いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅ
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅ
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅ
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅ
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち

前など見ないように歩きます。
足元の白線から落ちないように歩くのです。
白線は途切れることなくどこまでも私の足の裏を導いてくれますから安心して歩くことができます。白線がどこまでも続くことだけ心の隅っこで祈ります。そして数えます。どれくらい歩いたかなどすっかり思い出せないし、夕方にノースリーブのワンピースは寒いし、海岸の夕暮れに網膜は焼けつくように痛むのです。

そう夏の夕方なのに寒いのは、汗が冷えたのね。

両手をひろげて歩きます。バランスをとっているのです。白線はたとえば一本橋です。白線から落ちたなら橋の下の怖いワニに食べられてしまいます。だから集中するのです。数を数えて、ワニに食べられないように、数をかぞえて。どうして数をかぞえるのかと尋ねられたなら、それはもちろん、もちろん・・・


もう怖い思い出のひとつも思い出さないように数だけ考えるのです。
数で頭をいっぱいにして
ワニに食べられないように
ワニに食べられないよう

白線のおわりは突然に、残酷に、凄惨に私をさいなみました。白線の終わりとアスファルトはじまり、その白と灰のコントラストは意識を焼くようです。わたくしは最早、フック船長の船から張り出した死刑台の板の先に追い詰められたよう。
白と灰色の境目から視線を少し前にすすめてみます。前は灰色ばかりが続く、一本橋は無く、ただワニが口をあけているアスファルト海の海原。さらにその先へと視線を進める、と灰色と皮靴の境目。

靴?

そして彼はそこにいたのです。白線の終わりに彼がいたのです。最近少し日焼けした頬と線のきれいな首筋と、困ったように笑うアスラン・ザラ。
わたくしはもう、フック船長の死刑台の先においつめられて、その先に助けにきてくれたピーターパンの姿を見たような心地。

「またお散歩ですか」
「・・・ええ」

なぜ怒られないのかと不思議に思ったりもしました。以前、このように散歩をしていましたらとても怒られましたから。あなたはラクス・クラインなのだから目立ってはいけない、と。うまく表情をつくれず呆けて立ち尽くすわたくしにアスランはなお困った微笑みです。

「ハロ、道案内機能つけたのですからつかってください」
「今は寝ています」
「ちゃんと夜に充電してください」
「はい」
「さあ、帰りましょう」
私の足は未だ白線の上に
君の手は白線の少しむこう
その手をとって一緒にいきたい。
どこまでもどこまでも 短いあの屋敷までの距離をどこまでもどこまでも
何も語らず何も思い出さず 出会った頃言葉に困ってなにも話せずじまいになった美しい庭の日々のように 
何も語らず何も思い出さず、ただ数を。
足を動かした回数だけ、君とあしなみがそろうとうれしい。

いち、に、いち、に
いち、に、いち、に!
いっちにー、いっちにー!

「ほらラクス、白線の外歩いてはいけませんよ」
「ワニがいるからでしょうか」
「え、ワニ?いえ、あの、ワニはなかなかいないと思います。南半球にはいるようですが」

アスランをからかっていたら、数などどうだってよくなってしまいました。
か弱くひっかかっている指がつるっと離れないようにゆっくり家路をたどるアスファルト海の夕暮れ