「アスラン、来てくださいましたの」

「おつかれさま、ラクス」

椅子から立ち上がって迎えてくれたラクスに花束を手渡す。
数分前まで何万という観客を前に歌っていた人が
いま俺の前だけで笑む。
緊張した。
「いかがでしたか、コンサートは」
「とても歌が上手でした。あ、いえ・・・」
歌手を前に、"歌が上手"はなかった。
きれいな歌声に魅了されたし、感動してしまったし
いくらでもほめる言葉はあるのに、それを選びきれない。
さらにそれを声にして伝えるのは俺にとっては難題だ。
これがディアッカやニコルなら、きっとすぐさま彼女の喜ぶ言葉を言ってあげられるのに。

「ありがとうございます」
彼女は俺の口下手であるのを声もなく理解して、やさしくわらってくれる。
「アスランがいらっしゃると緊張がとけます」
俺があまりに情けなくて笑えるからかもしれない。
それにしても、ステージでは堂々とした立ち居振る舞いをしていたのに緊張などしていたのだろうか。
「あら、信じていらっしゃいませんか」
大きな目に覗き込まれる。
「わたくしは緊張をしない生き物に見えましたか」
「いえ!そんなことはっ」
彼女はエスパーかと思う。
俺は怪訝な表情をつくったつもりはなかったのに、彼女はそれを読み取ってしまった。
いつものように俺の動揺を見て、彼女はいたずらが成功した子供のように笑った。

そして鼻歌を歌いながら花束を見つめる。

ららら、とアカペラ。

きれいな声

「失礼します。ラクスさん、次はテレビの取材がありますので」
「わかりました、すぐに用意をします」
コンサートスタッフに声をかけられ、ラクスは俺に会釈した。
「今日はわざわざありがとうございます、アスラン」
「いえ」
「よろしければまたいらしてくださいね」
「ええ、きっと」
スタッフに連れられて、ラクスは俺からの花束を抱えたまま控え部屋を出て行った。
廊下で、一瞬振り向いたラクスが小さく手を振る。
それに苦笑いで返した。

数分前まで何万という観客のためにうたっていた声
きれいなアカペラは惜しみなく
俺だけに響いた

神様どうか

俺から耳を奪わないでください











 耳 な し ほ う い ち











「おまえは運がよくないから、体中にお経かいたほうがいいぞ」

突然、目の前で食事をとっていたカガリが言う。
キラも顔をあげた。
俺は尋ねる。

「体中にお経?」
「知らないのか、耳無しほういち」
「知り合いか?」
「バカ、東洋の昔話だ」
「ぼくその話知ってるよ」
「ほら、キラでも知ってる」
「カガリ、その言い方ひどいよ。体中にお経を書いて魔物から身を守ろうとしたけど、
結局お経をかきわすれた耳だけもっていかれてちゃったってお話でしょ」
「そうそれ。わかったか」


それは、

「それは・・・とてもかなしそうな話だな」


「は?かなしいって、まあ、かなしい、うん?」
「なんか、変な感想だよね」
キラとカガリは顔を見合わせる。
そして怪訝な顔をして俺をのぞきこんできた。
俺はなにもおかしなことはいっていない。と思う。
「だって、耳をとられたら声が聞こえないだろ」
ふたりは黙り込んで、そっくりな顔で大きな目をぱちくりさせる。
「キラ、こいつ読書感想文ヘタそうだな」
「アスランは国語苦手だよ、ね」
「別にいいだろっ」
俺はおかしいことは言っていないと思ったのだけれど、どうやらまた適切な言葉を選べなかったらしい。
トレーの食事を一気に平らげて、席をたった。









食事をすませて部屋に戻る途中、遠くにラクスとダコスタの姿を見つけた。
なにか話し込んでる。
なんとなくムッとしてしまった自分をおさめつつ、進行方向を変える。

「アスラン」

立ち去る前に彼女の声が廊下に響いた。
声がよくとおる。
無視することはできず、俺は手すりにつかまってそこに留まった。
ラクスはダコスタに一言断ってから、床を蹴ってこちらにやってくる。
ダコスタも彼女と反対の方向に向かって床を蹴っていた。

「肩は痛みませんか」
「ええ。もうだいぶいいですので」
「よかった」
「よかったんですか」
「ええ、もちろん」
「あ、いえ。何かお話をしていたのではないかと」
「大丈夫ですわ。ただおしゃべりをしていただけですので」

重要な話でなくても、ただおしゃべりをしていたのを中断させてしまったのは
同じくらい悪い気がする。

「お食事はすまされましたか」
「ちょうど今」
「それは残念ですわ」
「今ならまだキラとカガリがいますよ」
「まあ、でしたらアスランも一緒におしゃべりしましょう」
「えっ」
「お嫌ですか?」
「そんなことはありませんが・・・」

ラクスは強引に手をひくことはしなかった。
俺の言葉を待ってくれて俺は適切な言葉を探す猶予を得た。
「さっき、からかわれたばかりなので」
「ケンカをなさいましたの」
「ケンカというほどではありません」
俺の口下手をからかうのはあの二人の日課のようなものだし、
二人も悪意があってやるわけではないので本気で怒ったりはしない。
むしろ、たわいもないことで話せるのは嬉しい。
「耳なしなんとかという話のあらすじを聞いて、俺がかなしそうと言ったら、
どうやら的外れな感想だったらしくて」
「耳なしほういち」
「それです」

プラント育ちの彼女も知っていた。
本当に俺は文系に疎いらしい。
笑われてしまうだろうかと身構えたけれど、ラクスは神妙な顔でうなずいた。

「わたくしもかなしいと思いますわ」
ラクスは俺の答えを笑うどころか、賛同してしまった。
「わたくしの歌を聴いてくださる方がいなくなってしまうのは、とてもかなしいことですもの」
ああ、なるほど。
「俺もラクスの声が聞こえなくなるのはかなしいです」
言ってから、自分のセリフのはずかしさに気いた。
ラクスを見ると、彼女の頬までも赤い。
また、
またおかしなことを言ってしまった。
これではまるで気取った告白だ。

「すみませんっ」
「ありがとう」

声が重なった。
けれど、彼女の「ありがとう」の声のほうがよくとおるので鮮明に響く。
頬を赤らめて微笑むラクスは少しはにかんでいる。
彼女の姿は愛らしい。
ほんの少しだけ距離を縮める。
ラクスの手が俺に肩に触った。
まだガーゼがあててあるから、さわり心地でわかると思う。


「アスラン」
やっぱりかなしい
「きっと、あなたの命と耳はいつまでも無事でいてくださいな」
このやさしい声がきこえないことはかなしい。
「はい」
「きっとですよ」
「はい、きっと」

互いに額を寄せて笑うと、彼女の香りはやさしい。
一度あたりをうかがってからラクスの手をとる。
彼女の肌はあたたかい。

「食堂へいきますか」
「ええ」
とん、と静かに床を蹴る。


静かな廊下でラクスは鼻歌を歌った。
らららとアカペラ
俺の耳だけに惜しみなく
惜しみなく
惜しみなく

響く






君の声はうつくしく

君の姿はあいらしく

君の香りはやさしく

君の肌はあたたかく

君の唇は、たぶん、あまい・・・な、なーんちゃって。


ああそれにしても

神様どうか

俺からラクスを感じるすべての感覚を奪わないでください