やわらかめの春っぽい風が体育館に吹き込みます。
赤と白の変なカーテンがふくらんで
脳内で隊長が叫びます。
ねるなあくたがわねたらしぬぞ
ああたいちょうすみません。おれはもうねむたいのでねます
おやすみ












エンブ・レム





























涙を呼ぶ風が
おれたちの涙を呼ぶ風が
狙いどおりに涙をさそいだしてる。
先生も泣いている。

ちがう。

あの先生は花粉症。
後ろのほうで在校生が泣いている。
あれも花粉症。
みんなだ。
だって日本人は花粉症が多いって忍足くんが言ってた。
そうそう、この卒業式が終わったらうちの部活は部員が多いからきっとものすごく長い
アーチをくぐっていけるだろう。
きっとものすごく長いから
きっともう絶対終わらないくらい長くておれの生きる時間が終わるまで続くんだ。
そいで、アーチをくぐるとおれが好きだった隣のクラスの子がぽつんと立ってて
「あくたがわくん、ずっとあなたのことが好きでした」
と言って花束をくれる。
それで、でもおれはもうアーチをくぐりおえてしまってて生きる時間が終わるから、
その子のくれたその花はおれにかぶさった土の上に飾る花になって、

それで
それでね

世界が大きく揺れて、歪んだ。
























目を覚ましたらたぶんあくびのせいで本当に世界が歪んでて、おれはくしゃみをしました。
嘘くしゃみ。
三回くらい。
大げさに。
でも小さな声のくしゃみ。
”おごそか”な雰囲気を壊さない程度、
先生がこっちをちらっと見る程度のくしゃみ。
良心的。

「花粉症か」

隣の椅子に座ってる跡部が興味なさそうに小さい声で言いました。

「目がかいー」

おれは目を擦ります
大げさに。
六往復くらい。
跡部はやっぱり興味がないみたいで前に向き直りました。
式が終わるまでずっと彼の背はしゃんとしていて、
その左胸のエンブレムがかっこよかったのが印象的です。



























退場したら、おっかけてきた女の子たちからテニス部の後輩が守ってくれました。
テニス部専用のアーチをくぐったら宍戸が何度もくしゃみをしてました。
だって長太郎がボッロボロに泣いてる。
これは結構すごくて、くらう。
おれは長太郎に優しく頭突きをしてやって伊達男でした。
びゅうと強い風が吹いた時、猪木のモノマネをしたのは岳人です。

「まよわずいけよー!いけばわかるさー!」

あ、猪木じゃない。
猪木のモノマネをする春一番のモノマネ。
顔が似てない。
目が真っ赤になってるもん。
風に舞うタッキーの髪はヴィダル・サ・スーンみたいでした。
くしゃみしないでアーチを最後までくぐりぬけたのは
跡部と忍足くんだけでした。
でも忍足くんはメガネを何度か拭きました。
「花粉がついた」って。

忍足くんと跡部と岳人とタッキーと宍戸と一緒に校門を出たとき、
校庭のスプリンクラーがまわりました。
あれは学校中に舞っている花粉をしずめようとしていたに違いありません。































最後、帰り道でおれと跡部だけになりました。
跡部は式が終わってもずっとかっこよかったけど、
もらった花束をずっと肩に抱えてたから、家に帰ってから
その花粉にこてんぱんにされると思います。


「こてんぱんだよ」
「なにが」
「跡部が」
「誰に」
「花粉に」
「花粉症じゃねえよ」
「なるよ」
「ならねえよ」
「今夜くらいに」

「...」
「なるよ」
「...」
「なるって言ってよ。ひとりでかっこいいの卑怯」
「...3秒くらいな」


こいつはかっこいいや。


「跡部のエンブレムかっこいいからちょうだい」
「とれないだろ」
「でも欲しい」
「...めんどくせえな」

跡部はブレザーごと渡してくれて、こいつこそ伊達男です。

「お財布ポケットにはいったまま?」
「カバンの中だバーカ」

跡部は跡部っぽく笑いました。

「えーざんねーん」

いらないっていったけど、おれのブレザーを跡部にあげました。





























帰り道でひとりになったときに見てみると
やっぱり跡部のエンブレムはかっこいくて、
跡部のブレザーは跡部が肩にかついでた花束のせいで
花粉がたくさんついてようです。




おれがこてんぱんでした。