「露伴様…も、お許しをっ…あっ、もぅ、…んっ」
「僕も、…でるっ!う、…うっ…!っ!」

汗ばむ肌を擦り合わせ息を乱し裸身のは美しくほんずれくんずれ淫らな夜が、唐突に明けた。
広いシモンズのベッドでひとりきり上半身を起こし、生気のない目で岸辺露伴は羽毛布団の下を覗き込んだ。






が戻ってから早五か月が経とうとしている二月、杜王町は冬に閉じ込められている。
そして広瀬康一は岸辺露伴邸に閉じ込められていた。
大事ありと電話をうけ駆けつけた親切な康一だが、リビングのソファに招かれてしかし正面に座った露伴が一言も口を開かないので居心地が悪い。露伴が沈思の姿勢で、斜め下の虚空に目をやってかれこれ5分経った。
「あ、あのー…露伴先生、その、どうかしたんですか?」
事情を聞きたかったわけではないけれど、聞いてあげないと帰らせてもらえないんだろうなあと悟ってのことだった。
「…親友の君に尋ねられたら仕方ない。実はね、康一くん」
「は、はあ」



さんがさ、さ、させてくれない…?」
へーそうなんですかーすごいですねーあ、ちょうど塾の時間なのでぼくはこれで、と適当に受け流して早く帰る予定だったのに、思わず食いついてしまった。アッと思って口をふさぎ、あたりをきょろきょろと見回す。
「心配ない。あれは山岸由花子のところへ遊びに行っている」
そう冷淡に言った露伴は昨夜、テレビで映画鑑賞をしている時にころあいを見計らって押し倒したら、泣いて拒まれたと、語った。
康一はすぐ横にある二人掛けのソファを見て心拍を早くした。
「解せないな」
露伴は嘆かわしく首を振り、ため息をした。
「あいつはぼくのことを好きだろう?」
「え?あ…はあ」
「じゃあなぜだ、康一君」
「ぼ、ぼくに聞かれても」
ぎろりと睨まれ、頬をかく。
「えっと、えーと、そうですねえ…女のひとにはいろいろ都合があるのでは」
に生理はない」
そういうことオブラートに包まず言うからじゃ
「泣かれたのは昨日が初めてだが、そっちへ持ち込もうとして拒まれて、もう4回目だぜ。最初のうちはあいつなら婚前交渉はいけないとか言い出してもおかしくはないとぼくだって予想していたさ。でもそんなもの、若い男と女の欲望の前には風前のともしびだ。雰囲気でなんとかなるだろうと思っていたが、あのバカ、へんに頑なになって。だからぼくは考えたんだよ、もしかしたらなにか特段の事情があるんじゃあないだろうか、ってね。けど思いつかない」
唇をとがらせて片肘ついた露伴を、康一はほんの少しだけ見直した。
「そこは読まないんですね」
「はあ?それ個人のプライバシーに踏み込む最低の行為だぜ?やるわけないだろ」
どの口が言うか
それにしても案外真面目な相談だったので適当に受け流すのはちょっとかわいそうだ。
と露伴が互いに想いあっていることは康一もうなずくところだし、今までそういう関係になっていなかったことのほうが驚きだ。大人と言うのは、もっと息するようにそういうことを済ましてしまうものだと思っていたから。
とはいえ、高校を卒業するまでしないよと由花子と約束している童貞の自分にいったいどんなアドバイスができるというのだろう。
「えっと…こういう相談って女子に人気がある仗助くんとか噴上裕也のほうがいいかなーなんて思ったり」
「はあ?」
「ですよね」
あ、この目は無理だ。
「えーとえーと、さんって、言ってしまえば去年の夏に生まれたようなものですから、やっぱり知識がなくて怖いんじゃないですか。えっと、5、6、…生後8か月だし」
「オイオイ、ひとをヤバイ変質者にするような言い方はやめてくれよ。確かにあいつはそういう知識がなかったが、さりげなくエッチなシーンのある漫画や映画を見せて勉強させたんだ、もう全く知らないわけじゃあないよ」
そうでしたか、とうわべで返事しながら、この場に仗助がいなくて本当によかったと康一は思った。
「そうだ。露伴先生、イベントごとを利用してみるってのはどうでしょうか。ほらクリスマス、はもう過ぎちゃいましたけど」
「クリスマスはあいつがサンタクロースを楽しみにしすぎてそれどころじゃあなかった」
サンタクロースがいると信じ込ませるもっともらしい嘘を岸辺露伴が平然とのたまっていたのを、康一含め仗助たちもその場に居合わせ目撃している。自業自得だ。
「えーっとそれじゃあ、かぐや姫だから姫はじめ…なんて」
「ふむ、さすが康一くんも高校生だな。そういう発想はよく口がまわる」
「ちょ、先生!ニヤニヤして言わないでくださいよ!もう帰りますよっ」
「ちなみに姫はじめもやろうとした」
人のこと馬鹿にするみたいに笑っておいて…
「振袖の重装備をたまねぎの皮を剥くように一枚一枚はいでいくのはわりと好きな手法でね。しかも振袖を着せたところやはり堂に入ってだな、絵に描いていたら正月が終わっていた」
やっぱり自業自得だ。

自分が一番のあの岸辺露伴が、の思いも尊重して慣れないことをするあまり思い通りにいかず、思い悩んでいるのはよくわかった。わかったが、なにを言ったらここから帰してもらえるのだろうか。
途方にくれて康一ははあと深いため息を落とし、いまはもう何時になってしまったろうとテレビの横のデジタル置き時計へ視線をやった。
表示された日付は
2月12日
とんでもないぴったりイベントがあと二日に迫っていた。













2月14日 金曜日 PM0:00

すべての仕事を片付け、たっぷり10時間の睡眠をとり、露伴はバレンタインデーという名の普段なら絶対にノッカリたくない大衆行事に臨んだ。
意気揚々降りてきた静かなリビングのテーブルでメモを見つけ、拾い上げる。

由花子さんと遊んで参ります。帰りは少し遅くになります。

そのメモはたちまち露伴を乾燥させたが、励ましてもらおうと康一に電話をかけ「それって由花子さんと一緒にチョコレート作ってるってことかもしれませんよ…」と言われるとたちまち潤った。
一方、そう言った時の康一の声があんまりにも思いつめた暗いものだったから親友の健康状態を尋ねると「ぼくの口からは言いたくありません。去年の等身大彫像チョコレート事件といえばわかるので、億泰君たちに聞いてく…ウエップ!」と嘔吐をこらえるような声を最後に電話が切れた。
山岸由花子に毒されて自分の等身大チョコレートを贈られるイメージが脳裏をよぎったが頭を振ってかき消した。
一人掛けのソファに腰をおろし、天井を仰ぎ見る。あれはさすがにそこまではやるまいが一緒に作るというなら手作りなのだろうか。
キッチンのほうへ目をやった。
「自分は米一粒だって食べたことがないくせに」



冬の夜はすばやくやってくる。
18時を過ぎても戻ってこないが、小学生ではあるまいし。
19時を過ぎても戻ってこないが、中学生でもあるまいし。
20時を過ぎるとようやくインターホンが鳴った。
「遅い!いまを何時だと思ってるんだ!」と玄関に出ると緑の帽子をかぶった若者が
「す、すみません、20時時間指定だったもので…しゅしゅしゅ集英社様からお荷物です」
と怯えていた。
編集部に届いたファンからのバレンタインデーの贈り物第一弾10箱分を玄関に積み上げ、露伴はリビングに戻ったがソファに座らずにうろうろと部屋を歩き回った。
由花子の家までそう遠くない。
由花子と康一は二人で会うのだろうから、はひとりで帰っているのかもしれない。
あれはひとりで放っておくとヘンな輩に絡まれる体質だ、それはあの空条承太郎でさえ認めている。
電話を鳴らしてみたが留守番電話になった。
由花子への電話も留守電で、康一の電話は一瞬通話状態になったが、すぐにツーツーツーとなった。二人きりの邪魔をされまいと、由花子が切ったのに違いない。
「ということは、もう帰ったのか」
仗助、は飛ばして億泰にかけるとアホな声でつながった。
「先生じゃないっすかー!!どしたんすかー!!」
後ろの音がギャンギャンと異常に騒がしく、ほとんど叫ぶような声で億泰はしゃべっている。ケータイを耳から離して露伴は嫌な顔をした。カラオケにでもいるのだろうか。
「どこかで見なかったか?」
「えー!?なんすかー!!?」
だ、、あいつ見なかったか!」
「えーー??…、ちょっと仗助失恋レストランうっせえって、露伴センセがなんか言ってんの。や、言ってることわかんねーけどそりゃいつものことじゃね?…、スンマセン露伴先生、もちっと大きな」
見なかったかってきいてるんだよこのアホ!!!」
「え?さんっすか?俺らさんにチョコもらっちったっすよーデヘッ」
「人は砂漠の極限状態で水の幻を見ると言うからな、気を確かに持てよ億泰」
「ところがどっこい!マジでもらっちゃったんすよー、ウフフー、すりすり」
「なっ…ちょっと待て、どういうことだ。おまえら一体どこで」
「カラオケっす。あ、センセも来ます?仗助が失恋レストランしか歌ってないからつまんねーんスよ」
「おまえらの居場所じゃあない!といつどこで会ったんだ!」
「どこって、そりゃあカメユーデパートで、放課後に」
「デパート…?由花子は一緒だったんだろうな?」
「えー?由花子は学校おわったらソッコー康一とデートっしょ。先生邪魔したら由花子にぶっ殺されるぜ」






時刻は23時を過ぎた。
外は雪がちらつき始め、バレンタインデーに色を添える。
岸辺露伴はピアノの黒色をした仕立ての良いロングコートを羽織って静かに家を出た。

この15分前、むこうではたいへん非常識な時間であるにもかかわらず空条承太郎は短い言葉で、いつもの調子で露伴からの電話に応じた。
特殊かつ精密なGPSで彼女の居場所を特定できるのはスピードワゴン財団だけだ。そして露伴がSPW財団へ連絡をとるための窓口は、空条承太郎だ。
論文執筆の休憩をしていたところだからと、時分の非礼を咎めず、あまりに向こうが静かなので分厚い背表紙が整然と書架におさめられた重厚な書斎にいるのだろうと、露伴は勝手に想像をした。
の現在位置を確認したいと頼むと、言葉の終わりごろにはパソコンのキーを叩く小さな音がした。
「いま頼んだ。数分で応答が来るだろう」
「ありがとうございます」
もう一度かけなおすか、このまま待つか。口数の少ない男相手に後者はやっかいだ、ではまたかけますと切ろうとしたとき、「に変わりはないか」と珍しくも向こうから尋ねて来た。
去年9月、が無事戻ってきて露伴はまず手をつけられないほど怒り狂い、怒りつかれ、怒りにくるまれていた安堵がようやく顔をだしたその月の末に、承太郎はアメリカへと戻って行った。同時に、財団は長期観察の体制に移行している。
「一切変わりはありませんよ。髪は1ミリたりとも伸びないですし、爪もそうです。なにを考えているんだか、毎日NHKの小学生向けの番組を見て国語と算数と理科を勉強していますが。英語とイタリア語も相変わらず」
「そうか」
「そうですよ」
会話が止まった。
「今日みたいにあからさまに嘘をつかれたのは初めてですから、順調にこちらの世の黒さにも染まってきているんでしょう」
「アルバイトをすると、先生に言わなかったことか」
億泰から聞いた。
は今日、デパートでバレンタインデー限定のアルバイトをしていたそうだ。デパートの前で男の目を楽しませるミニスカートを履いて、愛想よく小さなチョコレートを配っていて、放課後に通りかかった億泰に家宝を与え、仗助に希望を与え、そして絶望も与えた。
デパートにバイトとして雇ってもらえるだけの人物証明はもちろん、承太郎経由で財団から提供されたのだろう。この電話口の重低音に頼んだのだ。
腹が立つ。
「あれは、バイトした金でぼくにプレゼントを買おうとしたんですか」
「自信のない物言いだな」
「何度も拒まれているものですからね」
「…結果が来た。オーソンの近くだ、先生の家に向かって進んでいる」
心の伴わない礼を述べて切ろうとしたとき「先生」と承太郎の声が引き止めた。
また、珍しい。
「生殖器の調査の時に差し入れた検査棒が、入れた部分だけ消えたそうだ」
「…なんでそれを教えてくれなかったんですか」
「そういう話はあれから言うだろう」
合意なく事に及んだら無くなってかまわない、という言葉はないまま電話は切れた。
気安くあれとか言うな、とケータイに向かって吐き捨て、露伴はピアノの黒色のコートをとった。













ごくうすく積もったアスファルトの道の先に立つ露伴に気付いて、が立ち止まった。
円錐を描くようなウールの濃紺Aラインは膝の上まであり、膝までを隠す鮮やかな青のスカートがその下に覗いている。電灯の下、我がコーディネイトながらいい色合いだ。
細い首の上にのった小さな顔は、鼻と頬とが赤くなっている。マフラーを買ってやるのを忘れていた。
左手に、大きなコンビニ袋を下げていた。
「遅かったな」
は両の手を前にして、足をあわせて頭を垂れた。
長い髪がウールの肩をすべる。
「申し訳もございません」
「ないのか?申し訳」
頭があがってくる。
「ぼくに言ってないことがあるんだろ」
は結んでいた唇をゆっくりと開いて、隙間からまず白い息だけがこぼれた。
「アルバイトを、して参りました」
ずいぶん真面目な顔でそう言った。
なぜかと問う親切はしない。
「由花子さんに、日ごろの感謝をこめて、あるいは慕わしい想いをこめて殿方にチョコレートを贈る日だと教わり、あちらこちらで愛らしい包みを見ましたものですから、露伴様に差し上げたいと思いました」
「殊勝な心がけだな」
「露伴様への進物をこさえるのに、露伴様にそれを買うお金をくださいと頼ることは憚られ、自分でお金を稼ぎたいと」
「うん」
「由花子さんに協力してもらってアルバイトの先を探しました。承太郎様にお願いをして偽物の身分を作っていただきました。きょう、カメユーデパートの皆様にも何度も手助けをたまわって」
真面目に言っているのには違いないが頬がこわばっているのは寒さのせいか。
巻きすぎたオルゴールみたいにしゃべり続けるの声を片耳に聞きつつ、デコボコしているでかいコンビニ袋を握る、その指にじっと目をこらすと赤い。
手袋を買ってやるのも忘れていた。
「それなのに」
声に水がにじむ。
「お勤めを果たし、お給金をいただいてお店を出ましたら、開く軒はもうひとつもなくて」
露伴が一歩踏み出すとが一歩下がったので立ち止まる。
「いくらか歩いてみましたがひとつもなくて、すみません、何度も電話をくださいましたのに、恥ずかしくて電話に出られませんでした」
今度は立ち止まらずに歩を進めると、コンビニ袋を握る手に力が入ったのがわかった。
「なんだこれ」
のばせば手が届く位置まで来てコンビニ袋を覗き込むと、袋をいびつにふくらましている正体は大量の箱アイスだとわかった。
「コンビニならバレンタインコーナーとかあったろ」
「売り切れで」
「へえ。ああいうのは売れ残って明日半額で売られるモンだと思っていたけど、そりゃあ運がなかったな」
「は、ぃ」
寒さと羞恥に余計赤らむ顔が今にも決壊して泣きそうだ。
「ったく。このクソ寒いのにほんっとうにまぬけだ。そんなの持って君、もしかして寒さを感じないのか」
「氷を抱えるようです」
はぎちと笑った。
袋を取り上げたが、かじかんだ指は同じ形のままになっている。
電灯の下で間口を大きく開けば律儀に全部チョコのアイスだ。
冷気の塊を右ひじにかける。
両の腕をウールのコートの背にまわし、あいだの空気をはらんだままぎゅうと締め上げた。
「冷たい」
「ごめ、なさ…」
抱きしめたまま髪をすくい、たわんだところへ素早く唇を寄せた。
「たまらない」
このひとは稀有だ。
















***



「帰ったらすぐ風呂に入れよ」
「ありがとうございます」
「別に礼を言われることじゃあない」
「…露伴様があまり怒らないで、お許しくださいましたものですから」
「許してない」
「え」
スチールみたいな冷たさになっていた手をとって、露伴はずんずんアスファルトを戻って行く。
「風呂から出たらぼくのところへ来るんだぜ。セックスするから」
「え」
「だってそうだろ。君はぼくに今日一日心ぱ、迷惑をかけた。国際電話だってさせられたんだぜ。君は知るまいが通話料がバカ高い。それにぼくに嘘をついていたことは自覚があるだろう?あるな。そうとも、君は嘘をついた。嘘つきは泥棒のはじまりだ。虚偽供述初期窃盗罪という。10年以下の懲役または50万円以下の罰金だ。君の今日の日当はいくらだ?せいぜい8000円ってところだろう。50万+国際通話料、君に支払能力があるのか?いや無いね。どう落とし前をつける気だったんだよ」
「あのっ、露伴様」
岸辺露伴は振り返らずに歩く。
手を引かれているものだからその後ろをはつんのめりながらついてくる。
車が横切ってもきつい抱擁をやめてくれなかった先ほどまでのあたたかな慈しみは夢か幻か。は長い睫をしばたたく。
しかし引きずられゆく先で露伴にこそ降りかかる悲劇を思い出し、は足で歩にブレーキをかける。
「た、たいへん申し上げにくいのですが、実は、わたくしの体は」
「入れなくたってやりようはある」
「え」
「ぼくはそういう趣向は嫌いというわけでもない。いや、我慢の期間が長かった分むしろ興奮するね」
は地鳴りのような不吉な音を耳に聞いた気がした。
「あの…露伴様、もしやものすごく怒って」
「べぇつぅにぃ?怒ってないね!君がぼくに内緒で空条承太郎におねだりしたことも、ミニスカート履いて駅前で愛想ふってさもしい男どもの今日の晩御飯になってるだろうことも、ぼくは一つも怒っちゃあいない。ひとを懐の小さい男のように言ってくれるなよ」
手をつないでいる形態から、ほとんど綱引き状態になってきているが露伴の歩はあくまで力強く、一心にひとところを目指す姿勢は露伴の漫画に対する姿勢に通じるところさえある。と感心する余裕はには一切なく、赤らんでいた顔をみるみる青ざめさせてゆく。
間もなく玄関だ。
「ちょうどアイスもいっぱいあることだし」
蝶つがいを不気味に軋ませて、岸辺露伴邸の重い扉は閉ざされた。












***



「やあ康一くん!」

2月15日、頼みがあって道路に雪が積もるなか露伴邸を訪れた康一は、ピカー!と肌からまばゆい光線を放つ岸辺露伴を目の当たりにした。
あ、これはしたなと康一は悟った。
そして
(このテーブルのうえにあからさまにおかれた箱アイスにも触れてほしいんだろうなあ)
とも察した。
正直めんどくさい。
(でもまあ、これからヘブンズ・ドアーでイタリア語わかるようにしてもらわなくちゃいけないし、機嫌とっておかないとなあ。承太郎さんの頼みだ。しかたない)
ぎこちない笑顔で唇のはしをひきつらせ、声を明るくつくろった。

「あ、あのー露伴先生、このチョコレートアイスどうしたんですかー?」



スタンドが作り出した生命無き奇妙な娘は、致し方ないとはいえ初回からとんでもない体験をして今は屋根裏でぼうっとしているので知る術もないことだが、広瀬康一がイタリアで生命を与えるスタンド使いと出会うのはこの一か月後のことである。




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