「いーからさっさと乗れっての」
「そうですよ、汚いところですがどうぞ遠慮しないで」
「おいニコルくん、きみそれはあんまりにもこのエルスマン先輩を侮辱しているんじゃないだろうかね」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうディアッカ、だいたい年は違えど僕ら同期じゃないですか。
先輩じゃありません」
「ちょっとおまえあとでマジで便所裏来い」
「セクハラはお断りします」

「あ、なんだか忙しそうなのでわたしはこれで」

「「待て!」」

珍しく俺の声とニコルの声がカブり、ほふく前進でその床から逃走を図った女はとまった。
周りは人だかりができはじめている。この女は11番ハンガー内で積んであった空ダンボールに
激突、崩れてきた箱をよけようとして台車に足をひっかけ転倒しつつ空ダンボールの下敷きになった。
聞く限り不憫だ。
近くにいた俺もうっかりこいつを助けようとしてダンボールの下敷きになったことを除けば。
俺のほうは無事だったが、はどこか打ったらしく先ほどから床をのた打ち回っている。
そこに駆けつけたニコルも一緒になって医務室に運ぶからさっさとおぶされと言っているのに、
こいつは固辞し続けているのだ。
ものすごい勢いで。

「あーもう乗れよ、すぐそこなんだから」
「いい。ひとりで行けるから」
「這って行く気かよ」
さん、ディアッカの背中におぶさるのがイヤだというお気持ちは痛いほどっ・・・痛いほどわかりますが、
今はその持ち前の賞賛に値する忍耐力で我慢を」
「ニコル、痛いほどのとこ力入れすぎ。マジでグーでいくぞ、グーで」
「さ、さん」
「聞けよ!」
「でも私・・・ディアッカはイヤなの!」

アイタタタタタタタ

「あーもう知らねえよ」
俺はそこまで言う奴の話なんかに耳を貸すのをやめた。
「どっこらしょ!」

引っ張りあげておぶった。
こいつがなんと言っても、どんなに嫌がっても嫌がられても、怪我してるのに無茶してもんどりうって
痛がっているような馬鹿が同じチームにいるの許せないから絶対医務室に連れて行く。
よくわからない自分の心情の整理はこいつを医務室に運んでからする。

「や、やだぁ、いい、いいからディアッカおろしておろして降りるっ」

背後で泣き声のようなヘタレた声を聞いたが無視してズンズン歩き出した。整備員やらニコルやら、
駆けつけたアスランやMSの調整を続けていたイザークがこっちを見ていた。無視して歩いた。
背中の重みはまだ泣きそうな声で俺の背中を強く辞する。
泣きたいのはこっちだっつーの。
でも、嫌がるくせに右の手の平だけ痙攣してる。
ぶつけたのか
ハンガーを出たところで俺は一度、を持ち上げ直した。

「ちゃんとつかまっとけよ」
「下ろしてディアッカ、もう歩けるから」
「嘘つけ」
「平気だから歩けるから」
「はいはい」
「下ろそう、ね、ね」
「医務室ついたらねー」
「ディアッカァ・・・」
「・・・・・」

おとなしくなっていくを背中で感じながらズンズン歩いた。
無事な左手が俺の肩の服を、俺の首がしまるほどに強く握っていた。
そのまま絞め殺したいのか、おまえは。
それほど俺が嫌いないのか。
俺がおまえを助けようとして一緒に巻き込まれて結局おまえに怪我をさせてしまうような男だから
こっちがどんだけ心配してもおまえは嫌うのか。
はしばらく黙って、周りの視線から顔をかくすように俯いていた。

「こんなことして好きになってしまったらどうしてくれるの」
「は、はあ!?突然なに言っちゃってんだよこのバカ!」
「だって私には定められたいけすかないマザコンチャラ男の婚約者がいるんです」
「・・・だったらいま背中に押し付けてるあんた胸に俺が突然の劣情をもよおしてそこの壁際に
押し倒したらどうすんの」
「わたしそんなに胸ないもの!」
「確かに」

ガブッ!

肩をガブッとやられた。

「イデデデデデデデッ。ったく、ちょっといい子にしてろっての」
「う・・・」
「頭痛いんだろ」
「痛くないッス」
「右腕も痛いんだろ」
「ぜ、ぜんぜん」
「寝ときな」
「・・・うん」
「よし」

はふくれっつらのまま静かになった。
髪の毛くすぐったい。


「ディアッカはエッチに見えるのに嘘つきだわ。全然やらしくない」
「そりゃどうも」
「女の人の香水とかうつってるかと思ったの。ちゃんとディアッカのにおい」

の頬が首筋にあたった。もたれかかる人間の重みを心地よく思ったのは初めてだ。なんだか、
好き同士みたいな気がする。もしかしてさっき嫌がってたのは照れるからとかなのかな。そうなのか。
それだったら俺はどんだけ嬉しいかしれない。もしかしたら俺たちは

「カレーのにおい」
「悪口じゃん、それ悪口じゃん!人間から発せられてたらヤなにおいじゃんつーか昼飯じゃん!」

俺の心拍により消費された酸素とトキメキを返せ。

「つーか嘘だろ歯磨きまくったっつーの。今日の午後しか一週間でおまえと仕事場同じに
なる日ねえんだから念入っ・・・り・・・・・・・・」


あれ?


「だから、えーと」
「・・・」
「・・・・・・すんませんさんちょっと俺が冷静になるまで寝ていてもらってもよろしいですか」
「うん」

銀河系から消えたい。

「もう女の子をおぶったりしてはだめよ」
「もうしねえよ。こりた」
「賢明だとおもうわ。だってもしもその子に定められたいけ好かないマザコンチャラ男の婚約者が
いたりしたら気持ちがあなたへ一直線になってしまうからね」

「わすれないで」と、の額がゴツっと俺の後頭部にあたった。声の空気の振動は俺の脳みそに届く。

言葉の意味はすぐにのみこんで
ゆるみそうになる頬を必死の思いで硬直させて
俺はもう一度を持ち上げなおした。
医務室までのあと100歩くらいは最徐行で行った。