「あなたはものをしらないでしょう」

は失礼なことを言った。

「だからあなたの世界はとても狭いでしょう」
おれが相変わらず音楽を聞きまくっていて、ヘッドホンに覆われた耳には
の声など届いてないと思ってるのか。
それともすべて聞こえていると知っていておれのことを馬鹿にしたのか。
それともおれのことをバカにするのではなくて、ただ
「だからあなたの世界はとても狭いでしょう」と言っただけなのか。
はおれによく意味もなく「おはよう」と言ったりする。
「おこらせたいの?」
は首を横に振って笑った。
おれには一生かかってもできないような笑い方で、物を知らないおれを笑うのか。
それとも、ただ
「シャニのね、シャニの世界は狭いからあなたが世界一わたしを愛してると言ったら
信じられると思ったの」
ただ、喜ばせようとしてるのか。
ただ、嬉しいことをいって嬉しがらせようとしているのか。
おれはおまえのいったとおりに物を知らないからちっともの言いたいことなどわからない。
上着の裾を握り締めた。
奥歯がギシっていった。
くやしい
「・・・わかんない」
「たとえば、いろいろな広い世界を知っている人が世界一愛してるとわたしに言ったって
わたしはちっとも信じられないわ。嘘っぽいでしょう。広い世界を知ってる人が世界一、なんて」
はおれの耳に覆いかぶさるヘッドホンに両手をあてた。
ゆっくりとヘッドホンを取り去って、の声は鮮明になる。
の姿が鮮明になり、姿は近くなり、覆いかぶさられる。
ソファに横たえられたおれの体のまわりには
の右手、左足、右足、左手
檻みたいだ。
まっすぐ、見るな
見るな

頼むから

なんで
「ここがおまえの世界よ、シャニ」
「ここってどこだよ」
「この大きな研究所の小さな一角の、わたしのいる小さな世界」
「どいてよ」
「ここがあなたの世界よ」
「わかったから」
「ここが」
「わかった」
「ここにいさせて」
の声が千切れる。
泣くなよ
みっともない
なんで泣くんだよ
明日、あえなくなるって本当なの?
嘘だ
だって昨日も会ったんだ
今日も会って
きっと明日も会える
あさっても
そのつぎも
おれのこの狭い世界におまえがいる
これ以上おれの世界を狭くしないで
おれの世界
おれの世界
いまおれが手を伸ばした君がおれの世界
君がそういったんだ
この檻のような手と足と手と足と涙ぽたぽた
「せかいいちあいしてる」
休憩室の音楽がクラシックからポップな音楽になる
明るくて
軽くて
おれの告白がうそっぽくきこえるBGM


おれはものすごい勇気をもって世界に告白をしたというのに。