったので小さなライトをつける。ラクスの白い足が
ぽうっと発光するように照らされる。
男には見とれずにおれないその景色から無理やり目をそらして靴擦れを看た。

「ここはあなたの庭ではないのですから本当に気をつけてくださらないと」
「迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「いえ、大事なくてよかったです」

ティッシュと水で靴擦れを冷やさせてアスランは車を出した。

車は海沿いをはしる。

ラクスは黙って言われたとおりに擦れた所にティッシュをあてていた。
その様子がやはりアスランの背をひやりとさせる。ひやりとする。


「この道を来たんですか」


沈黙に耐え切れずアスランは尋ねた。
ラクスはふっと顔を上げてフロントガラスごしに海沿いの橙色の道を見た。そして
「よく覚えていないのです」と言葉をつむいだ。

「どうやってここまで来たのかよく覚えていないのです」

しかし屋敷に続くこの道は一本道だ。
怪訝に思ったアスランをおいてラクスはフロントガラスの向こうを見据えた。
背はぴんとして唇には微笑をたたえている。
両手の平はスカートの上に重なっている。
まだひやりとする。

「最初はたくさん周りに人が居たのです。それからしばらくして
少し人がいなくなって、もう少ししてまたいなくなって。ノイマンさんも
ミリアリアさんもキサカさんもカガリさんもいなくなって」

アスランは弾かれた。
言葉の続きに耳を澄ます。
車の音は静かで心臓が重い感じにドクドクしているのが聞こえた。


「二ヶ月前あなたもいなくなりました」


アスランはちょうど二ヶ月前にアスハ家の邸宅に移った。

「いつか一人も残らないのではないかと思ったら少し怖くて、少し帰りたくなりましたの」

ラクスはずっと前を見ていた。まだあの海辺の屋敷は見えない。
心臓がいけない
緊張して
速い


「でも帰り道を思い出せないのです」


クライン邸はもはや廃屋と呼ぶもおこがましいほどに崩れ落ちた。
住むべき人もない。


「一生懸命考えながら歩きましたのにどうしても思い出せないのです」
「・・・うん」


彼女の家をなくしたのも住む人をなくしたのも彼の父であったけれど、
ここで簡単にごめんとはいえなかった。
相槌に彼の知るすべての感情をこめた。

「パンをちぎればよかった」

頬の端を一瞬で涙がつたったように見えたのは光の加減だと
アスランはハンドルを握る手に言い聞かせた。震えるから。



夕暮れに
白い足
女の子の靴擦れ

一本道


青春の日々としては満点の風景にありながら
ふたりはあまりにもいびつな関係

ヘンゼル
グレーテル
帰り道をなくした 子供






































「パンをちぎってもダメです。ラクス」
「ああそうでした。小鳥に食べられてしまうのでしたね」

ラクスは声のトーンを、きっと無理やりあげて滑稽に笑ってみせた。

「そうですわ、アスラン。今度ハロに道案内機能をつけてくださいませ」

目の上のほうが熱を持って痛むような彼女の振る舞いに
アスランは奥歯をぎゅっと噛んでうなずいた。

「・・・はい、わかりました」
「ありがとうアスラン」
「足はまだ痛みますか」
「大丈夫です。でもキラにはどうか秘密に」
「あいつはそういうのにきっとすぐ気付きますよ、俺と違って」
「あら、いじけないでくださいませ」


日が沈む前に海辺の屋敷の屋根が見えてきた。
着くまでは
新しいマグカップを買ったとか自動販売機の『あったかーい』のボタンをおしたら
冷たいコーンポタージュが出てきたこととか
他愛もない話をして少し笑った。

























何日かして
アスランは海辺の屋敷にハロを届けた。
キラは「またぁ!?」とあきれた声をあげ、ラクスはその後ろでアスランを見上げて
はにかみ笑いだった。

「か、帰り道の設定は自由に変更できますから」

そう言い置いてアスランは逃げるように帰っていった。
部屋に戻ったラクスは新しいハロに小さなメモがついているのを見つける。

開く




 ・ 帰るところは「特定の場所」「特定の建物」などに設定可能です。

 ・ 初期設定は以下のようにしてあります。

     帰るところ : アスラン・ザラ

(※無効な設定ですので変更してくださってもかまわないんですけど
  なんというか なんかもう すみません)