会議が終わり、議場から出たところでひとつ息をおとした。
これで明日と明後日はゆっくり休むことができる。
椅子に座って頭を使っているだけというのもなかなか疲れる。







続・同期列伝






「おつかれ」

赤の軍服を着たディアッカが声をかけてきた。
「あー、やっと休暇だぁー」
ひとりでしゃべり廊下を歩きながら横で大きく伸びをした。

「俺の護衛がアホ面であくびをするな」
「りょーかい」

「イザークさま」

慣れないヒールの靴をうるさく鳴らして、正面から駆けてきたのはアカデミーの同期だ。
一応、俺の「秘書」とかいうものでもある。

「お疲れ様ですイザー」

「クさま」と続ける前に、何も無いところで器用に転んだ。
そこまではわりとどうでもいい。
俺をイラつかせるのは、両手に抱えていた書類をぶちまけて転んだことだ。

「おー、大丈夫か

ディアッカがすばやく手を貸し、は謝りながら強かに打ち付けた膝をさすっていた。
そして、「ああ」と声をあげると、膝を折り、散らばった書類を集めだした。

タイトスカートで屈んだを見下ろして、頭がぼうっとするのはたぶん、があんまり
要領が悪いから呆れているのだ。
ストッキング越しの膝が赤い。
廊下は大理石だ。
痛くないだろうか。

「・・・」
「おいイザーク、の膝小僧に見惚れてないでおまえも拾えよ」
「だ、誰が見惚れるかそんなモン!」
「わっ、ヒッデー」
「ひどいのは書類をぶちまけたこいつだ」
「申し訳ありません!ありがとうディアッカ」

ディアッカが集めた書類の束をに返した。

「どういたしまして。も明日から休暇?」
「うん、明日と明後日は」
「じゃあデートできんじゃん」
「ディアッカと?」
「イザークに決まってんだろ」
「お断りです」
「お断りだ」

大体拾い終わった頃、俺との声がカブった。

「なんだよ、テレなくたっていいだろ今更」

ディアッカは無駄にさわやかに笑うが、その横っ面をぶん殴りたい。
こいつは絶対に、数日前の一件で勘違いをしている。
あれは押し倒していたんじゃなくて書類の下敷きになったが俺の顎を蹴り上げて、
不覚にも倒れこんだところにディアッカが入ってきただけだ。

俺との関係は「恋人」とかいうものでは決してない。
「被害者」と「加害者」だ。


「いつも世話になってるかわいい秘書に、紅茶とケーキをおごるくらいしてもバチはあたんないんじゃないの」
「まあ、紅茶とケーキを!」
「誰もおごるなんて言ってない」
「せこッ」
「ディアッカ!」
「だってさー、ジュール家の坊ちゃんがたかが紅茶とケーキの料金をケチるなんてセコいだろ」
「なんだと!」
「男ならパッとおごるのが常識。おまえそんなこともできないの?」
「いいだろう・・・紅茶とケーキごときいくらだっておごってみせる!」
「よかったなー。ただ飯だぞ」
「おごってくださるのですか」

「あ」

乗せられた。

「ディアッカ貴様っ」
「それでしたら是非行ってみたいところがあるんです」

俺がディアッカに食って掛かったところで、目をらんらんと輝かせたが俺に食って掛かってきた。
すっかり本気だ。
顔が「ゴチになります」と言っている。
こんな面倒なことになったのは、全部ディアッカのせいだ。

とりあえずぶん殴ろうと振り返ったとき、ディアッカの姿はすでになかった。
逃げられた。
がじっとこっちを見ている。

逃げたい。

「とてもおいしいと評判のケーキ屋さんなんですよ」

見上げるな。

「イザークさまは甘いものはお好きですか」

逃げたい・・・

「私はイチゴのタルトが大好きなんです」

逃げられない・・・・・・・
深くため息をつく。


「・・・場所はどこだ」


「地図でしたら持っていますので、僭越ながら私がナビゲートいたします」
「できるのか」
「秘書ですから」

満面の笑顔に一抹の不安を垣間見ながらも、出かけることになってしまった。




















そして迎えた翌日、


俺が車を出し、

の細かいナビケートのもと、

森につっこんだ。



「・・・あれ?」
「こっちのセリフだ」
「おかしいですね」
「おまえの頭がか?」
はくるくると地図を回して外と見比べている。
「もういい!貸せ」
から地図を引っぺがして、現在地と目的地の確認をしようと試みた。
「ない」
「ない?」
「これ、別の商業プラントの地図だぞ」
現在地が地図にないのも当然だ。
地図に赤い丸のつけられた目的の店など、もちろん見つかるはずがない。
悪意があるのか、こいつ。
オレの滅多にない休日を、
別のプラントにある店をさがして
別のプラントの地図を見ながら
森に迷い込むなんて。

「ったく、現在地もわからないだろうが」
「あ!私、別の地図も持っています」
「早く言えよ」

手渡された丸い地図をじっと見る。



丸い



丸い?



「地球儀、ってきいたことあるか?」
「それです」
「そうです。ってこのバカ!」
「申し訳りありません申し訳ありません!」

和平調停記念に売り出された小さな地球儀だった。

「貴様・・・そんなにオレが嫌いか!」
「いえ、好きです!」
「・・・な、なにを急にっ」

突然の告白に、不覚にも勢いをそがれる
しかし、ふと考えてみる。
そして冷静になる。
こいつの場合、

「ディアッカは?」
「好きです」
「ニコルは?」
「好き」
「アスランは?」
「好き」
「ラクス嬢は?」
「大好き!」

もう、疲れた・・・。

オレは無言で車を走らせた。
とりあえず、を家まで送って
休暇中はオレに一切連絡をよこすなと叫んでから放り出そう。





 * * *

ようやくの家の近くにきた頃には、プラントの空はとっぷりと夜に浸かっている。
というより、明け方が近い。
は夜通し運転した俺を差し置き、助手席でおもいきり寝ている。
時計に目をやると朝の四時をまわっていた。
まもなく夜が明ける。

「おい、起きろ」
「・・・はぃ?」
「おまえの家だ。さっさと降りろよ」
「あぁ、うん。じゃなくて、はい」

寝ぼけ眼をごしごしこすって、うーんと伸びをした。
その悠長さがやたらと気に障る。ふらふら頭をゆらしながらドアをあけた。

「こけるなよ」
「ご迷惑をおかけしてごめんなさい。でも、お誘いいただけて嬉しかったです」

休暇中はオレに一切連絡をよこすな、と言おうと思ったのに
また勢いをそがれる。

「今度はちゃんした地図を持っていきます」
「次は絶っっ対間違えるなよ」
「了解です。おやすみなさいませ、イザーク様」
「・・・ああ」



アクセルをゆっくりと踏みこむ。
深く頭をさげたがミラーに写る。
遠ざかる。
表情がわからないほど離れたあたりで、手を振るのが見えた。
結局、見えなくなるまで手を振られた。



助手席には、がわすれていった洋菓子店のパンフレットが転がっている。
イチゴのタルト
休暇が終わったら、一個くらい買っていってやろうかと
ふとそんなことを考えてしまったのは、たぶん明け方が近いからだ。
頭がぼうっととするのも
顔が熱いのも
絶対明け方が近いからだ。








 * * *



短い休暇が終わり、ディアッカは先に出勤していたを見つける。
もディアッカに気付いて微笑った。


「おはよう」
「おはよ。どうだった、休暇デート」
「その・・・色々あって、帰りが明け方になってしまったんです」
「明け方?!」
「私が至らないばかりに、イザークさまも疲れてしまわれたご様子で」

は地図を間違えるという自分のミスを恥じて俯き、頬を赤らめた。
ディアッカは違う方向に想像をめぐらせて目を輝かせている。

「イザークが疲れるまでって、相当じゃん」
「ええ、一日中車の中でしたので」
「しゃ、車内っ!・・・ヤるなぁ、イザーク」


ゼクシィ(結婚情報誌)を息子に秘密で購読し始めていたエザリア・ジュールの耳に、
またも脚色された情報が伝えられる。
間もなく、エザリアが「たまごクラブ」を購読し始めることを
イザークは知る由も無かった。




しかしながら、あながち間違った情報でもないのかもしれない。





” 今度 はちゃんした地図を持っていきます ”

” つぎ は絶っっ対間違えるなよ ”