「曲がるときちょっと斜めにしろよ」
妹はメットをかぶったまま無言でこくこく頷いた。
かぶり慣れていないヘルメットの重さに、うなずくたび冬花の頭はカクン、カクンと大きく揺れた。
明るすぎるテレビに飽いた12月31日の夜、
TSUTAYAに映画のDVDを借りに行く事になったのである。
堺の妹
TSUTAYAに行くと決まってからは早かった。
「30秒であたたかい格好をして来い」
そう命じ、冬花は大慌てでダサいがあたたかそうな格好をして、玄関でけっつまずきながら出てきた。オフだとわりとひどい格好をしている自分に比べ、オンでもオフでもきちんとした服装をしている奴だけに、フルフェイスのメットをかぶせられて着膨れした冬花を見て妙な哀れみと小さく噴き出したい衝動に駆られた。あいにく安く笑うことはできないので、汚らわしいものを見るような難しい顔をしておいた。
先にまたがり足で支える。
後ろに乗っかった冬花は、控えめになのか嫌なのか、俺のダウンのわき腹を掴んできた。
「ちゃんとつかまれ。危ねえだろ」
エンジン音のなか、後ろを向いて言うと腕はすみやかに俺の腹の前まで来た。
そこで「あ」と気づく。
「おまえ手袋してねえのかよ。凍るぞ」
メット越しに目があった冬花は、隔世遺伝で得た大きな目をパチパチやった。それから無言で自分の袖の中に手を引っ込めて、袖越しに俺のダウンの腹を掴みなおした。
いつもはおしゃべりなこれが、フルフェイスのメットをかぶせてからやけに大人しい。
既視感がある。・・・ああ、
動物番組でやっていた、目を隠されるとおとなしくなる小動物。
「ったく」
正面に向き直る。
「行くぞ」
路面は凍結していないから問題ないが、それよりも久しぶりの2ケツの感覚に慎重になった。
冬花は言われたとおり曲がり角では俺に合わせて体を傾けた。
信号で止まると勢いあまって後ろのメットが俺のメットの後頭部にゴッとぶつかった。
「痛えな」
ごめんなさい、と言うように冬花は背を丸めて小さくなった。
しかし、二度目三度目まで信号で止まると、
ゴッ
ゴゴン
「おまえなあ!」
冬花は片手をメットの前にやって「ごめんなさい」をした。
そしてすばやく俺の腹のダウンを掴みなおし、姿勢を良くしてピタっとくっついた。
「もうちゃんとします」をあらわしているのだろう。バカなやつだ。
それにしても寒い。
「オイ、寒いの平気か」
かろうじて聞こえたらしくコクリとうなずき、コクリの瞬間メット同士がぶつかった。ので俺は頭を後ろへそらして軽くぶつけ返してやった。
とはいえ、素手はない。
赤信号の間に、短くして前に持って来ていたショルダーバッグを風よけとして冬花の手の上にかぶせ、ぎゅっとダウンの腹へおしつけた。
信号が青に変わる。
TSUTAYAの駐車場でメットを取ると冬花は頬を赤くしてしばらくポーっとしていた。
寒さと強い風を受けて、体の水分を持っていかれたのだろうか。
「バカ。だから最初に言ったろ。バイクは寒いんだよ。さっさと中行くぞ」
「・・・よしにい」
「ん?」
「超 か っ こ い い」
ポーっとしていた顔がとろけた。
目を輝かせて俺を見上げる。
ぞっと背筋が凍った。
「わたしお嫁さんになってあげる。TSUTAYAで恋人ごっこしよう。手にカバンこうやってくれたの、あれすごい、すごいイイ・・・!この前別れた彼女にもああいうことしてたの?サイコーにかっこよかったよ。さすがETUの9番だよ。恋愛映画コーナー行こ、勘違いされたい、月間フットボールファンにフライデーされっ」
ズボッ
冬花の頭にフルフェイスヘルメットを叩き落した。
「・・・」
静かになった。
しばらくしてそっとはずしてみる。
「お兄ちゃん帰りもさっきのして。ほかのもやって。よしにいのありとあらゆる女子オトしテクニックがどれだけ効果あるか私評価して教えてあげる。ちなみに行きのお兄ちゃんは満点だったよ、MVPだった。ううん、モーストバリュアブルお兄ちゃんだったよ。MVOだよ。おめでとう。マンオブザTSUTAYAだっ」
ズボッ
「・・・」
静かになった。
どうしよう
うちの妹おもしろキモイ。
<< □
おまけ
「お兄ちゃん、なに借りたの?ドラゴンへの道?スターウォーズ?吉原炎上?」
「最後のなんだよ。うるさいから離れて歩け」
「で、なに借りたの?」
「魔女の宅急便」
「オ兄チャンキライ」