盲目の導師の庭に
かつての婚約者を見つける。

マルキオ導師にもうすぐ食事だから探してきてもらえないかと丁寧に言われ、
神のない寺院の裏手にその人を見つけた。
空は少し薄暗く、雨が降るかもしれない。
地球は突然、気まぐれに雨が降ったりやんだりする。
プラントでは雨をおそれることはない。雨の時間は決まってたから。


声をかける前に
ラクスと一緒にひとり、子供がいるのに気付いた。
最初はコーディネーターという理由で子供たちに嫌われていたが
今ではすっかりなついて、なついて、なついている。
俺はまだ蹴られることがあるけれど。

少年はラクスの手を引っ張っている。ラクスは引っ張られてあげている。
切り株の近くに行くと、少年は彼女の手を放した。両手を後ろにやって
足元を見ている。もじもじしてる。



「あのね」
「はい」
「あのね、ラクスはプリンセスなんでしょ?」
「それはカガリさんではありませんか」
「だってうたひめっていうプリンセスだったんだろ?マルキオ様言ってた」


少年は頬を紅潮させて
あのねあのね、と懸命にしゃべる。
ラクスはそっとかがんで、はい、と応える。


少年は右手を自分の胸にあてて、左手を後ろにもってくる。


「プリンセスにはこうでしょ」


少年は王子然として、ラクスの頬にキスをした。







ジッ







丁寧に目まで閉じて、ラクスもそれにならうように目を閉じて。
少年は放れると、怒られやしないかとびくついているのが見て取れた。
ラクスは目をあけると柔和に笑む。



「はい、プリンス」




ジリ...




プリンスと称されてすっかり上機嫌になった少年は
自慢げに胸を張って、唇をとじたまま笑った。
そしてラクスをおいてどこかへ駆けて行ってしまった。

ラクスはほほえましくその様子を見送って、立ち上がった。
どうか踵を返さないで
そこには俺が居るから
そう遠くない過去、いまの子と同じことをして婚約者然としていた俺がいるから。




「あら」

ラクスは目をぱっちりと開けておれを見た。
俺は寺院の角で立ち止まっていたから、立ち見していたのがすっかり
バレてしまう。




「むこう、で、マルキオさんが」


俺は言葉が不自由になって、慌てて指をさす。
マルキオ導師のいる方向を。






「すぐに参りますわ」

ラクスは俺の横を通り過ぎる、ことはせずに

「戻りましょう」
と俺を誘った。
ラクスはわずかに上向いた。



「雨のにおいがします」
「ええ」
「気まぐれなお天気は不思議なものですわね」
「そうですね」



うなずけるのがわずか嬉しいのはなぜだろう。
同じ意識を共有しているからだろうか。
プラントになじみのないキラやカガリはきっとこの気まぐれな天気を
不思議とは思わず、プラントのそれこそおかしいと思うだろう。
でもおれたち・・・
おれ、と
きみは







ジリ...






さっきからジリジリとうるさい
胸が痛いとか、そういうのはもういらないんだ
彼女に対してはそういうのはもういいんだ
だっておれたちはもはや
「アスラン」と「ラクス」でしかない。







ジリ






だから
だから!



遅すぎるんだよ!












「アスラン」

声に弾かれる。

「ぼうっとなさってましたが」
「いいえだいじょうぶです」
「そうですか。あ、シチューのにおい」
「今日はカガリとキラが作っていますよ」
「双子のお料理、楽しそうですわね」
「おいしそう、とは言わないんですね」
「ではふたりで味見に行って見ましょうか」



ふたりで




ジリジリジリ
























「これは・・・スープか?」

「シチューだ!」
「カガリが牛乳入れすぎるからいけないんだよ」
「キラがビビって火力を弱くするからいけないんだ!」
「だってシチューってじっくりことことやるものだろ」
「そんなことはないはずだ!火力をあげればこんなスープみたいになることも
なかったんだ。それをキラが」
「でもおいしそうな匂いがしますわ、ねえ」
「だろ?ほら見ろキラもアスランも見る目がない」
「アスラン味見してよ」
「お、おれ?」
「私の作ったスープに不満があるのか」
「スープって認めていいのか」


カガリがしまった、という顔になって
ラクスは楽しげに笑む。
キラは、キラはまだ少し困ったふうに笑うので精一杯のようだけれど。
スープのようなシチューと銘打った食べ物は
あたたかく
しみる。
これほどまでに穏やかに笑い合えるのに
おれとラクスは
「アスラン」と「ラクス」
”ともだち”と言うこともできない関係。
しみる





「おまえ大丈夫か、なみだ目」
「アスランって猫舌だから」
「そうなのですか」
「ええ、まあ」




頬へのキスは幼い子供にだってできるということ
きまぐれな雨をきまぐれだと思えること
俺の猫舌をラクスが知らなかったこと

人との関わりを1から10で評価するなら
対の遺伝子をもって「婚約者」と言い渡されたふたりの関係は10。
互いに言い渡された時点で関係は満了していた。

いまはたぶん1
リセットされたと思うならきっと悪くない。
でもまだあの庭を思い出せるからリセットが良いこと、とは正直いえない。

それでも来年には「3」くらいにあがっているといい。
いまはまだそれ以上は、むつかしいから
だから来年には3くらい




「わたくしはクリームスープが大好きなんです」
「シチューだってば」

はっとする。
きみはクリームスープがすきなの?
そう
そうなのか
ぼくはなにもしらなかった

来年には3
願わくば5
どうか。

それにしても

なんて熱いスープだろうこれは




ジリジリジリジリ




「アスランそんなに熱かったの?」
「いや・・・」
「すごい目がうるんでるぞ」
「大丈夫ですか」

三人がおれを覗き込む。
三人に心配される。
三人に







シチューがくつくつ

キッチンで

みんなで

猫舌の俺と

じっくりことこと煮込みたかったキラと

スープをシチューと名付けたカガリと

クリームスープがすきなラクスと







はじまりたい
ここからでもどこからでもいいから
はじまりたい













シチューのあたたかさがしみわたって
ミルクのにおいつつまれて
今日あった楽しかったことを話す世界になるように
はじまりたい
はじまりたい


はじまりたい