「茶の湯、でございますか」
「是非お招きしたいのです、キュウゾウ殿もご一緒に」

殿は私の傍らで微動だにしないキュウゾウにやわらかな笑みを向けた。
キュウゾウは目だけ動かしてそれを一度見てからすぐにあらぬ方向へ視線をやった。
表情は変わらない。








ハリセンラブレター







「主人はどなたが」
「不束ではありますがわたくしが」
「それは光栄ですが」
「作法のことならばよいのです、たのしくおしゃべりをすることができればわたくしは嬉しい」
「はあ」
「おいや・・・ですか」

やんごとなき身分の姫君と茶の湯
思っても見なかった申し出だ。
用心棒ふぜいが受けるわけにもいかないが、しゅんと肩をすくめられてはどうも断りきれず

「嫌というわけではありせん、決して」
「ほんとう!」
「しかし殿は」
「お茶菓子はなにがお好きですか、羊羹や最中や、お団子もありますし」

すっかりノリノリの殿はこちらが口をはさむ隙がないほどに
菓子の名前を挙げていった。困り果て苦し紛れにキュウゾウを睨む。

「キュウゾウ、おまえも何か言わぬか」
「あんみつ」
「そうじゃない!」
「暑い日が続きますものね」
「だから違う!・・・と、いえ、失礼いたしました」
「冷たいあんみつをご用意して明日、お待ちしております」
「ですから、なんと申しますか」
「やはりおいや・・・なのですか」

右に捨てられた子犬のような目をしたやんごとなき身分の姫君
左に死んだ魚のような目をした宇宙人
屋敷の廊下で孤立無援


「・・・決してそのようなことは」
「嬉しい!」


























大変な任をおおせつかってしまった。

「・・・キュウゾウ、おぬし茶の湯は知っているか」
「知っている」
「茶の湯の作法は知っているか」
「・・・少し」
「ほう」
「無礼講」
「確かに茶室の中では身分の差はないとされるが、無礼講というわけではない。
殿に失礼のないように振舞え」
「承知」



部屋に戻って卓に向かう。
茶の湯のハウツー本でも買いにいこうかと思ったが、もはや開いている書店は無いだろう時間に
なっていた。
作法をまったく知らないというわけではないが、真剣に学んだこともない。御前と都の勅使との席に同席することが稀にある程度でそのときも自分は数に入れられていない。茶室での平等という決まりごとがあるにしても所詮自分は侍くずれの用心棒。しかもあの方の用心棒ではなく、あの方の父君のご友人の差配の用心棒。
この町での御前の仕事がすむまでと屋敷に厄介になっている身分だ。
無礼があってはならない。
やはり今からでも断ったほうがよいだろうか。
そうだ、昼間に男二人を個室に連れ込んだなどと殿にあらぬ風評がたつやもしれない。
あの宇宙人が我らの知らぬ宇宙の法則に従ってなんぞ破廉恥な所業に及ぶやもしれない。
や、それはこの私がいるかぎり断じて許さないがそれでも万が一奴が殿に襲い掛かったなら、

斬る。





「ヒョーゴ殿、助かりました」
「いえ。ご無事でなによりです」
「ああなんと頼もしいこと」
「いえ、当然のことです」
「・・・ヒョーゴ殿、近う」






にゃんにゃんにゃん





























ごつーん



「お、おちつけ自分・・・」

なんという阿呆か私は。
頭を振り、額を卓にぶつけて正気を取り戻そうと試みること数回
卓に向かって報告書を書いている途中であったのを思い出した。
もういちど筆をとって続きを書き始めた数分後





























ごつーん




「それはない、それはありえない」

冷静になってから再び筆を取る。

































ごつーん



見苦しい、なんと見苦しいのかいい大人が。
大きく深呼吸をして三たび筆をとり、書き終わったのは報告書。と文。





































 * * *



「少しは作法を覚えてきたか」
「無礼講」
「かわらんではないか」

翌日、八つ時が近くなって私とキュウゾウは茶室へ向かう。
茶室のにじり口をくぐり、ふたつ置かれた座布団の片方に腰を下ろす。主人はまだ準備があるようで
男二人の茶室は静かなものである。ふと隣の座布団を見るとキュウゾウの姿はなく、茶室の戸で刀がつかえて入れないでいた。

「おろして入れ、おろして」

ため息ひとつ
眉間をおさえる
文は懐にあるが渡すことはないのだろうと思う。
お礼状だったつもりが真夜中に書いただけあって半ば恋文のようになってしまった。
いっそ今日の始末書でも書いておいたほうが賢かったろう。

すぐに殿がおでましになり、私とキュウゾウを見るなり嬉しそうに頬を上気させた。
お世辞にもよいとはいえない人相の侍二人を前に怖がらず、それどころか茶の湯に誘う無防備さは
もはや彼女の才能でさえあると思う。そこもまた愛らしいとおも・・・・って私はまたなにを考えているのか。
落ち着け、キュウゾウを見てみろ。
あやつでさえ大人しく座っているとうのに、私ともあろうものが動揺してどうする。

これは剣術と同じだ。鍛錬と思え。

敵は姫君にあらず、キュウゾウにあらず

敵は己の内にあり
敵は己の内にあり
敵は


「どうか緊張なさらないでくださいヒョーゴ殿」
「はい」
「キュウゾウ殿も。お好きにしてくださって構いませんので」
「承知」

突然キュウゾウが立ち上がったかと思うと
殿を押し倒した。













あ、敵はこいつだ





















スパーン!



懐に入っていた文をハリセンがわりに力の限り打ち込んだ。

「貴様は何をしている!」
「好きにした」



スパーン!



「なにをどう考えるとそういう真似ができるのだ!」
「茶の湯の平等」
「ほう、そうか。おぬしのいる宇宙での平等とは性犯罪を許すものなのか」
「好きにしろといわれたから和姦」



スパーン!



「強姦だ阿呆」

あらかたツッコミ終わってから、私は咄嗟に背後に隠したうら若き乙女を思い出した。
振り向けない。
性犯罪だ、和姦だ、強姦だと喚きたてた今
冷静な剣士よろしく振舞っていた(つもりの)私の威厳はどこに。
振り向けない。
最悪だ。


























「お二人は仲良しですのね」

きこえた声は柔らかで穏やか

「見ているだけでとても楽しい」

私の背後で涙目になって笑っていた。
私は向き直りすぐさま膝をついた。

殿、ご無礼つかまつりました」

殿は少し咳き込むほどに笑ってから「いいえ」と言った。
姫君は間近で微笑む
距離が近い
近い
私はそれを直視できずに再び頭を垂れた。
顔の熱で眼鏡がくもらないことをひたすらに祈り
心の震えを悟られないようにひたすらに祈り
今すぐ抱き込んでしまいたい衝動を大人の誇りにかけて耐え


「いつもそのように振舞ってくださるといい」


祈る。
手の中には礼状のような恋文
ハリセンがわりに使ってしまったがしっかり紙のしわを伸ばしたなら
この優しいひとは受け取ってくださるだろうか。


「わたくしはそれがうれしい」



















「あ」

殿の小さな声を残して、またもキュウゾウが覆いかぶさった。

「いつもそのように振舞えと言った」














スッパーン!!