『わたくしの誕生日、ですか』

「少し遅くなったが、なにかやる。なにがいい」


それは去年の婚約者の誕生日のころのことだ。





若きクルーゼ隊の悩み





プラントへ帰還する戦艦の中から通信した。
帰還すれば急な命令がないかぎり、数日の休暇にはいる予定なのだ。
だから少し遅れたプレゼントを渡しにいくといってやっているのに、
はモニタの小さなウィンドウのなかで百面相している。
言われてすぐに驚いた顔をして、喜んだ顔をして、困った顔になって、
耳まで赤くして、うつむいて。

「なにをやっている。はやく言え」
『ええと、ありが・・・あ、いえ、ええと』

いっそう焦って右往左往している。

なにをやっているんだ。
欲しいものがないのか。
それとも言えないようなものがほしいのか。
こっちは戦艦の中で、私用回線を長時間ひらいているわけにはいかないのだ。
それに加えもうひとつ、同室の人間がナンパしに行っている間に話を済ませなくてはならない。
比較的冷静な女がこうして大慌てしているのは、見ているぶんには笑えるが。

「あと3秒で言え」
『え・・・』
「3」
『そんな』
「2」
『・・・』
「1」

あ、涙ぐんだ。

「ゼ」

「お、イザークいたのかよ」
ゼロといおうとした瞬間に、早く済ませたかった理由が戻ってきてしまった。
「なになに?誰と話してんの?」
「き、貴様は出て行け!」
ディアッカは俺を押しのけてモニタを覗き込む。
「あーちゃんひさしぶり。今日もかわいいねー」
『ディアッカさま』
ディアッカはモニタ越しにひらひらと手を振る。
俺はそのにやけたツラのこめかみに銃口をあてた。
射撃は得意だ。

「貴様・・・どういう了見だ」
「なんだよいきなり!ちゃんに久しぶりって挨拶しただけ、ってロック解除すんな」
「ちゃん付けするな」
「申し訳ございませんでした」
ディアッカは両手をあげて頭をさげた。

『イザークさま、あぶないですから』
はハラハラした様子で青い顔をしている。
銃をおろすとほっとしたような顔をした。
『申し訳ございませんディアッカさま、わたくしがなかなかお答えできなかったからイザークさまを
苛立たせてしまいましたの』
「こいついつもこんなだから気にすることないって。ちゃ・・・さまのせいじゃありませんよ」
”さま”、も少しむかつく。様と呼べ。

『わたくしはイザークさまからいただけるのでしたらなんでも嬉しいです』
「なんでもは・・・なしだ。好きなものを言え」
まあ、さまと呼んだのは許してやる。
は考え込んで、はっと思いついたように顔をあげた。

『イザークさま』

好きなものを言え、といったら答えが"イザークさま"。
それは、つまり、その
なんだ

"、どうしてほしいか言ってみろ"
"・・・そんな、はずかしいです"
"言ってみろ、その口で"
"・・・さま"
"聞こえない"
"・・・イザークさまが・・・ほしいです"
"よし、くれてやろう"
"ああん、イザークさまぁ"


「おーおー熱いねぇ。イザーク、おまえ耳まで赤ぇよ?」
に見えないようにディアッカのすねを思いきり蹴る。
ディアッカは声もあげられずにすねをおさえて床を転がった。
「それはまだその、おまえには早い」
『でも、わたくしさびしくて』

く・・・っ、おまえは
どうしてそうはずかしいことを平気な顔で・・・

『どうしてもだめなのですか』
「どうしてもとか言うな!」
『残念ですわ・・・ようやく欲しいものを思いつきましたのに。イザークさま人形』

にんぎょう?

「プハハハハ!おまえいま絶対勘違いして」
「わかった」
「え、オレ無視?」
「それをやる」
『嬉しい、楽しみに待っておりますわ』
「では切るぞ」
『はい、お帰りもお気をつけて』
回線を切断する。
は嬉しそうだった。


"イザークさま人形"

はずかしいやつだ。
でも、あいつが欲しがるなら仕方ない。

「なーんだよ、せっかく脱チェリーのチャンスだったのにな。ほら、よくあるじゃんか、
体にリボン巻いてさぁ。男がやってもキモいだけか。やっぱそういうのは女の子に
やってほしいよなあ、こう、半脱ぎくらいで」

「おい貴様、なにをやっている」
「なにって、男のロマンを語っ・・・おまわりさーん銃口がこっち向いちゃってますよー」
「さっさと作れ」
「・・・はい?」
「プラントに着くまでに」
「なにを」
「俺の人形を」
「だれが」
「ディアッカ・エルスマンが」
「なんで」
「俺は裁縫はできないが射撃は得意だ」

ロックを解除して引き金に指をかけると、ディアッカは快諾した。




















の部屋まで案内されて、メイドは三回ノックをした。
「お嬢様、イザーク・ジュール様がお見えです」
どうぞ、と中から聞こえてメイドは一礼して下がった。
「失礼します」
ノブをひねって開いた扉の先に、待ち構えて立っていたを見つける。
「ああ、イザークさま・・・」
は感極まったように俺を呼んだ。

「おかえりなさいませ、おかえりなさいませ。お怪我はありませんか」
「俺をなめるな」

は嬉しそうに笑いながら、ふと俺の持っていた袋に目を留めた。

「ご所望の人形だ、ありがたく受け取れ」
「・・・あけてもよろしいですか」
「ああ」

シールを丁寧にはがして、緊張の面持ちで袋をひらく。
中から出てきたのは両手にのるくらいの大きさの、変な人形。

薄い灰色のフェルトが髪になっていて、赤い服をきている。
口を真一文字に結んでいて怒った顔に見えるのは気のせいか、
それともディアッカが失敗したのか。そういえば鼻も無いし耳もない。
呼吸器官を欠くとは哺乳類を模した物である以上致命的な過失であろう。
とにかく似てない。
俺はそんな単純な顔じゃない。
髪の灰色だって全然プラチナブロンドとは

「そっくり」
「なんだと?」

を見れば、涙ぐんでいる。

「おい。なんで泣くんだ。嫌なら別のものをやる、なんでも好きなものを買ってやる」
「いえ、とても嬉しいです。ほんとうにくださるなんて。それにそっくり」
「泣くのか笑うのかはっきりしろ!しかも全然似てないだろうが」

はそれに応えずに人形をみてにこにこと、
にこにこと、ずっと笑っている。

俺のことも見ずに、不出来極まりない人形ばかり見ている。

「・・・」
「あ、イザークさま」
から俺の人形らしきものを取り上げる。
は俺ではなく、俺の人形にむかって「イザークさま」と惜しそうに手を伸ばす。
その手を掴む。
「いまは目の前に本物がいるんだぞ」
はきょとんとして、人形ではなく俺を見上げた。
やがての肩から力が抜けた。
「人形とどっちがいい」
手を放してやると、は俯いて俺の服をつかんだ。
小さな手がぎゅうと俺のシャツをつかむ。
小さな手の賢明さに少し驚く。

屈んでやって、目のはしにくちづけをする。
わずかに震えた唇にも。
今はまだここまで。

さびしかったと物語るこの小さな手が
もう少し大人の表現をできるようになるまで。












***


「だー!!なんなんだよこいつら!」

ザフトの軍施設に居残っていたディアッカは叫び、ニコルとアスランはため息をついた。
「ディアッカ、人に犯罪の片棒をかつがせるな」
「ケチケチすんなよアスラン。盗聴器作ってって頼めるやつなんてあの戦艦の中じゃおまえくらい
だったんだから、しかたないだろ」

アスランはディアッカから"俺の命がかかってるんだ!"と懇願されて、戦艦の中で盗聴器を作った。
その盗聴器は、ディアッカの作ったイザーク人形内部に仕込まれている。

「だーれが男のために無償で人形なんかつくるかっての。盗聴器でもしこまないと割に合わねえよ」
「でもエッチしませんでしたね」
「ニ、ニコル」
「うら若き男女が同じ部屋に二人きりで、キスで終了って。あいつもしょっぱい青春してんなあ」
「不能なんじゃないですか?」
「ニコル・・・」

アスランはひとり、
同僚の蛮行と暴言と、いつか盗聴器がバレる日を思いえがき、苦悩した。