静かなこの夜にあなたを待っていると歌ったことがあります。
あれは嘘です。
怖い夜も楽しい夜も寒い夜も熱い夜も心地のいい夜も嵐の夜も白夜でさえも、わたくしはあなたを待ち続けそして一度も自ら動こうとはしませんでした。愛されるわたくしは愛されに行く方法を知らなかったのかもしれません。いいえ、わたくしは知っていたのです。愛されていないということを。だから決して愛されに行こうとはしなかったのです。晴れの日も曇りの日も晴れの夜も曇りの夜も雨の夜も虹の昼も会いにゆこうとしなかった。嵐の夜などもってのほか。
そして嵐の夜に
外に飛び出し足をくじく。土に転んで泥水をはねあげ、皆にたたえられる顔と身体と髪を汚した。身体は動けず土に馴染み、雨に溶けていく。地球の重力がわたくしの進化を加速する。美しきラクス・クライン。聡明なるラクス・クライン。崇高たるラクス・クライン。それがいま泥水にぬれるラクス・クラインへと進化をとげた。転んだ雨ざらしは腐り溶け沈み馴染む。
わたくしは体の溶けた土の中で愛して欲しい人の名を思い出した。
つぶやくことはできなかった。体はすでに朽ち果ててわたくしの目のあったところや口のあったところ、すべてから新芽が出た。
「ラクス」
昏睡していた脳は目覚め、体は一気に退化した。生きていることまで退化した。
頬にふれられた。目は閉じていたのにあなたの手だとわかったのはとても震えていたからです。わたくしの手に触れるだけでもおそるべき労力を必要とするらしいあなたがわたくしの頬に触れるのにどれだけ疲労困憊になり、痙攣さえもよおすほど疲弊したのか、わたくしはそれを憐れみながら目をあけました。確信に近かった。
ほら、アスラン。きっと泣いているのね。おこっている?どうして、おこっているのかしら。
「ラクス!ラクス!どうしてこんな馬鹿なことを」
首をかしげることはできなかった。
わたくしは静かな夜だけではなく嵐の夜もあなたをおもっていると伝えたかった。それを証明しようとは一度もしたことがなかったから試してみたのです。公務を青い絨毯に置き、しめつける上品なハイヒールを脱ぎ、嵐の夜という一番外に出てあなたに会いに行くのが難しい日に努力の末にあなたに会いに行こうとしたのです。
言葉にはならず、彼の罵声に耳をかたむけた。罵声は鋭い痛みを持っている。それなのにわたくしは「このことをマスコミの皆さんには伝えないでください」と言いたくもないことを伝えていた。彼の怒りは今きわまる。
「あなたは自分がどんな立場にいるかわかっているのか!」わたくしはただ「飛び降りてそれでどうするつもりだったんです!」わたくしはただあなたに「こんな大怪我をして、どうして、どうして・・・」
アスランが泣いている、なぜ、ごめんなさい。
鋭い痛みは消え去り激痛がうなりをあげて身体の血管を破裂させる。実際は身体の血管はどこも損傷していない。身体はほとんど痛くない。それなのになんという痛みでしょう。これはきっとぜったいアスランの痛みね
「こんなに・・・ケガを、して」ああ、とうめいて目をこする。
そんなに乱暴に掌をおしつけてしまってはあなたの目をいためるばかり。どうしたというのですアスラン。どうしたの。
わたくしはこんなことを望んではいない。
ただあなたに静かな夜でなくても「なぜ・・・」嵐の夜でさえも「あなたは・・・」嵐の夜でさえもあなたを
「嵐の夜も好き」
もっと詩的な言葉をいうつもりだったのに。
「…っ、おれは、嵐の夜は嫌いです、あなたがケガをした。もう二度とこんな夜は来てほしくない」
あなたは怒りを無理やりのどの下におさえこんだ声で言う。
すれ違う、どこまでもどこまでも。笑えてきてしまった。
「今度、わたくしから会いに参ります」
アスランはもはや理解不能の表情でどうどう涙をながし、きつくわたしくしの手を握った。






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