「こちらが本日の査問委員会のタイムテーブルです」
「そこに置いておけ」
「はい。こちらは軍施設周環境について保護団体からの改善要求書と署名です」
「そこに置いておけ」
「はい。こちらはカナーバ議員からの報告依頼書です」
「そこに置いておけ」
「はい、こちらは」

「全部置いておけ」
「かしこまりました」




 同 期 列 伝




ドサッと、大量の書類がサイドデスクに置かれた。
よくそのヒョロい腕で持ってこれたものだ。
そしてなにより、よくもここまで大量の書類を送りつけてくるものだ。
環境保護団体某からの要求書も署名も紙だ。環境保護が聞いてあきれる。
いや、今はとにかく先にこちらの書類を片付けなければならない。
サインは直筆でなければならないと定めた文書規定の改善要求でもしてやろうか。

ペンを走らせる音だけが響く。
気になるのは、細腕の秘書がずっとデスクの前に立っていることだ。
ひと睨みすると、秘書は首をかしげる。



「用が済んだなら下がれ」
「手伝いましょうか」
「バカなことをいうな。俺の仕事だ」
「ですが、以前も」
「アカデミーのころのアンケート集計とはちがうだろうが」

そう、この秘書はアカデミーの同期だ。
アカデミーにもホームルームクラス分けがあり、俺とこれが同じクラスの代表だった。
教官への日誌提出や学内アンケートの集計、中央委員会への参加などが主たる役目である。

は仕事はできる。
アカデミーでの成績もよかった。
先日、母上の推薦で俺の秘書に配属された。
母上は若輩の俺が少しでも事務仕事をしやすいようにと、同期のを選んだに違いない。
だが、実際はやりづらいことこの上ない。

この女は応用的に頭が良いが、基本的にバカなのだ。

今も、衿が右だけ立っているのが気になる。
長い睫毛で、大きな目でじっと見られるのが気になる。
やりづらいやりづらいやりづらい!

「印鑑を押すだけでしたら私にもできますし」
「いいからさっさと退室しろ、おまえの仕事もあるだろう」

と適当に言い訳を付けて追い出そうと試みる。

「それでしたら昨日までに終えましたので」

応用的に頭がいい、のだ。
腹立つ。
俺が深くため息をついたのを見て
「お疲れでなんですね。やはり手伝います」と、目をらんらんと輝かせる。
おまえがいるから余計に疲れると言いたかったが、言ったところで引きそうになかったので、
無駄な労力をさくのはやめにした。

おとなしく印鑑をおさせておこう。

あ、そうだ。そういえば。

「タイムテーブルはどこだ」
「あ、はい。それでしたら・・・」

はうず高く積まれた書類の山をじっと見つめた。
先ほど、ドサっとおいたやつだ。

「おい」

嫌な予感がした。

「少々お待ちを」

にこやかに言った女は
書類の山の一番からタイムテーブルを



ひっぱりだしやがった・・・




雪崩のように書類がくずれて、はあっさりと雪崩にのまれる。
何度も云うが、基本的にバカなのだ。













「だからっ、だから出て行けといったんだ!」
「申し訳っ、申し訳ありませっ・・・」

紙の下から必死な声が聞こえた。

アンケート集計のときも、同じようなことがあったのを思い出す。
集計済みの用紙と未集計の用紙が混ざってしまい、結局最初からやり直しになった。
は必死な声で謝りながら、泣きそうになりながら、懸命に手伝った。
と、アカデミー時代を思い出している場合ではない。

「動くなよ、書類が破れる」
「は、はい」

事務仕事が増えて以来、運動不足で腰が痛くなってきたのに、これが配属されてきてからは
頭痛も加わった。デスクを離れ、書類の下で言いつけどおり停止しているを見下ろす。
上半身が書類に埋まっていて、仰向けに足だけ出ている。
この倒れ方は頭を打っていないだろうか。
心配だ。
も、もちろん、これ以上バカになられてはたまらないからだ。
まったく、
アカデミーのころから変わったところといえば、タイトスカートを履いていることくらいか。


「膝をあげるんじゃない。見えるぞ」
「ディアッカみたいなことをおっしゃらないでくださいっ!」
「ガッ!」

の振り上げた足が、アゴにあたった。
よけられなかったのはの下着を見てしまったからとか、
そういうくだらない理由ではない。
おれはディアッカじゃない。


「貴様、いい度胸だ」
「申し訳ありません、申し訳ありません!」
「いい加減その慌て癖をっ・・・」

言いかけて、急に立っていられなくなる。
書類の散らばる床に倒れこむ寸前、思い出す。
は、近接戦闘の授業の成績優秀者だった。
さっきのアゴへの一撃が、膝にきたらしい。


「っ・・・!」








 ★ ★ ★


「ウィーッス、イザーク。そろそろ議場に移動・・・」


敬礼もそこそこに、イザークの執務室に入ってきたディアッカは
入り口で一旦停止した。

閉ざされた執務室
散らばる書類
床に押し倒されている秘書
押し倒している議員

ディアッカはあごに手をそえて、感心したように声をかけた。

「不適切な関係かー。おまえもやるときゃヤルんだな」
二人は言葉もない。
「あ、まだ少し早いから最後まで続けていいよ?オレ、出て待ってっから」
ディアッカは粋なはからいとばかりにウィンクをして見せた。
二人は言葉もない。
「これでジュール家も安泰だな。それじゃ、お邪魔さん」
ディアッカはひらひらと手をふって出て行った。
二人は言葉もない。

執務室の扉が閉まる。
再び、二人きりになる。
イザークは膝が立たないゆえ、押し倒した体勢のまま、云う。

「これがもし、母上に伝わって、婚約でもさせられたらどうしてくれる・・・」
「お断りします」
「こっちのセリフだ!」





執務室からの大声をドア越しに聞いたディアッカは、
結構激しいんだなと、卑猥な妄想をめぐらせていた。

脚色された情報がエザリア・ジュールの耳に届く日もそう遠くない。