きみが眠ってしまったら
ぼくはきっとくちづけをしましょう
それできみが目覚めたらぼくは王子に
それできみが目覚めなければ君は、冷たい石の下に




高く、銃声が響いた。




 パ ー テ ィ ー




アスランのプライベート回線に割り込んできたのはイザークの声だった。
「貴様、いまどこにいるっ」
イザークの声は冷静さを欠いていた。
「どこって、空港へ移動中だが。なんだいきなり」
「アプリリウス市立病院へ向え」

「わっ!」

アスランが声をあげたのはイザークの声が大きかったからではなく、
急にタクシーの運転手が車を止めたからだ。
どうした、とたずねようと運転席を覗き込むと、運転手はぽかんと
口をあけて街頭ビジョンを見上げている。
怪訝に思ったアスランもそれを見上げる。

『...されました。繰り返し議場前からお伝えします!ついさきほど議場から
出てこられたラクス・クライン氏が何者かに狙撃された模様です!繰りか...』

たくさんのマスコミと警備員におされながら、そのレポーターは伝える。
繰り返し繰り返し、
ラクス・クラインが撃たれた、と。
のみこめない内に筋肉が一瞬弛緩して携帯が手から滑り落ちる。
電話の向こう、イザークがなにかわめいて、
もうよく聞こえない。





政府要人御用達のそアプリリウス市立病院ではマスコミへの対応も慣れたもので、
正門から先は侵入を一切許していないようだ。
アスランは、イザークの指示で緊急車両用の裏道から敷地内に入った。
地下駐車場からエレベーターでのぼっていく。
ラクスは集中治療室にはいったという。
プラントの集中治療室から出てくる者には、生か死のどちらかが必ず確定している。
生きる怪我なら時間はかかっても必ず回復する。
生きる怪我でないならば、出て行く先は物言わぬ石の下。
眩暈がしたのは、上昇するエレベーターにかかる重力の所為に違いない。


「イザーク」
エレベータをおりた先、奇妙なほど静まった廊下にイザークがひとりで立っていた。
椅子もあるのに、彼は腕を組んだままでいつもの不機嫌そうな表情で立っていた。
彼の向こうにある扉が、治療室の入り口だろう
赤いランプが点灯している。
「ラクスは」」
アスランはイザークの表情と手術室の扉を交互に見ながら云う。
無意識にイザークの服をつかんでいた。
つかんでいた手はすぐに振り払われる。

「急所ははずれている。命に別状はないそうだ」
「・・・そうか」

アスランはようやく、まともに呼吸できたような気がした。
イザークはそのアスランを一瞥してから言う。

「左肩に一発、二発目は腕をかすっただけで、三発目は完全にはずれた」
「・・・そうか」

ラクスは生きる。
大丈夫
生きる
絶対に
おねがいだから、とアスランはこぶしをぎゅっと握る。
イザークが記者団への説明のためにと呼ばれて一旦手術室の前を離れると
アスランはいよいよひとりになって、ぐるぐる思いをめぐらせた。



たとえば


ぼくは横たわったきみの頬に手をあてて

か弱くつむられたきみの眼を見送って

温かいのをなくしてゆくきみの頬に命をこめて

死なないで死なないで死なないで死なないで

死なないで死なないで死なないで死んでしまうならどうか

安らかに

それでもどうか

死なないで

そうやって、すっかり冷たくなった頬に触れて泣いて祈るのだろうか
きみが生きるためならばぼくは
ぼくのいのちをすべてあげる
ぼくが奪ったいのちもすべてあげる
ぼくが奪ういのちもすべてあげるから

そんなことを考えた自分にぞっとすることさえ忘れたとき
赤いランプがぱっと消えた。









長い睫毛が震えたかとおもうと、うっすらと瞳がのぞく。
ぼんやりしたままの瞳は一度天井をみて、窓のほうを見てから
アスランのほうへやってきた。
そして、まだ眠っているような瞳が何度か瞬きをした。
動作がとてもゆっくりなのは麻酔がきいているからだろうか。

「ゆめかしら」
声は細く、幼いように聞こえた。
「どうしてです」
アスランはなるべく穏やかに、驚かせないように声音をしずめる。
「とてもこわく、かなしいゆめを、みましたの」
「ええ」
「うたれたのです」
夢ではない。彼女は確かに、五時間前に撃たれた。
衝撃や痛みは恐ろしかったろう。
誰かに恨まれ撃たれるのは彼女には悲しかったろう。
夢ではない。

「とても、いたいものでしたでしょう」
不思議と、ラクスのその言葉はアスランに尋ねているように聞こえた。
「ただ撃たれるだけでもいたいのに」
ラクスは枕の上で首だけ動かして自身の肩を見、自嘲して笑ったように見えた。

「アスランが、アスランのお父様に撃たれる夢でしたの」

ああ、ちがう。とアスランは気づく。
彼女が夢に見たというのは、彼女が撃たれた現実ではない。
アスランが撃たれた過去だ。

「ご自分の身が危ういときくらい、ご自分の身を案じてください」
「怖かったですね、アスラン」

憤りで声のかすれたアスランの言葉は届かず、
無事なほうの手がアスランに伸ばされる。
ラクスの手はアスランに届いた。
ほたりほたりと点滴がおちる。
ほたりほたり

ほた

「かなしかったですね、アスラン」

無事なほうのラクスの手はアスランの後ろ髪をすくように撫ぜる。
アスランはベッドに額をうずめて、傷ついたラクスの手をとって、
ほたり ほたり

「よく、がまんしましたね」

ほたり

ほた



ラクスはきっとゆめうつつで、どこかでなにかを取り違えている。
自身が肩を撃ち抜かれたことは現実と知っている。
けれどアスランの肩の傷がすっかり癒えた今になって、それを夢に見て
こわいかなしいと云う。目の前で顔を伏せて奇妙な呼吸をするアスランを、
彼女は夢の続きと思っているのだろうか、アスランにはわからない。




どれくらい時間が過ぎたのだろうか。

アスランは目をさますところからはじまった。
病室のベッドに首だけあずけて眠っていたらしい。
頭の上にはラクスの手がのったままになっている。
彼女は夢に戻った。
手をそっと下ろして、毛布をかけなおしてやる。
ラクスの寝顔というのは見たことがなかった。
いつも、大きな瞳をぱっちりとあけている。
そして微笑う。
似合う。
けれど寝顔も静かで少し大人びていてきれいだ。
胸がゆっくりと上下している。
ああ生きている、アスランはおもう。

彼女は撃たれて、病院に運ばれ手術をうけて、ベッドに横たわっている。
それなのに先ほど起きたときには、夢の中で話すようにふわふわとしゃべり続けて、
アスランを撫ぜた。
ほたりほたりと落ちたのはアスランの涙だったか点滴だったか、彼自身よく覚えて
いない。ラクスの手が優しかったのは覚えている。

優しい手のひらのおかえしに、眠る人にふれるだけのくちづけをした。
けれど眠り姫は目覚めない。
深くため息をつく。
やはり王子にはなれないらしい。

「姫」

呼んでみた声も、沈黙にしずんだ。







翌朝、目を覚ましたラクスは外に出たいと云った。
記者会見もまだなのにどうしても出たいと言うから、走ったりしないようにと手をとった。

「婚約者のころにもどったよう」
と言ってラクスは笑った。
彼女は病院の中庭、きれいな芝生に素足だった。

「パーティーでいつもあなたは恥ずかしそうなお顔で、小さなお辞儀をなさって」
アスランの手にはラクスの手が重なっている。
「わたくしの手をとって」
ラクスの装いはパーティーに出席したころのそれとはだいぶちがっている。
傷に負担がかからないようにと、風になびくほどの軽い装い。
正面から風をうけ、スカートの白いすそがとおくなびく。
肩と腕に白い包帯と、透き通るような白い肌。
包帯と素足は等しくアスランの目に痛い。
正視できず強引に別の話題をふってみる。

「ラクス、傷は痛みませんか」
「あら、姫とは呼んで下さいませんの?」
アスランは一瞬で凍りついた。
ラクスは凍りついたアスランを見上げていたずらに笑う。
「あなたのキスで目覚めましたら、あなたが姫と呟かれて、嬉しかったのですけれど」
「起きて、らしたんですか・・・」
「いいえ。あなたがキスをしてくださるまでは眠っていましたわ」
アスランは穴があったら入りたかった。
穴がないなら今すぐスコップで穴を掘ってそこにもぐりこみたい。
くちづけで目覚めたからといって、王子にしては情けなさすぎる。
「でも眠かったので、目をあけませんでしたの」
ラクスはそう言ったけれど、それは本当かわからない。
頬が少し赤くなったから。
とりあえず謝ろうかとアスランが逡巡している間に、ラクスが続けた。
「眠り姫の心地でした。ありがとう、アスラン」
「こちらこそ・・・」

風の合間、ラクスが無邪気に笑む。

「手をはなして、アスラン」

「あぶないですから」

「ひとりで歩けますわ」

彼女はいつもそうだ。
パーティーでも堂々として、ひとりで歩くことができた。
戦争が起こってもアスランの庇護など必要としないほどしっかりと一人で歩くことが
できた。
怪我をした今も、彼女は一人で歩ける。
アスランは手を緩め、細い指先がすり抜けようとしたのを再び捕まえた。
そのときに、
言葉が飛び出してしまったのは、誰の守りも必要としないような彼女が、
肩と腕にたくさんの包帯を巻いていたからだろうか。

「ふたりで歩くことはできませんか」

彼女の白いスカートは、

ながく

とおく

はためく

ドレスのようだ。

ラクスは、ひとりで歩きださなかったから、アスランは彼女の指先を手にとって
小さくお辞儀する。
ラクスはスカートのはしをとって横へ広げるお辞儀をした。



「喜んで」



かくて手を取り合って、少年は怪我をしている少女を気遣いながら緑の芝生を歩き出す。


























 
おまけ

見舞いの花束を抱えたもうひとりの少年は、渡り廊下からの景色にふと足をとめた。
中庭に見知る二人の姿を見つける。
遠目に見たそれは、長い髪の姫君と、その手をとる騎士か王子のようであったけれど
それは一生言ってやらないことを騎士だか王子だかの嬉しそうな顔に誓った。

「ラクス嬢は俺が守ったんだ・・・ちがうか!」

「そ、そうだよ。わかってるよ」

議会場出口での一発目の銃声で、ラクスは肩を撃たれ倒れた。
マスコミにまぎれての至近距離からの発砲だ。
横にいたイザークがラクスの前に出たのとほぼ同時に、二度目の銃声。
三発目は完全にはずれた。撃った人間の手に鋭いナイフが刺さっていたのは
咄嗟にイザークが投げたものだ。
その勇姿はプラント中に報道された。

「なのに、なんで奴とラクス嬢の仲がむつまじくなっている!」
「俺が知るかよ。うわっ」

ディアッカは襟首をつかまれた。

「くそー!!婚約破棄したくせにぃ!」
「まあまあ、ちゃんとお礼言われたんだろラクス嬢に」


「ぃ、言われたっ」
イザークの勢いが揺らいだ。
「なんて」


「・・・”ありがとうございました、イザークさま”」

自分で言っておきながら、イザークはぽっと赤くなった。
よほど嬉しかったらしい。

「よかったな」

ディアッカがぽんぽんと肩をたたいても、
イザークはまだラクスの声の余韻にひたっている。
ディアッカは、イザークの報われないファン魂に目頭を熱くした。