冬、虫は絶える。
糧を得られなかった獣も人間もおわる。植物も枯れ落ち
深い深い深い雪の奥で息も絶え絶え。
用心棒として雇われた差配の屋敷も柱という柱が凍りついたのではないかと
思うほど寒かった。
明朝は早い。
夜の守護をおおせつかった連中を哀れみつつ布団の温もりにことほがれる。

気配よりも早く物音がした

鴬張りの縁側を何かが迫り来る
枕元にあった刀を布団の中に音もなく引き込む。
目を閉じ、耳で音の主を探る
扉の前にたった気配、これは

誰だ





 寒 中 見 舞 い 、 お 赤 飯 





刺客は私の部屋の丁度前で立ち止まった。
そっと目を開けて障子に浮き上がった影を見てあきれた。
あの髪の形は

「キュウゾウ」

ガラと断りもなく障子戸を開けたキュウゾウは薄い夜着一枚で脇に掛け布団を
ひきずっていた。身体をおこした私を見下ろしたまま止まっている。

「寒い、戸をしめんか」

キュウゾウは言われたとおりに戸を閉めた。
なぜか部屋に足を踏み入れずに閉めた。
縁側はたいそう寒いだろう、雪が降っている。
キュウゾウの姿は障子の向こうで微動だにしない。
私はほうって眠ることにした。明日は早いのだ。
ところでいつものキュウゾウであれば私は気配ですっかりわかるはずなのに
今はわからなかったのが不思議だ。殺気もなにもまるでなしにぼーーーとして
いるからだろうか。それとも夢遊病か?
はて
私は片目だけ開いて障子を見てみた。
まだ、いる
再び身体を起こす。

「用があるなら言え、寝ぼけているなら相手にせんぞ」

キュウゾウは再び障子戸を開いた。
やはり用はあるらしい。
布団を持っている理由も気になり始めた。
しかしてそれにしてもなんにしても

「さむい、中に入って閉めてはくれぬか」

キュウゾウはようやく一歩踏み出して後ろ手に障子を閉めた。
私は近くの灯篭に火をともす。
まったく、こんな寒い夜になぜ身体を無駄に起こしていなければならないのだ。
キュウゾウは布団なんぞかかえて、まさか「寒いから一緒に寝てくれ」と子供の
ようなことをいうのではあるまいな。
・・・いや、ない。
これは断言できる。























「寒いから一緒に寝ろ」



「あ、あいにく・・・そういう趣味は、ないのだが」

私の言葉はとぎれとぎれになった。
キュウゾウはずいと一歩寄る。

「ちょちょちょちょっとまて、待て!」

私は手のひらをかざしてちょうど腹減りの犬を制すように声を張る。
キュウゾウは利口な犬のようにぴたっと止まった。
ひとまずほっとする
キュウゾウはずいっと一歩出る

「待て!待・て!」

今度は単純に腹の減った犬のように詰め寄ってきた。
制止の声もききはしない。

「おちつけこういうことは順を追って話し合っていこう!な、そうせぬか!」

ひきつりひっくりかえる自分の声
キュウゾウの手が私の布団をつかんだ。

「よせっ、気でも違えたか!」

柄につがえた手ごと素足に踏みつけられる。
動きの素早さはよもや寝ぼけているとは思えない。
正気なのだ。
まさかこの歳になって男に夜這いをかけられるとは思っていなかった。
動揺する。
ズイッと迫って来た無愛想な顔に、咄嗟にひっつかんだ枕を投げつけた。
渾身の力をこめて。
硬い枕は夜闇に硬質な音を響かせた。
見ればキュウゾウのあごは上向いている。
あごにあたったらしい。
ここぞとばかりにキュウゾウのみぞおちを膝で蹴り込み、跳ね除ける。
飛び出した毛布の外は極寒であった。
しかし私の頬はなぜか熱を持っている。
キュウゾウに迫られて赤面したというのでは決してないと主張したい。
これはほらあのあれだ・・・こ、高血圧。
や、それはうそだが。
そうこう自分に言い訳をしている間にキュウゾウはアゴをニ、三回さすって
ギロリと睨みつけてきた。
キュウゾウの手にいつもの双刀はなく、勝機は私にある。
私は間合いを取りながら自分の刀に手をかけ・・・
ようとしたら無かった。

「!?」

刀はキュウゾウの足元、布団の中にぽつんと落ちていた。
動揺のあまりわすれてきてしまった。
侍の魂ともいえる刀を、夜這いごときで手放してしまうとはなんたる不覚。
いやしかし、貞操の危機を守るという大義の犠牲ともなればいたしかたないのやもしれぬ。
奴は刀を拾うだろうか

「目的がなせぬなら私を斬るか、キュウゾウ」

キュウゾウは敷き布団の上に落ちている刀を一瞥してから、ゆっくりと手を伸ばした。
刀は奴の手の中に
分が悪い
低く舌打ちする

キュウゾウはついに刀を

「・・・くっ」

投げた。

刀は部屋の端っこに無造作に落ちる。
キュウゾウは私の布団の上に寝転がり、布団を肩までもちあげた。そして・・・っ!

































「・・・・・・・・ぐう」

「寝るな馬鹿者」



思わず掛け布団をひっぺがしてぶん投げた。
部屋の隅にボスンと落ちる。
キュウゾウは赤ん坊のように身体を丸める格好で居残っている。
寒かったのか一旦忌々しげに私をにらみつけると、すぐに自分の持って
きていた掛け布団を引っ張り寄せて、再び



「・・・・・・・・ぐ」

「寝るなーっ!」



奴の布団も部屋の隅に投げ飛ばすと、今度は掛け布団にひっついていたキュウゾウまで
部屋の隅に飛んでいった。
壁に叩き付けられても、ぐちゃぐちゃになった布団にまだもぐりこもうとするキュウゾウ

「貴様!いったい何しにきたっ」
「寝に」

む、むか!

「なぜ寝るためにわざわざ私の部屋に来たというのだ!」
「・・・侍、ゆえに」


わからぬ
本当にわからぬ
いまどきの若い連中の考えることは若様を筆頭にたいてい意味不明であったが
これはその最たるものではないだろうか。
あるいは適当か?
適当なのか?

「おぬし、適当にしゃべっていないか?」
「侍、ゆえに」

適当だ。

蹴り上げる。
キュウゾウは受身を取って着地し、むくりと起き上がった。
低く構えている。
刀を持たぬ侍同士が真夜中に夜着のまま布団が散乱する部屋に対峙した。
間合いを取りつつ、円を書くようにゆっくりと動く
キュウゾウの目はすっかり斬り合いのときのそれになっている。

先に動いたのはキュウゾウだった。
息をつめる
迎え撃つ!

”パキン”

謎の音がした。
キュウゾウは踏み出した右足をゆっくりと持ち上げて、畳の上を見た。
見れば、私の枕元にあったはずの眼鏡が”パキン”となっていた。
キュウゾウは踏み潰した足をあげたまま、踏み潰された眼鏡をじっと見下ろしていた。







「・・・・・・・・・・・さ」

さ?

「さむらいゆえに・・・」











「そこになおれ!!」











はじまった侍同士の拳と拳のぶつかり合い

枕が飛び
拳が舞い
掛け布団が
敷き布団が
割れた眼鏡が
天井板が
灯篭が
障子が
襖が
畳が
自分が
キュウゾウが

ありとあらゆるものを投げつけ、投げつけられる。

そのうち倒れた灯篭が掛け布団の羽毛に引火し炎上し始めたので
慌てて外から雪を持ってきて消火した。が、今度は室内雪合戦が始り

という悪夢で

朝、私は目を覚ました。
外では小さな美しい鳥が鳴いている。
白い雪が陽光をさずかり、反射で部屋の中はずいぶん明るかった。
まったくいやな夢を見た
目を何度かこする。
それにしても
はて
なぜこんなに部屋が明るいのか。
ああなんだ
ただ障子がないだけか
まったく朝っぱらから驚かせるな
そろそろ身支度をせねばな
どっこらせ、と








「ん?障子がない・・・?」






家具のほとんど無かった簡素な自室は
見渡すかぎり
野伏りに襲われた民家の在り様であった。
壊れたバネ人形のように立ち上がると
背中にもたれて寝ていたキュウゾウがごろんと床に転がった。



















 * * *



「キュウゾウ、おぬし本当に、なぜ来たんだ」

ぜいぜいと熱にうかされながらキュウゾウに言う。
なんとか原型に部屋をもどしたが、キュウゾウは高熱で歩くこともできず
今もこうして私の布団から少々距離を開けた隣の布団に横たわっている。
ああ喉が痛い
頭が痛い
体中が痛い
仕事は運良く暇を許されたものの
真冬の夜中に夜着一枚で雪合戦をして風邪とは、不覚。



「・・・・・寒いから」

ぽつりと隣から聞こえた
だいぶかすれている



「ヒョ、ゴの布団は、暖かいかと、思・・・」

語尾は消え入った。
なんという単純かつズレた思考回路をしているのか
舌ったらずで
まるで一児の親にでもなった心地だ
夜中に毛布を抱えて「一緒にねかせて」
そうおもえばかわいげがあると言えなくもないが、子供にしては図体がでかすぎる。

頭だけ動かして隣を見てみれば、キュウゾウは目をつむってウーウーと息をやっている。
その姿がまるで子供で
なんとなく苦笑いをしてしまった。
まったく



「私は湯たんぽか」



深く、呼吸をしてから
あたたかに眠った。


















(おまけ)



「テッサイー」
「これは若、いかがなさいました」
「今日はキュウゾウとヒョーゴはどうしたの?姿が見えないけど」
「なんでも風邪をひいたとか」
「二人同時に?」
「そのようで」
「えー!なんかヤラしいよねーヤラしいよね〜〜?」
「・・・私にはなんとも。多少ヒョーゴの部屋の方角が騒がしいなとは昨晩思いましたが」
「うそ!それ決定的だよ!ふぅ〜んそっかぁ、ずいぶん激しかったんだねーさすが侍だねー」
「はぁ」
「若気の至りってやつだねー、よいねー」
「は、はぁ」
「そうだ、おもしろいから二人をお見舞いしよう、お赤飯を持って!」
「若・・・」