波蹴る乙女






足元をさらう波はすでにラクスの足首までを海水につけていた。
カガリは不思議そうにラクスを振り返って、ラクスに牽制の笑みをもらう。

「ラクス、足」
「ええ」

水につかっているのを言われて、ラクスはわかっているとまた微笑む。


「海に触れたのははじめてです」
「海にふれるって、ああそうか、プラントに海はなかったのか」
「”海のようなもの”はありましたけれど」
「そうか」
「オーブには海は」
「あるよ。オーブは海に囲まれているんだ」
「それは見てみたいですわ」
「いまはめちゃめちゃだけどな」

カガリは軽く笑ってみせた。今度はラクスが不思議そうにカガリを見つめる。
カガリも砂を踏みながらそばにきて靴を砂浜に放った。

「オーブの海のほうが暖かいや」

波に足首までつけて、ぽつりとつぶやく。


空は夜
大気圏に引き摺り込まれた戦争の残骸が輝きながら地平線に降っていく。


「カガリはどんな国を築きたいのですか」
「そりゃあ・・・、そりゃあ・・・ええと」

唐突なラクスの問いは、一言で答えるには言葉が見つからない。

「だから、その・・・たとえばほら、キラが泣いてたらみんなが助けにきたり、
アスランがハロばっかりつくってたら友だちがツッコミをいれたり、わたしが
突っ走ってしまったらみんながたしなめてくれて、おまえが歌ったらみんなが
優しい気持ちになれる、とか」
「あら、わたくしも歌ってよろしいのですか」
「大歓迎だ!復興して落ち着いたら絶対に呼ぶから絶対来いよ。そうしたら、
オーブで、世界で一番大きな舞台で歌うんだ」
「一番大きな舞台。緊張しますわ」
「大丈夫だって。わたしが楽屋、っていうのか、とにかく控え室までいってたくさん
花をおくるから」
「まあ、どんなお花をいただけるのかしら」
「それはだな・・・花のことはよくしらないから、とにかく全部の種類をおくるよ」
「オーブに咲いている全部の種類のお花?」
「うん、きっときれいだぞ。それで、天井が開く舞台で、星空の下でおまえが
歌うんだ。そうしたらそれを国中に流してもらうから」

カガリは身振り手振りで懸命に語る。
ラクスはその様子に穏やかな笑みをたたえる。

「そんなに素敵なコンサートをさせていただけるのでしたら、必ず参ります」
「絶対だぞ、絶対こっちもちゃんとラクスを待ってるから、きっと絶対来るん
だからな」
「ええ、プラントが落ち着いたら必ず」

ラクスは一度だけ大きくうなずいた。
カガリはふっと勢いを失う。
『プラント』
ラクスもアスランもそこに家がある。
親を失っても、それでも帰りを待つ人があるかもしれない。
読みかけの本や、友の眠る土はそこにあるのかもしれない。

「・・・やっぱり、帰るんだよな」
「ええ、まだ父に挨拶をしていませんから」
「わたしもだ」

シーゲル・クラインは国を想いながら殺された。
ウズミ・ナラ・アスハは国と命をともにした。

「お墓をつくらないと」

ラクスは言った。
砂に座る。
波はラクスの服の裾を濡らした

「花もたくさんあげないとな」

カガリは言った。
砂に座る。
波はカガリの服の裾を濡らした。





「カガリのお父様はどんな方ですか」
「立派な人だよ。たくさんのことを教わった。ほんとうに、ほんとうに尊敬してる。
わたしもお父様みたいになるんだ。というか、お父様よりももっと立派にならないと」

ラクスはそれを聞きながら、まだ濡れていない砂を手で集める。
ラクスとカガリの間に砂を集めていく。

「カガリならなれると信じています」

聞いてカガリは照れくさそうに笑った。

「ラクスのお父様は?」
「シーゲル・クラインは優しい人でしたわ。小さい頃からわたくしを
ひとりの人間として接してくださいました。さびしいと思ったことも
ありましたが、今はそれを感謝しています」

カガリも同じ場所に砂を集めていく。

「うん、今のおまえを見てるとわかるよ」


ラクスとカガリは二人の間にたくさんの砂をかき集め、砂の山。
きれいな貝殻と花びらを見つけてきては砂山を飾っていく。
海は満ちる。
波はもうすぐ砂山にとどいてしまう。
それでも飾る。
貝殻を集め
花びらを集めて
集められるだけのきれいなものを砂山に供える。
波はそれに迫る。

打ち寄せた波が、わずかに砂山のすそをさらった。

「この、この!来るな!」

カガリは寄せる波を蹴った。
貝殻を拾って戻ってきたラクスは、砂山を守ろうと必死に波を蹴り返すカガリを見つける。

「これはお父様たちの墓だ!」

蹴る。

「波なんかにまけないんだ!このっ」

蹴る。

ばしゃばしゃと跳ね上がるしぶきが砂山に降っている。


ラクスはその様子を少し見つめて
おもむろにサンダルを浜に脱ぎ捨て
貝を放って
波に駆けた。


「えい!」


ラクスも寄せる波を蹴る。
一瞬ぽかんとしたカガリに、ラクスは真剣な顔をむける。

「ふたりで守りましょう、ほらまた」

「はは」とカガリがおかしそうに笑って、ラクスも笑って
何度も挑んでくる波を跳ね返す。


きゃあきゃあと声をあげながら、作った砂山そっちのけで立ち回る。
ロウキック、ハイキック、かかと落とし、回し蹴り、跳び蹴り、果てはサマーソルトキックの
大技までくり出された。
服も髪もびしょ濡れだ。
時折、蹴りあげた塩水が目に入って涙があふれる。
涙は乱暴に振り払った。

涙だか海水だかわからないほど濡れた頃、砂山も集めた貝殻もひろった花びらも
ほとんど流されてしまった。

それでもやめない。
水を跳ね上げる。
........へ届けばいいと祈りながら
ふたりの姫君が海を蹴る。

突然、

ひときわ大きな波がきて蹴り上げた足もむなしく、
二人はあっけなく波にのまれた。

しばらくして波が引き、砂浜に寝転んだ姫君が二人現れる。
砂山は跡形もない。

ぜいぜいと息をきらして、ふたりは何度か咳き込んだ。
カガリは両腕を顔の前にやった。
息を整えながら、ラクスはカガリのほうへ首を傾ける。
ラクスには泣いているように見えた。
海水のせいか砂山をまもれなかったからか父親が死んだからか
ラクスにはわからない。
生きているからだろうか。

「ラクス、絶対にオーブは世界で一番大きなコンサートホールをつくるから」

カガリの声は喉をしぼるようなものであったけれど、確かな声音。

「ではわたくしは、銀河鉄道をつくります」
「銀河鉄道?」
「地球とプラントをつなぐのです」

カガリは顔から腕をどかして、砂が髪に絡みつくのも気にせずにうなずいた。

「オーブにもその駅を作るよ」
「ええ、そうしたらアスランとキラには内緒で二人で乗りましょうね」
「わたしは冷凍ミカンもっていくから、ラクスはおにぎりだな」
「練習しておきますね、おにぎり」
「わたしもだ。あ、でもミカンは冷やすだけか」

ひとしきり笑って、寝そべったまま見上げた夜には戦争で消えた命が流れる。
”あれは命”と感傷的に見ているのではない。それは大破した戦艦の破片、
それは打ち捨てられた火気、動かなくなった主を乗せたままのモビルスーツと。

ラクスは、指で地平線をさした。

「むこうの、プラントから」

「あっちのほうの、オーブまでだな。オーブに駅ができれば歌いにくるのも簡単になる」
「そしてわたくしは、世界一大きな舞台で歌わせていただけるのですね」
「うん」

むこうから

あっちまで

夜空に指でひいた線は思いのほか短い。
こんなに近い。







流れ果てた砂山を見てみると砂山のあったあたりがこそりと動いた。
じっと見ていると、小さなカニが海に向かって砂をでていった。

それとほぼ同時に「カガリ!ラクス!」と声が響いた。

呼ばれて波打ち際から身体を起こすと、キラとアスランが血相をかいて
駆け寄ってきた。
途中、アスランは砂に足をとられて転びそうになっていた。

「二人とも、一体何をやっているんだ」

目をまるくしているアスランに言われて、ラクスとカガリは顔を見合わせる。

「なにって」
「なんでしたっけ」
「ああ、お墓をつくったんだ」
「そうでしたわ、それで波から守っていましたの」
「でも波がなかなかしぶとくてだな」
「蹴っても蹴っても寄せてきますものですから」
「そうしたら大波が来てざばーんってなって」
「わたくしたち転んでしまいましたの」
「で、ラクスが銀河鉄道をつくるんだ」
「カガリは世界一大きな舞台をつくってくださいますの」

追いついてきたキラも目を丸くしている。

「それでそのあとに、カニさんがこう、トコトコと」
「カニといえばさ、こいつら、最初にわたしのことを男だと思っていたんだぞ!」

言い訳があるようなキラに対し、アスランは一気に赤面する。

「あら、アスラン。お顔が真っ赤ですわ」
「あの時わたしの胸に触ったからだろう」

カガリはさらりと言った。

「え!?」

「あらあら」

キラとラクスがアスランを見る

「ちょ、ちょっと待て。その言い方はおかしいだろう」
「婚約者のわたくしにはキスもしてくださらなかったのに・・・」
「ラ、ラクスまでなにを」

どちらから弁解していいのかわからないアスランに追い討ちをかけるように、
カガリが立ち上がった。

「おまえ、婚約者の女の子にキスもしてやれないのか!」

アスランは襟をつかまれ、アスランの予想外の理由で怒られる。

「このっ、甲斐性なし!」
「あらあら、おふたりとも仲がよろしいですのね。ね、キラ」
「え、あ、・・・うん」

その笑みから察するに、ラクスは意図的に
『カガリがアスランを締め上げる図』
を作りあげたらしく、キラはケンカをとめるべきか
ラクスをたしなめるべきかおろおろと迷っていた。

「カガリ、お風呂にしませんか」
「あ、そうだな」

ラクスのひと声でパッとアスランの襟首を放し、ラクスに駆け寄る。

「はー、たのしかった」
「わたくしも久しぶりに水遊びをしましたわ」

ふたりの姫君は、砂浜にとりのこされた少年ふたりを振り返ることなく、
おしゃべりをしながら戻っていった。







恋人に襟首をひねりあげられた少年と
恋人の恐ろしい性質を垣間見てしまった少年は
しばらく波打ち際で立ち尽くしていた。

でも、好きな子の水で濡れたセクシーショットを見れてちょっとうれしい十六の夜。