兆 が 一





「では、つぎの心理テストです」
「まだやるんですか」

二杯目の紅茶がカラになってもラクスの心理テストは続いた。
もういくつ出されたろう。
『あなたの孤独度』
『あなたの恋愛下手度』
『あなたのチャームポイント』
『あなたの女性を見る目度』
エトセトラ、エトセトラ

果ては、一本のスパゲティを食べる時間で
『あなたのキスの時間』
まで診断された。たまったもんじゃない。
それによると俺のキスは10秒らしい。

この種の心理学は学んだことがないが、根拠はどこにあるんだろう。
けれど、俺が答えるたびに楽しそうに笑うラクスに対して『根拠はなんですか』と
真顔で尋ねることは出来ない。
せめてため息をつくのは許してください。

「質問にハイかイイエで答えてくださいね」
「わかりました」
「質問1、踊りが得意です」
「いいえ」
「質問2、歌が得意です」
「いいえ」
「質問3、花がすきです」
「えぇと、はい」
「質問4、人と接するのが不器用なほうです」
「は、はい」
「質問5、ラクス・クラインはそんなアスランが好きです」

「・・・」
「ハイかイイエ、ですわ」
「あの。ラクス」
「ハイかイイエ」

そういわれても。
告白をされてしまったような気がするのは、
きっとぜったい俺の勘違いなのだろうけれど、
すこし嬉しくなってしまったのは、
絶対に絶対に
隠さないといけない。
絶対絶対絶対、
ラクスは俺のことをいつものようにからかって
それで
こういうことを言っているだけなんだ。

”質問5、ラクス・クラインはそんなアスランが好きです”
こんな質問、答えは絶対に

「・・・いいえ」


言ってからラクスを覗うが、表情はかわらない。
なんだろう
自分で言っておいて少しさびしい
なんで
なんだか自分がすごく情けない

「質問6、いまの質問はわたくしからの告白です」
「わかりません」

からかうだけなら
どうしてそんな急に
かなしい顔をするんです。
ハイかイイエで答えないといけない質問なのに、
俺が三つ目の選択肢を勝手につくったからですか。

それとも、もしも、万が一、億が一、兆が一、
質問5に、俺が「いいえ」と答えたことをかなしんでいるからですか。
そうであれば、
俺は俺のネガティブ思考を心から呪います。

呪っているそばから、ラクスは続けてしまう。
かなしい顔のまま、続けてしまう。

「質問7、アスランはラクス・クラインが好きですか」

俺は、二者択一の問いに
兆が一の可能性を祈った。

「はい」


質問の声はそこで途絶えた。
ラクスは表情をなくしている。
むこうが質問して、こっちがこれだけ困って焦ってはずかしい思いをしたのに
ラクスは答えを教えてくれない。
目をぱっちりひらいて、時折瞬きして、呆けている。
それはずるい。
呆けたかったのはこっちのほうだ。

「この心理テストは、結果で何がわかるんです」
自分で自分の強気な発言に驚く。
「結果を教えてください」
でもたぶん、この強気は強気ではなく、”やけくそ”というのに違いない。
普段のラクスでさえどう接していいかわからないのに顔を赤くしたラクスなんて
ほんとうに
困る

「アスラン、あの、新しいお紅茶を」
「質問8、好きです」
席を立とうとしたラクスを遮る。
「好きです」

君は「質問ではありませんわ」と、はにかんだ。
それから、最後の心理テストを出してきた。
「こんなに嬉しいのは、これが夢だからでしょうか」
ラクスの唇に一瞬だけふれるようなキスをする。
キスは暖かに迎えられ、俺はようやく確信をもって答えることができる。
「いいえ」



  *  *  *



ようやく頬の赤みもおさまってきた頃、改めて紅茶を注ぎながらラクスが言った。
「心理テストは当たりませんわ」
「どうしてです」
紅茶に口をつける。

「アスランのキスは1秒ですもの」





むせた。