新月の夜のできごとだ。



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23:40 池袋ボロアパート の部屋
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「ケンカはメですよ」

折原臨也と平和島静雄のケンカをとめた。
愛しいわが子をさとすように優しげである。
ケンカを再開しないよう臨也を膝の上に置き、それから目を窓のほうへ向け小さくため息を落とした。
新月の夜はふけてゆく。

「平和島さん、遅いですね」

誰にともなく語りかける。
はテーブルに向き直って日課の勉強を再開した。
室内には雨の音、、折りたたみ式のテーブル、そして猫が二匹あるばかり。
























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23:00 池袋ボロアパート前
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「てんめえ、性懲りもなくまた来やがって!てめえにさんは渡さねえっ」
「心外にもほどがあるよ。誰があんな人間もどきを渡してくれなんて言ったの?」
「あの人を悪くいうんじゃねえええ!」

うおりゃあああ!
ズボ
ガリガリガリガリッ
ズルッ
ドンガラガッシャーン

近所の住人にしてみれば聞きなれた騒音だ。
決して顔を出さず黙殺していればやがて俺たちの喧嘩が遠ざかることを知っている。
ゴゴン!
と言う大きな音を最後にほら、静かになったろう。
いつもどおり
いつもどおり



「だいじょうぶ?」

・・・あ、さんだ。
なんだここ、外か?なんで俺地面に寝てんだ。
ああ、ノミ蟲がうち来てさんの悪口言ったから空き缶回収ボックスぶん投げたら空き缶踏んづけて
・・・そこからよく覚えてねえ。
うっ、身体ベタベタする。ビールか?ったく、空き缶は一回洗ってから出せよな。ムカつくけどまいっか。ノミ蟲もいねえみたいだし。

さんおかえり、約束どおりちゃんとDVD借りてきたんすよ。ゴーストバスターズ2!
「なうー、なううー、なーう」

ん?声が。
やべ。俺風邪ひいたっぺえな。

マ〜マ〜マ〜
「なう〜、なう〜、なう〜・・・なう!?」

















!?



俺、猫だ。

「きみも平気?ビールがかかっちゃったねえ」

空き缶が散乱するアスファルトの上に俺のほかにもう一匹、目つきの悪い灰色の猫がいた。

「にゃ〜にゃ〜にゃ〜・・・にゃにゃ!?」

あれって、まさか。

「平和島さんの投げたゴミ箱にぶつかっちゃったのね。また臨也さんが来ていたのかしら」

さんはあたりを見回す。恐らく俺とノミ蟲の姿を探しているのだろう。
夜道に人影は見つけられず、そのかわりに空き缶の下敷きになっていた二組の服を見つけた。

「バーテン服。こっちは・・・臨也さんの服のような」

服を拾い上げて首をかしげる。
しばらく悩んだあとさんはハッと青ざめた。

そうなんです!
さん、俺こっちっす。この黄色っぽい毛のほうのが俺です!



「パンツ一枚で追いかけっこを・・・?」

ちっげえ!

服二組をかき集めて慌てて立ち上がり、アパートに接する公道を改めて見回した。するとハラリと二つ、落ちた。
ボクサータイプのパンツと、俺の勝負トランクス

「全裸で・・・!」

さんは悲鳴のような声をあげた。
悲鳴をあげたいのはこっちだ!

『・・・俺もうさんのお婿さんに行けねえ・・・いろんな意味で』
『シズちゃんざまあ』
『んだとてめェ!』「フギャー!」
『痛っ、引っかかないでよ。性病うつったらどうしてくれんの。えんがちょ。てかシズちゃんとはしゃべれるんだ。とんだ皮肉だ』
『誰が性病だこんのノミm』

「痛かったねえ」

俺の猫パンチは空を切った。
さんが臨也を抱えあげたのだ。

「ひっかいたらだめよ」

軽く怒られた。
それだけでもショックだったのに、ノミ蟲の野郎、が、さん、の、む、むね、にうずもれてにやにやしながら

『あー気持ち悪い。人間もどきの脂肪のかたまりとか最高に興味ないんですけど。あーやわらかい。あー気持ち悪い』

あごはずれるかとおもった。
おあつらえに雨まで降ってくる始末。
泣きてえ

「なうぅ・・・」

そっちの「なく」じゃねえよ・・・






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23:16 の部屋の玄関
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さんは散らばった空き缶をゴミ箱に戻してから俺たちを部屋に招きいれてくれた。
俺と臨也が全裸で追いかけっこをしている説はどうやら自己撤回してくれたみたいだ。
拾い集めた服を見つめて歯を食いしばり「平和島さんがそんなことするはずない」と呟いてくれたからきっと。

濡れねずみ(猫だけど)の俺たちは玄関で待っているように言われた。
やがてシャワーの音が聞こえ始める。

ところで、なんで俺はこんな姿になっちまったんだ。
名探偵コナンな感じで黒の組織に薬でも飲まされたのか。
なまじそういう薬持ってそうな知り合いがいるから否定しきれねえな。
新羅の野郎、白衣着てんのに黒の組織だったのか。つかサンデー読んでねえから戻りかたわっかんねえ・・・

『相変わらず殺風景な部屋。ハッ、あきれるね。女の子ってもっと持ち物多いもんじゃないの?女子力低すぎ。ああ、人間もどきだから仕方ないといえば仕方ないよねえ』
『臨也てめえ!さんがここで待っとけっつったのに勝手に入ってんじゃねえよ!おじゃましますって言え!おじゃまします』
『シズちゃんだって入ってんじゃん』
『俺はてめえを連れ戻してぶっ殺すために入ったんだ』

猫ってあんな腹立つ笑い方できんのか。
臨也は尻尾をたてて堂々と部屋を物色し始めた。

『あ、テメ!言ってるそばから棚開けんなっ』

奴は衣装ケースに前足をかけた。
この背に駆け寄ると、ぶん殴る直前で灰色の尻尾がビリリと震えた。視線は中を覗きこんで・・・あ

「フギャー!!」
「にゃ!!」

『そこは聖域だバカヤロウ!』

俺の会心の猫パンチが開かれていた棚をケースに押し戻し、臨也は頭をケースと棚の間に挟まれてジタバタしている。
この状態だと中に頭を突っ込んだままだから尻尾を噛んで引き摺り下ろした。

『痛ぅぅ、なにすんの。死んでよ』
『俺の花園に頭つっこみやがったな・・・』
『はぁ?』

猫ってこんなに人をくった笑い方できんのか。

『人間もどきの持ち物なんて1ミクロンも興味ないね』
さんのこと悪く言うなっつってんだろこのフンコロガシ!』
『だいたい生地とレースが安っぽいんだよ、上下セットもないしさあ』
『しっかり見てんじゃねえかてんめェえええ』

俺だって見たことねえのに!

いつも以上にすばしっこく逃げやがる臨也を部屋中追っかけまわした。
ドシンバタンビタンと騒がしくしたからさんが風呂場からひょっこり顔だけ出した。
湯気がうっすらこぼれ、か、髪濡れてる。
俺はストップ系の魔法をかけられたように動きをとめた。

「入ってきてしまったの?」

す、すみません

さんは笑う。

「おいで。一緒に洗いましょうね」

・・・お
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおお ハッ だめだだめだだめだ

さんは俺のことを猫だと思い込んでるからあんなことを言ってんだ。
さんは俺のことを信じてくれたのに!(全裸追いかけっこの件)
なのに俺だけがさんの信頼を裏切ってそんなハローおっぱい☆グッバイどーてー☆な真似していいはずがねえ!

『っておめえはなんで行こうとしてんだクソノミ蟲』

ツメを限界まで出して、臨也を床に押さえつけた。

『痛いよシズちゃん。大丈夫だって、こういうパターンはだいたい風呂がま洗ってるだけで本人服着てるんだから』
『・・・臨也、てめえは本当に救いようのねえ大馬鹿野郎だぜ』
『は?』
『このアパートに、風呂がまはついてねえ』

猫ってこんな仰天した顔できんのか。

「はやくおいで」

『・・・』
『・・・』

俺と
臨也は
肉求同士をぺたっと重ね合わせた。

紳士協定 締結。

俺たちは風呂場へ駆け込んだ。


















さんは、風呂場で俺たちの服を丁寧に手洗いしてくれていた。
シャワーを浴び終わったばかりの素肌にトムさんがプレゼントしてくれたルームウェアをまとって。

そういえば、さんの部屋に洗濯機ないんだった。






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23:35 風呂場
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バスタオルで体の毛を拭かれながら、干された俺たちの服を灰色の猫が見上げる。

『俺のコート・・・本物の皮なのに・・・』

臨也は無気力に呟いた。ついでに隠しポケットに入れていたケータイまで気づかれずに洗ってもらったらしい。
防水じゃないことを祈る。
俺はさんにトランクスどころか自分の身体まで洗わせてしまって、なんだか泣きたかった。



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23:40
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『ざけんなテメ!なんで俺の皿ガリだけになってんだっ』
『はあ?自分で食べたんじゃないの。食べたこと忘れるなんてシズちゃん頭ダイジョーブ?』
『んだとっ、確かにほかにもネタがあったろうがっ、盗ったろ』
『俺は普段からいいもの食べてるんだから盗るわけないじゃん。アマエビなんて俺から見たらタマゴと同じだよ』
『俺のアマエビ吐けゴラッ』

エサとして出された寿司ネタをめぐり殴り合っていると

「ケンカはメですよ」

と臨也だけがさんの膝の上に取り上げられた。
それはたぶん、図体がデカいしすぐ猫パンチするしで、俺のほうが悪役としてさんに認識されているからだろう。

「なう・・・」

さびしい。

「平和島さん、遅いですね」

テーブルに向かうさんがふと窓を見つめてそんなことを言った。
ああ、そうだ。
今日は一緒にDVD見ましょうって俺から誘っていたんだ。
なのに俺が帰って来ねえからさん待ちぼうけで。
さんがテーブルの上で勉強しているのは食用魚について書かれている本だ。露西亜寿司の店主がくれたらしい。ノートと鉛筆、消しゴム付きで。
俺はここにいるのにこんな姿じゃ言い訳どころか、邪魔することしかできない。
申し訳ない
かわいい
やるせない

俺はさんの背中に擦り寄った。
『嫌いにならないで』
声が届かないからせめてこれだけ伝わってください。

「・・・いいこね」

気づいて左手がやさしく撫でてくれた。
なんか、泣きてえ

「なうぅ」

そっちじゃねえって



『”嫌いにならないで”』

声真似

『とかってバクショーすぎるんですけど』

さんの横から顔を出してきた変態ヅラに猫北斗神拳をぶち込んだ。



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0:05
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さんの電子辞書の検索履歴を卑猥な用語で埋め尽くそうとした臨也をぶっ飛ばす。
ちなみにこの電子辞書はトムさんが昔受験で使ってたやつを譲ってくれた。

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0:56
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さん、テーブルでうたたね
すげーかわいい
そのほっぺたを尻尾で叩いた臨也にかぶりつく。
ちなみにこの折りたたみ式のテーブルもトムさんが譲ってくれたものだ。
トムさんはさんの素性を知っても親切にしてくれる、真面目に相談にのってくれて、でも軽く笑い飛ばしてくれて、すげえ人だと思う。

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1:19
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『さっきから殴ったり噛んだりさあ、こっちはこのメスブタ小屋みたいなせっまい部屋のなかで逃げ場ないんだから卑怯だとか卑劣だとか気が咎めないわけ?』
『てめえが殴られるような真似ばっかすんのがいけねえんだろうが』
『ハイハーイ意義あり。いちいちキレてるシズちゃんが悪いと思いまーす』
『だからそういう態度がっ。・・・いいかっ俺が言うのもなんだがてめえはもっと自分の体を大切にしろ』

今日はすでに殴りまくっているせいだろうか。俺は自分でも驚くほど冷静に臨也をさとした。
臨也は大仰に身震いしてみせる。

『うわ、気持ちワル』
『てめェは最悪なヤローだけど、てめェの体はてめェのかあちゃんがケツを痛めて生んだんだぞ』
『なんでケツから生まれたことになってんの』

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1:49
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おもむろにさんに持ち上げられて

「ふたりとも男の子ね」

と言われる。
恥ずかしかったのでとりあえず臨也を殴った。

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02:00
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さんは狭い部屋をうろうろ歩き回る。
表情は妙なほど真面目だ。
臨也は畳の上にタオルを敷いてもらうとぐーすか寝始めた。
自分だって猫になっちまって元に戻れるかわからないってのに、野郎、ず太い。






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02:42
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カーテン越し、壁にうがたれた穴に向かってさんは「平和島さん、いますか」と呼びかける。返事は無い。
そりゃそうだ。
俺はここにいるから。

さんは無言で立ち上がり、秘密の花園こと衣装ケースからパーカーを取り出して羽織った。
ちなみにパーカーは俺からの贈り物だ。(ユニクロの1990円のだけど)

靴をつっかけ、出て行こうとしたルームウェアの裾に俺は噛みつく。
部屋の中に引き戻す。
うぉっ、後ろ足立ちってスゲーふんばりにくいっ。

「猫さん、少し放してね」

絶対だめだ
こんな時間に、一人で。
ここどこだかわかってんすか
ケータイを持ってないから、あてもなく駅前の方までいくつもりなんだろ。
シャッターが降りきった大通りで便所座りしている連中の前をウロウロする気なんだろ。
いくら探しても俺いねえから、「バーテン服の男の人を知りませんか」とか声をかけて「なんだこのアマ、平和島静雄の知り合いってんなら積年の恨みをうんぬん」つって危ない目にあうかもしれねえだろうが!
しかも今の俺じゃ・・・助けらんねえし・・・っ

ひょいと持ち上げられた。
こうされては、足をいくらバタつかせてももう引き戻すことはかなわない。

「なうう、なうう」

身をよじって逃れ、壁の穴に跳び込んだ。
それからさんの部屋にとんぼ返りしたけれど間に合わず鉄ドアの鍵が外から締められる音がした。
俺は、四本足の全速力で鉄ドアに突っ込んだ。

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02:46
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音をたて、鍵をかけた鉄ドアは本来開くべきでない側、つまり蝶番がある側が開いた。
そういえばこの前俺がこのドアの蝶番ぶっこわしちまったんだった。
鍵の部分は折れて、チェーンだけが扉が廊下へ向かって倒れないよう引きとめていた。
ビニ傘を手首にひっかけたさんはドアの前からすでに二歩移動していたからドアにぶつかることはなかった。

「平和島さんの携帯電話」

そう、俺が口にくわえてきたのは俺のケータイだ。部屋におきっぱにしてたやつを持ってきた。
ケータイをくわえたまま、ゆっくりと玄関に後退する。さんも戻ってきた。
手に取ろうとしたのを避けて、俺が前足と口でケータイを開く。
肉球で着信履歴→”トムさん”→発信ボタンの順に踏んだ。
ここでようやくさんがケータイを捕まえた。



[calling...]
[calling...]
[calling...]
[calling...]
[calling...]
[calling...]

[通話中 1秒]
[通話中 2秒]



「おー、どした静雄」

ノイズ混じりのトムさんの声が聞こえた。
さんが耳に当ててるのにここまで聞こえる。猫って耳いいんだな。

「・・・」
「もしもし?酔っ払ってんのかー?おーい」
「・・・トムさんですか」
「あれ、ちゃん?」
「はい」
「どしたのこんな時間に、静雄は?」
「あの、トムさん」
「ん?」
「言ってもいいですか?」
「・・・どした」

ここでトムさんは声のトーンをひとつ下げた。
さんの声がへんに強張っているから。
両手でケータイを掴んで耳に当てている。玄関に立ったまま。指先は力が入りすぎて白い。
俺は見上げることしかできない。

「平和島さんがまだ帰っていなくて。お仕事でいま、一緒ではないですか」

さんの目が急に潤んだ。
びびった。
そこからはトムさんの声は俺の耳に届かなくなった。

「はい、平和島さんの部屋に、猫がとってきてくれて、服が、外に、臨也さんの服も、それで、私、あの・・・探してきます」

行こうとした足が止まる。
トムさんが引きとめてくれたのだろうと思う。

「でもっ、もしかしたら平和島さんがっ、臨也さんにまた騙されて、マグロ漁船に乗せられていたりし・・・ふぇ」

”ふぇ”で声まで潤んだ。
膝を折ってすとんとうずくまる。
細い手首から傘が落ちる。
背を丸める。
震える声が

「平和島さんが死んでしまったらどうしよう」

トムさんは、きっとさんを安心させる言葉を言ってくれているのだと思う。
さんは電話なのにこく、こくとうなずいている。

俺は猫だ。
猫だから悲しませてる
猫だからさんに大丈夫すよって言ってあげられない
うしろから抱きしめてあげらんねえし、もどかしい
なのにどうしてうれしい
どうしてもうれしい

俺は玄関の上におすわりの格好をしてパーカーの背中を見つめる。
体がぴりぴりと、か弱い電流を帯びている心地がした。







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03:01
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トムさんパワーがさんを落ちつかせ、通話は終了した。
さんはケータイの画面と向き合ったまま玄関に留まる。

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03:04
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今度はトムさんのほうから着信があった。
いくらか話してからさんは深くお辞儀をして終話ボタンを押した。
そして俺に向かって

「平和島さんいたって」

と笑顔を見せた。
猫の前足をとって両手握手する格好だ。

「帰る途中に高校のお友だちと会って一緒にお酒を飲んでいるんですって」

安心させるためにトムさんが芝居をうってくれたのだろう。トムさんなら、なにがあろうと俺が無事じゃないはずがないとよく知っているから。
見事さんは安心して、

「よかったねえ」

と猫との握手をシェイク、シェイクした。
ありがとうございますトムさん。

・・・さんは、約束すっぽかして飲んだくれてるなんて聞かされたらもうちょい怒っていいとこだと思いますよ。あと

『ごめん』「なう」



『”ごめん”』「にゃー」

声真似

振り返ると、テーブルの上で臨也のヤローが形容しがたいほど不愉快な顔でこっちをわらっていた。
涙でひりひりする顔を洗いに、さんは洗面所へ行ってしまう。

『マグロ漁船とか、さっすが、人間もどきは考えることまで愚かしいね』

俺は静かに接近し、テーブルに跳び乗った。

『おい、ノミ蟲』
『あの人を悪く言うなって?聞き飽きたよ。そしてお断りだ。俺って正直者だからさ、思わず本当のこと言っちゃうんだよね』
『俺を一発殴れ』
『人間もどき泣かせたからかわりに俺に殴れって?笑えるよシズちゃん、あの涙だって”涙に近い分泌液”に過ぎない。価値は無い』
『いいから殴れ』
『ま、殴っていいなら俺は得するだけだから、遠慮なく』

臨也の渾身の猫パンチが俺の横っ面を右へと曲げた。
顔を正面に戻していくついでに猫ジャブ猫ジャブ猫ボディ猫ジャブ猫ストレートでKOしてやった。

『反撃しねえとは言ってねえ。あとさんのこと悪く言うな』






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03:08
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さんが見ていないうちにトムさんにお礼&お詫びメールを打って送信した。
あと、テーブルの上で開いたままだった電子辞書のキーの上を踏んで

[ すき ]

と打っておいた。
あ、さん戻ってきたっ、こっち、こっちッス
テーブルの上で伸びている臨也と開いたままの電子辞書のまわりをくるくる歩き回ってみせる。

「灰色さんは眠ってしまったの」
『そっちじゃなくて、こっち、辞書』「なう、なっう、なう」
「ん?」

さんは辞書を覗き込んだ。
す、すみません
あの、キーを偶然猫が押しちゃった的な感じなんであんま気にしないでくださいっ
なんつって



「すきやき?」

『え?』「なぅ?」

電子辞書を見てみれば、



[ すきやき ]



その傍らに横たわる臨也が一瞬にやっとして、ぱったりと気を失った。






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03:16 の部屋 消灯
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電気が消され、平和島静雄はと同じ布団で眠りについた。
逆サイドに折原臨也まで寝て(気絶)いることが腹立たしくないといえば嘘になるけれど、シャンプーのいいにおいに包まれたらもうどうでもよくなってしまった。

新月の夜はあけてゆく









































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06:55
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ピピピ
目覚まし時計の電子音がの目をゆっくりと開かせた。
雨はあがり、窓から朝の日差しがさしこんでいる。

昨日が遅かっただけにのまぶたはまだ重かった。
そう、昨日が遅かったのだ。
平和島静雄が帰ってこなかったから
もう帰っているかしらと気になったら自然と目が開いた。すると目の前に静雄がいたのでほっと安心した。
夜中に迷惑をかけたトムさんに今夜はお寿司を持って行こう、そんなことを思って寝返りを打・・・?
跳ね起きた。



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09:00 取立て屋さんの事務所
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「ざいます」
「おーおはよ。静雄生きてたか」

事務所へ出勤すると田中トムは謝る静雄から詳しい事情も聞かずに

「いーっていーって」

と肩を叩いてくれた。
しかし
ふとその手が止まる。

「あれ?それどした。ほっぺ」
「・・・」
「小さいもみじあっけど」
「・・・」
「静雄?」

「トムさん・・・俺・・・ふぇ」

「おまえもかよっ!よーしよしよしトムさんが話し聞くから」

「俺は別にサンピーしたわけじゃねえのに、さんが、しばらく顔、見たく、ないっ、てえ・・・っ」

「よーしよしよし!大丈夫だから事務所で暴れるのはナシなっ、よーしよしよし!」



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同刻、折原臨也のマンション
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「おはよう波江さん、早いね」
「あら、朝帰りだったの」
「そうそう、困っちゃうよね。俺のこと部屋に連れ込んでさ乱交だよ乱交。ド鬼畜のサンピー。あーもう体中痛い」
「昨日はお楽しみでしたね、とでも言って欲しいの?興味ないわ」
「自分で部屋にひっぱりこんでおきながら引っぱたくなんて、だから人間もどきは嫌いなんだよ。シズちゃんのほうが嫌いだけどね」

自慢げに語る臨也の頬に平手のあとがくっきりとついていた。波江はこれに冷ややかな視線を送る。
そしてもうひとつ不審な点に気づいた。

「コート、つんつるてんね」
「うるさいよ」






新月の夜のできごとだった。