軍帽のつば




軍帽をかぶった私は君を見つけた。
君は心臓を病んでいて神の加護のない寺院の横のあばら家に廃棄されていた。となりでは
葬送曲が聞こえた。私は赤い軍服をまとい、あばらやで布キレの毛布にうずくまる君と対峙した。
ついさっきまで隣で同僚のミサが行われていた。今は別の小隊の殉職者が白い花にうずもれて
いるころだろう。前の小競り合いでいくらか死んだから。
君は逆光の中で私を見上げた。首を動かすのも苦痛なのかもしれない、壊れて軋む操り人形の
音が聞こえた気がした。操る人は誰?
君は一瞬のばしかけた手をゆっくりひっこめて指を閉じるように握ってしまった。赤ん坊のような
手だった。私はその手をもちろんとらず、コインを与えることもなく寺院の横に赤茶の屋根の小さ
な家を買った。寝室とバス・トイレ、キッチンまでついている。
誰にも知らせず君にも知らせずに、君に全てやった。
君は困惑したけれど私に哀れみという優しい感慨はなかった。三ヶ月に一度くらい君をおとずれて
は隣の寺院の葬送曲を二人で聴いた。君は君が生まれた場所も理由も知らずただ君だった。
名前をつけましょうかと言ったら「いらないわ」と君は微笑みながら首を横に振った。
君は心臓を病んでいてもうすぐ死ぬのだという。「そうですか」と私は棒読みで応えた。

何度目だろうか、君をまたおとずれたとき隣で聞こえたのは子供たちのうたう賛美歌だった。
私の軍服はすでに白い。指揮官だ。
「テロメア?」
何も知らない君はつぶらな瞳でまばたきをして私を見つめていた。君が横たわる寝台の前に起立
したまま私は続ける。
「生まれつき短いんです」
「それはどういうことなの?」
「早く死ぬということですよ」
君は何も知らない。小さく傾げた首。隣では賛美歌。
君は言葉を失って何度か虚空にまばたきをした。
私はあごを引いて軍帽のつばをわずかに下に向けた。
顔を隠す。

「・・・じゃあ、わたしもてろめあが短い」

君ははにかんで微笑った。
私は仮面の奥の目を見張ってぎゅっと唇を真一文字に引いた。意味は同じだ。テロメアが短くても
はやく死ぬし、君のテロメアの長さなどしらないけれど君もはやく死ぬ。帽子のつばをもう少し下げて
から「そうですね」と喉から声をしぼりだした。
「そうよ」と君は笑った。
私はゆるゆると君の寝台の傍らにひざまずき、首から上を寝台に預けた。君の手は私の頭の後ろに
触れて少しうごいた。それが撫でているのだとは気付かなかった。賛美歌がきこえる。

何度目だろうか。もう二桁を超える来訪回数。
恋人よろしく花だって贈った。鉢植えで。鉢植えは病人に贈ってはいけないとあとから本で読んだが
知ったことではない。黄色い花の鉢植えだ。
今日の寺院は何のイベントもないようなので中央に二人で立ってみた。
「汝、ラウ・ル・クルーゼは病めるときも嬉しいときも、わたしを愛することを一瞬だけ誓いますか」
今一瞬だけなら誓えたので棒読みで「誓います」と応えた。
「なんじ、・・・」
そういえば名前をつけていなかった。即興で名前を決め付けた。
「汝、は・・・病めるときも病めるときも、私を愛することを一瞬だけ誓いますか」
君は四六時中病んでるからこの台詞にした。
「誓います」
名前を勝手につけた上に台詞を変えたというのにすぐに返った返事に私は癖のように帽子のつばを
下げた。君はつばを下げる私をからかうように笑いをもらしていたから私は「では誓いのキスを」と
やや投げやりに言い放ってやった。君にヴェールはなく来賓は君に贈った鉢植えの黄色い花、最前列の
右端の椅子にご臨席賜っている。
ヴェールをあげる振りをして君の耳の後ろあたりにかける振りをした。君はくすぐったそうに笑った。

君のてろめあは冬のなかごろにおわった。
私のテロメアはまだながらえていた。
私はスコップが持てた。
私は墓の敷地を買うだけの金を持っていた。
私は君をかかえあげる力があった。
だから君を毛布にくるんで土に還した。だけど本当は土になどやりたくなかった。白い軍服は土に汚れた
けれど嗚咽など決してせずに君を埋めた。鉢植えの黄色い花を鉢植えごと墓標に据えた。綴る名前を
せっかくこの前つけてやったのに書く場所がなかったからまだやわらかい黒土に指でなぞった。

何年かして
私のテロメアもついに焼ききれてモビルスーツという機械の中で光に包まれた。
焼けつく一瞬の振動と光のあとに「テロメア?」と君は何も知らないように尋ねた。
「生まれつき短いんです」
「それはどういうことなの?」
「早く死ぬということですよ」

「じゃあ、わたしもてろめあが短い」

君は今度こそ下げる軍帽のつばのない私をからかうように微笑った。

「そうですね」
「そうよ」