あちらの服をとってきてはこちらの服に取り替え
こちらの服を鏡の前であわせてみればむこうの服をとってきて
むこうの服で首をかしげるとまたあちらの服を身体の前に持ってくる。
挙句の果てに

「イザークさま、これはいかがですか」
「いいんじゃないか」
「また棒読み。こういった刺繍のものはお嫌いなのですね」

はしゅんとしたかと思うと、たちまち別の服を探し始める。
俺はその後ろをとぼとぼとついていく。
こんな姿をディアッカやニコルに見られたならどうしてくれる。
ラクス嬢の誕生パーティーに着ていく衣装を選んでいるそうだが一向に
決まる気配が無い。
三ヶ月ぶりにマティウスに戻れたが、今日はこの買い物で終わりそうだ。

「イザークさまー、こちらは」

はワンピースを身体にあてて評価を求めた。

「いいんじゃないか」
「これもお嫌いなのですか・・・」
「きらいとか、そういう意味じゃない」
「ではどういう意味です」
「どうでもいい、という意味だ」

は言葉を止めて持っていた服をあったところに戻した。
その動作がやたら小さくて、失言をしたのだと自覚する。
こういうときは、謝るべきなのだろうか
たぶん、謝るべきなんだろう。

「おい」
「カフェにいきませんか」

面食らった。

「別に、かまわないが」
「よかった」

華やかな服の間を抜けて店を出た。
は少し早足で、それについていく俺も歩みを速めた。
あまり急に店を出たので、後ろのほうで店員があわてて
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちいたしておりますっ」
と言ったのが聞こえた。

ジュール家と家の令息令嬢が連れ立って来店したのだから、
本来ならこれ以上ないほど丁寧に挨拶をされてしかるべきところ。
そういう店だったのには早足だ。
きれいに舗装された道を歩くのも少し速い。



は俺が早足で歩いても横に並べないほどの速さで歩いていた。
むしろ走っていた。

ッ、おまえ、そんな走って」

危うさを感じて腕を捕まえようとした瞬間、視界から消えた。
視線を下げるとは歩道に両膝をぶつけていた。
つまりこけた。

「そんな走ってるとコケるぞと言おうとしたそばからこれか」
「ご、ごめんなさい」

行く人の注目を集め、は膝をついたまま誰にともなく謝っていた。
あきれる。
「ほら、立て」
半ば引っ張り上げるように立たせた。
は黙ってスカートをパタパタとはたいた。

「膝は平気か」
「ごめんなさい」
「答えになってないだろうが。・・・ったく」

視線をあげると丁度カフェの前だった。
はまだスカートを調えている。
行きかう人が皆一様に奇異の視線を向けるので顔をあげられないらしい。
何度も瞬きして、唇を引き結んで、スカートを整え続けている。
他人にじろじろ見られるのは不愉快だ。
膝も、もしかしたら痛いかもしれない。

の手を引いてカフェに入った。






席につき、の頬の熱がおさまるまでは気まずい沈黙が続いた。
がちびちびとハーブティーに口をつけはじめてようやく言葉がでた。

「膝、ケガはしていないな」
「はい」
「そうか」

俺もひとくちコーヒーに口をつけてから言葉を続けた。

「どうでもいいと言ったのは謝る」
「いいえ、謝らなくてはいけないのは私なんです」
は肩を落としている。実は、と切り出した。
「パーティーで着る服は、もうメイドが用意をしてくれているんです」
今日の目的は「ラクス嬢の誕生パーティーに着ていく衣装を探す」だったはずだ。
「どこかへ行く口実に嘘をつきました」
言ってからは、また俯いた。
手元で視線をおよがせて肩をすくめている。
怒鳴られるとでも思っているふうだ。

「でもやはりわがままを言ってもバチがあたるばかりで。反省します」
「休みの日に婚約者と出かけるのが我侭なのか」
「ご自宅にもどられたのは三ヶ月ぶりでしょう」
「そうだ」
「マティウス市に滞在できるお時間は、今日だけでしょう」
「ああ」
「読みかけの本を読んだり、エザリアさまとお会いしたり、音楽をきいたりしたかったのだと思います」
「そうだな」

肯定してみせるとはぎゅっと眉根をよせた。
肩が緊張している。
さっき、外で膝をぶつけたときより泣きそうだ。
情けない顔を隠そうとして、手が無駄に動いている。
砂糖の瓶をとり、ミルクをとる。
かといって紅茶にそそぐわけではない。

「そ、それから・・・お部屋でゆっくりなさったり眠ったり、ほかにも」
「婚約者と会ったり」
「そうです。それか、ら」

は呆けた顔をして
持っていたミルクをダラーっとこぼした。

「あ!おまえは、ぼうっとするんじゃない」

メニューの横にあった紙でミルクをふき取る。

「ご、ごめんなさい」
「服にはついてないか」
「大丈夫です大丈夫です大丈夫です」
「・・・全然大丈夫じゃない」

ミルクはテーブルの上にこぼれただけなのでは自分の服を再度確認した。
そして見上げる。
どこも汚れてない、と。
俺は先に立ち上がり、席を離れた。

「待って」

は慌ててかばんを掴んで後ろを追いかけてきた。
さっきと逆だ。
「走るな」
「あ」と声をあげて、またつまづいて恥ずかしい思いをしないように慎重に
足元を見ながら、ヒールを鳴らして走ってくる。

店の外に出たところで、一旦立ち止まって追いつくのを待つ。
「どうしてそんなヒールの高い靴をはいてきたんだ」
「これはその、いわゆる・・・ええと」
「なんだよ」
「勝負靴、と申しますかなんと申しますか」

わずかに頬を赤らめては言った。またもや手を無駄に動かして
前髪を撫で付けたりしている。そのリアクションがはずかしい。
俺は気合で、赤くなってなんかやらない。

「お顔が赤いですが」
「う、うるさいっ」
俺は即座に歩き出した。
「どこに行くんですか」
「買い物」
「なにを」
「服」











あちらの服をとってきてはこちらの服に取り替え
こちらの服を鏡の前であわせてみればむこうの服をとってきて
むこうの服で首をかしげるとまたあちらの服を身体の前に持ってくる。
そしてこっちに振り返る。

「イザークさま、いかがでしょうか」
「俺にコメントを求めるな」
「では、イザークさまはどのようなドレスでしたらお好きなのですか」
「どのようなドレスって・・・」

あたりを見回す。
別に、が着る物なのだから自分の好みで買えばいいだろうに。

「おまえが気に入ったならそれでいいだろう」
「私はあなたの気に入るものが着たいんです。ああ、これはどうでしょう」
「さっさと試着でもなんでもして来い!」
「フィッティングルームはただいま使用中だそうです」
「じゃあ空くまで待ってろ」

強引にを引っ張って試着室の前までつれてきた。
それでもこいつはしつこく訊いてくる。

「フリルがたくさんついたものがお好きですか?」
とか
「色は何色がお好きですか?やはりシルバーでしょうか」
とか
「イザークさまがお好きならば、私、多少露出が多くても」
「それはダメだ」
「露出はお嫌いでしたか」
「むしろ好・・・そういうことじゃなくて。パーティーは人が大勢集まっているんだから、
ディアッカみたいなのもいるんだぞ」
「ではどのようなドレスでしたらよろしいのです」

不覚にも言葉に窮して、ため息をついてしまった。
ため息をついた先、の服の、膝のところが少し汚れていた。
高いヒールのそれは、今日のための勝負靴だそうだ。
三ヶ月もろく連絡をよこさない婚約者のために
気を使いすぎた。
はずかしいったらない。






「・・・ウェディングドレス」

俺も大概恥ずかしい生き物だ。
こんなセリフをディアッカに聞かれでもしたら俺は次の召集までに奴を闇討ちをしなくては
ならない。

「ほら、言ったぞ!よし終了、満足したな!」

はぽかんとして、あんまりじっとこっちを見るから、手で目を覆ってやった。
そうしたら、唇がはにかんでわらっていた。
「プロポーズのよう」と言われたとき、店員がこちらにやってきたので慌てての目を覆って
いた手を放した。
あれではイチャついているようにしか見えない。



「今日はいつまでこちらに滞在することが出来ますか」
「ディナーまでだな」
「お屋敷に戻られて?」
「ああ。おまえも来い」
「よろしいのですか」
「最高級の品しか出せないが、よろしければどうぞ」

が控えめに笑ったころ、店員は俺の横を通り過ぎた。
そして俺たちの目の前のフィッティングルームをノックした。






「エルスマンさま、ご試着はお済みでしょうか」






、すまないが夜にやることができたからディナーは一緒に食べられない」






「では点呼をとる。アスラン・ザラ」
「はい」
「イザーク・ジュール」
「はい」
「ディアッカ・エルスマン」
「入院中でーす」