3.寺子屋



心理学の講義で流河が隣の席にやって来た。
もといたところから、わざわざこっちに移動してきたのだ。
そして、すでに隣の席に腰をおろしてから(こいつの場合は体育座りだが)

「この席いいですか」

などと言ってくる。

「ああ、うん」

教壇に視線をうつすが、担当教授はまだ来ていない。
ちらりと流河のほうを覗う。

流河は鉛筆を奇妙な形で摘んで、プリントの裏に丸やら三角やらを描いていた。
丸が丸になっていない。
線がおよいでいて接点さえない。

下手だ。

しばらく見ていると、流河は自分の名前を書き始めた。

ド下手だ。
偽名だから書きなれていないのか、それともわざと不慣れに書いて
僕をかく乱しようとしているのか。


「夜神くんは字が上手ですね」
流河はこちらを見もせずに突然つぶやく。
「そんなことは、ないよ」
思わず声に動揺が現れてしまった。
「いえ、上手ですよ。私はどうも苦手で」
「それは・・・ペンの握り方のせいじゃないか。書きにくいだろ、それ」
「この持ち方ですか?」
「そう」
「本当はどうやって持つんですか?」
「正しい持ち方は、こうやって」

僕は流河の方に身を乗り出して
鉛筆の柄に触れた。
同時に流河の節ばった指にも、触れてしまった。

瞬間、

パッと目が合って、電流が走ったかのように手を放した。



背後の死神が歌う。



『ふれーあうしゅーんかん、めざーめるえいーえん、まちこがーれーるぅー』





そこは恋の寺子屋アークエンジェル