雨など降るな











「イザークは晴れと曇りと雨、どれが好き」
「・・・なんだいきなり」
「昔のアニメを見たの。そうしたらこういう質問をしていたの」
「ひまじん」

共有スペースである談話室でニュースを見ていたときのことである。
同期のこれはなんにでも興味を持つ。
そして興味を持ったことについてなんでも話す。
俺がどんなに短い返事しか返さなくても
返事すら返さなくても
これはポコポコと話題をなげかけてくる。
俺に限ったことではなく談話室で会った者には等しく話題をなげつけているのだろう。
今は俺しかいなかったために、俺が集中砲火をあびている。

「おまえはどうなんだ」

応えるのが面倒で逆に話題を振ってみるとは予想以上に目を見張った。
俺から話題を振るのはさては初めてだったか。

「フン、おまえはどうせ晴れが好きだろう。能天気だからな」
「・・・雨」
「あめ?」
「雨の前の土がけぶる匂いが好きだもの」
「なんだそれ」
「イヒヒ、思いのほかロマンチストでしょう?」

は歯を見せていたずらに笑った。
よく開く口は快活にたくさんの言葉をつむいだ。たくさん、本当にたくさんしゃべるくせに
その言葉はたいてい丸っこくコーティングされていて耳に届く響きはやわらかい。
この声に傷つけられた奴など今まであるだろうかと思う。
これのように在りたいとは思わないが、こういった人類が在ることはおそらく寿ぐべきこと
だろう。

「ねえどれが好き」

まだその話題は続いているらしい。
ソファーの背もたれを揺すられ催促される。これが居ては落ち着いてニュースを見ることもできない。
窓の外に視線を移す。
外は雨

「晴れと、曇りと、雨」

どれが好き、とは身を乗り出してきた。
関心を寄せるほどのことだろうか。
これの思考回路は理解できない。
女は心理テストのたぐいが好きだとディアッカに聞いたことはあるがこの質問はそれなのだろうか。
・・・晴れは、まあ普通は晴れだと応えるのだろうが特に好きでもなんでもない。
それにこれは推測だが、俺が晴れを好きだと言ったら言ったで驚愕される気がしてならない。
むかつく。

曇りは、これも好きとか嫌いとかはないが、中途半端だから好きではないな。

雨?
あとは雨か。
雨が好きか、俺は。
雨が降ると大気が落ち着く気はするが・・・それなら三つの中では雨か。

「あ」

め、という前に口をとじた。
そんなこと言おうものなら「わー!私とおそろい!」とか
リリカルなことを言い出すのではなかろうか。
ならん。
断じて雨はならん!


「・・・・・ひょう」


「雹!?」
「なっ、悪いかよ!おまえが無理やり言わせたんだろう」
「悪くないよ。うんうん、ひょうはイザークっぽいね。かっこいいね」

本を乱暴に閉じて席を立った。
話を強制終了して談話室を出る。
出てから早足で歩いて、歩いて、歩いて
少しゆっくりにして
何人かとすれ違って
やがてひとりになって
一歩
とまって

廊下に雨の音
うるさい
それよりも心臓がうるさい
うるさいうるさいうるさい!



”かっこいいね”



うるさい!

雨など降るな!





 - - -


雨が降っていた。

雨の時間に間に合うように宿舎に戻れなかったあの女は
雨の時間に間に合うように宿舎に戻れなかったあの女を待っていたニコルとアスランと
一緒にずぶぬれで帰ってきた。
ミゲルやラスティはあきれながらもタオルを玄関まで持っていった。
談話室の扉は開きっぱなしで、ニコル、アスランとあの女、そしてミゲルとラスティの後姿が
見える。女は渡されたやわらかそうなバスタオルをニコルとアスランにかぶせた。
自分が一番びしょ濡れなのに何度も二人に謝りながら無理やり二人の髪をぬぐった。
その顔が必死で
泣いているのか
雨粒がおちているのかよくわからない。
定時定刻に降る雨に降られるなど、なさけない連中だ。
読んでいた本に視線を戻す。
つまらない。
くだらない。
玄関がうるさい。
同じく談話室にいたディアッカがいやらしく笑った。
「見なくていーの?」
「なにを」
の体のライン」

本を閉じる
席を立つ

「くだらん」

吐き捨てて談話室を出た。
玄関には目もくれず、
雨の音がうるさい。
出てから早足で窓に面した廊下を自室へ歩く。
早足で歩いて、歩いて、歩いて
少しゆっくりにして
何人かとすれ違って
やがてひとりになって
一歩
とまって



雨など降るな。





 - - -

翌日、は風邪をひいたらしい。
ちょうど休暇にあたっていたのが不幸中の幸い、とかいうのだろうか。
「幸い」とは思わないから知らない。体調管理のできない奴とあきれるだけだ。

「これを彼女に」と隊長はクリップでとめた資料の束をオレに渡した。
「明日の演習は君と同じチームだ」
「・・・了解しました」

とはいえ
女の部屋に入っていいものなんだろうか。
ノックをするこぶしを作ったまま、扉の前で逡巡したが体調管理もできない奴のために
二秒でも考え事をするのは時間の無駄と気付いた。

「入るぞ」

扉は開く。
部屋は明るく
ニコルが居た。
様子を見に来ていたらしいニコルと視線がかち合って
目を疑うように何度も瞬きされた。はベッドで毛布を体に巻きつけてうっすら目をひらい
ていた。
とも目が合う。髪、ぼさぼさ。


「・・・明日の演習の資料だ」
「わざわざありがとう、いまお茶を」

とひび割れた声で起き上がろうとしたのをニコルが制す。

「ぼくがやりますから無理しないで」
「大丈夫、もうだいぶいいの」
「貴様が風邪をひこうが骨折しようがかわまないが、そうなるならオレと同じチームにくるな」
「イザーク!」

ニコルが声をあげたが、それきり部屋を出た。
出てから早足で歩いて、歩いて、歩いて
少しゆっくりにして
何人かとすれ違って
やがてひとりになって
一歩
とまって











雨なんか大っ嫌いだ!



















イザークが飛び出して行ったあと、ニコルは苦笑いをにむけた。

「気にしちゃだめですよ、イザークはたまたま機嫌が悪かったんですよ。いつもですけど」

は起こしていた身体をもう一度毛布におさめた。
鼻の上まで毛布をかぶる。
外は、雨の音がした。

「・・・雨と晴れと曇りどれが好きってイザークに聞いたの」
「え?」
「そしたらイザークってば、おまえはどうだっていきなり聞き返してきてね」
「はぁ」
「わたし雨って答えたの。雨の前の土がけぶる匂いが好きって」
「そうなんですか、意外です。晴れが好きそう」

「うそ」

「嘘?」
「あの人とおそろいがよくて、あの人は雨って答えそうだなって思って」
「ええ」
「おそろいにしたかったから雨って嘘言ってみたら、まさか、ヒョウだなんて」
「ひねくれてて彼らしいですねぇ」
「うん。いまイザークが怒ったのが、ニコルに嫉妬したからだったらどんなにうれしいか知れない」
「いまごろきっと雨に八つ当たりしてますよ」