明日の召集を前に、自然公園へ行きませんかと誘われた。







車 輪 の 上








自然公園のサイクリングコース入り口でぼくらは一台の自転車を借りた。

黒い、バスケットのようなカゴのついた、ギコギコなる自転車だ。


「もっときれいなのもありましたよ」


自転車をゆっくり押しながらぼくが言うと、君は並んで歩いて

これがいいのと笑った。

押していてもたまにギコっと鳴った。


「それに一台でいいなんて」

「押せばいいんだもの」

「ぼくが?」

「そう、ニコルが」


君はけらけら笑った。

まだ後ろにサイクリングコースの入り口が見える。

道の両側は濃い緑の木が植えられている。その根元にはシロツメクサのような、

そうじゃないような小さな花がいくらも咲いている。

ぼくはギコギコなる黒い自転車を押して歩いた。

君は並んで、ときどき道の端から花をとってきては冠をつくっていた。

ああちがう。

小さいから指輪だ。

一台だからさては二人乗りでもするのかと思えば、

君はぼくを自転車にのせなかったし、君も自転車にのらなかった。



しばらく他愛もないことを話して歩いた。


「自転車ギコギコなりますね」

「売店があったら油をさしましょう」

「売ってないと思うけど」

「それじゃあカエルをさがしましょ」

「...がまの油?」

「がまのあぶら!」


とかほかのことを、ギコギコやりながら話した。

なんだかすごく楽しい。





君は突然立ち止まって、後ろを振り返った。

ぼくも後ろを見てみる。

これまで通ってきた深い緑の並木道が見えるばかりだ。

いい景色だなとぼくは思ったけれど、君は

いい景色だなと思っているわけではなさそうだ。


「もう大丈夫だねえ」

「なにがです?」

「もう入り口見えないからさ、ほらニコル走って!」


にんまりと唇のはしを上げて君が笑ったかと思うと、

君はぼくの背を押してきた。




「え、え」




狼狽するぼくを放ってぼくと自転車をせかした。


「乗って乗って!乗って走って走って!」


言われるまま押されるままにぼくは自転車に乗ってゆっくりこぎだした。

君はぼくの背に手をあてたまま走ってついてきた。




「せーの!」




背後からそんな声がしたかと思うと、ペダルが重くなった。

危うくバランスを崩しそうになって、なんとかもちなおす。


「ちょ、危ないから降りたほうがっ」

「大丈夫、もう入り口の係員さんから見えないもの!」


君が少し興奮した声で言った。


自転車を一台借りたのはやはり二人乗り目的で、

入り口からしばらく歩いていたのは、係の人の死角に

行くためだったらしい。

自転車は二人分の重さを受けてギッコギッコ鳴っている。

音がひどくなってる。

やっぱり危ないから下ろそうかと思った。

思ったんだけど

両手がぼくの肩に置かれて、

その手がぎゅっとぼくに触っていて、

なんだかもう

こぐしかなかった。












君は後ろで声をあげた。


「行けーブリーッツ!」

「わっ、片手離したら危ないですよ」

「はい」


君の両手がぼくの肩にもどってきた。

両手がぎゅっと肩に触る。

ペダルを押し出す脚にわずかに力を込める。


ぼくはあまり背も高くなくて、力だって他のみんなよりはなくて

イザークやディアッカにはバカにされてるけれどよかった、

大丈夫

この脚は

黒い、バスケットのようなカゴの、ギコギコなる自転車を

君を乗せて走らせることくらいはできる。

これでじゅうぶん

これだけでいいよ





「絶対に手を放さないでくださいね」

「はい」

「絶対ですよ」

「はい」

「途中で落ちて、ぼくが振り返ったときにいなかったりしたら」

「ミラージュコロイドね」

「ミラージュコロイドしてたら、すごい困りますからね」

「困らせないよ」


最後のほう、君の声がつまった気がして

絶対に振り向けなかった。

自転車が倒れたら大変だし、

君が泣いていたらどうしていいか見当もつかないし、

君の手があざがつくんじゃないかってくらい

強くぼくの肩を掴んでいる。



明日の召集はね

降下作戦のための召集なんです。

降下作戦ははじめてだけどアスランも一緒なんですよ。

だから心配しないで、ね。


ぼくは少し、脚から力を抜く。

君がミラージュコロイドしないようにゆっくりこがないと。




平日のサイクリングコースなんてほとんど人がいなくて、

たまにすれ違う人からは笑われた。

昼ごはんは売店へ行ってパンを買った。

売店にはバーベキュー用の油が売ってた。

これでギコギコ鳴らないかなと君が言ってひとしきり笑った。

自転車にまた乗って

走り出すと

ギッコンギッコンといよいよまずい音がでた。


「壊したら一緒に怒られてくださいね」

「いいよ」
























 * * *






夕暮れに

ああ、

トロイメライが始まった。

五時半の閉園を報せているんです。





川で君がポケットをあさる。

広げた白い手のひらは空の朱色のせいで、橙色をしている。

そこにしおれた指輪がのっている。

まだぼくも君も歩いていた時に、君がシロツメクサで作った指輪だったと思う。


「ふたつありますね」

「そうなの」

「じゃあ一個もらえますか」

「ええ。もちろん」

「じゃあにあげます。はい、指を出してください」




「...ニコルはこの指の意味をご存知なの」

「本で読みました」

「私も、本で読んだよ」























トロイメライがいよいよ終わりに近づく。

肩に触れる君の手に

ブレーキを握るぼくの手に

力を込めて

ぼくらは急いで入り口にこぎだした。


「曲が終わっちゃうよニコル、急いで急いで」

「明日筋肉痛になったらのせいだって隊長に説明しますからね」

「いいよ。公園がどこまでも続けばいいね」

「...それサムいです」

「指輪をつけてくれたニコルほどじゃないと思う」


言いながら君はケラケラ笑った。

笑いすぎですよ。

笑いすぎて

ほら、

泣くなんて















自然公園はどこまでも続くことはないけれど

閉園の音楽はいつまでも終わらないようにしてあげる



ぼくが



トロイメライを鼻歌で続けるから





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