シンドバッドが四つ目の迷宮を攻略しいよいよシンドリア建国が現実味を帯びてくると、屋敷には珍しい品や高級な品を持ち込む商人の列が絶えなくなった。

、いま時間はあるかい?」

ジャーファルとの勉強が終わった頃合を見計らって、商人たちのおべっかに飽きたシンドバッドがやってきた。
ジャーファルは勉強机からシンドバッドへ体の向きを変え、丁寧にお辞儀をした。

「お、すごいなジャーファル。俺を見た途端馬乗りになって手裏剣刺してきたときとは大違いだ」
「いえ・・・」

褒められてはずかしそうなジャーファルの傍らで、は微笑ましく見守っている。

「ところで。極東の商人から”ハコネの粉”というのを貰ってね。お風呂に混ぜるといいというからやってみたんだ。よかったら入ってみないかい?」
「ハコネの粉?」
「なんでもお肌がツルツルになる効果があるとか」

お肌ツルツルというキーワードに、の瞳がきらっとひかった。
大人に近づいてきても、のうれしいときの感情表現はわかりやすいままだ。
しかし

「気持ちはうれしいけれど、遠慮するわ」
「そんな、どうして」
「屋敷の主であるあなたのためのお風呂にわたしが入ったら、障りに思うひとがあるかもしれないもの」
「大丈夫だよ。ひとりでゆっくり入りたいからって人払いしてあるんだ。花も浮かべて綺麗だし、どうだい?」

しりごみしていただったが、ここまですすめられては断れず、また効能には関心がひかれっぱなしだったので、ついには根負けした。



「さささ、どうぞどうぞ」とシンドバッドはやたら上機嫌でを脱衣所に促した。
とジャーファルが入った後に「と一緒にお風呂なんてはじめてだな」と自分も連なって入ったところで、微笑むに脱衣所の外へ放り出された。
ピシャンと扉が閉じられる。
ガチャリという音が続き、内側から鍵までかけられてしまった。

「イテテ・・・、ドサクサお風呂トゥギャダー作戦はやっぱ無理だったか」

打ち付けた頭をさすりながらシンドバッドが起き上がる。
そして






(計画通り)






伝説の夜の神・ライトのように口元を歪めた。

説明しよう!
ドサクサお風呂トゥギャダー作戦はサブミッションに過ぎない。
シンドバッドの真の狙いは、ドサクサお風呂トゥギャダー作戦を回避したことに安心し、無防備になったのお風呂を、あらかじめ仕込んでおいた69箇所ののぞき穴からウキウキウォッチングすることにあったのだ!



まずは脱衣所の扉へ抜き足差し足でしのび寄る。
四つの迷宮を攻略し、四人のジンの精霊をしたがえる男・シンドバッドは、脱衣所の鍵をしめると現れる小さな小さな穴を覗き込んだ。

のっけから、子供のように白い背中が目に飛び込んできた。

「!」

シンドバッドは生唾をごくりと飲み込む。

(タオルで前を隠しているようだが、フフフお嬢さん、かわいいお尻が丸見えですよ)

(しかも内股でもじもじしちゃってまあ)

(こっち向けこっち向けこっち向け)

(タオルとれタオルとれタオルとれ)

「恥ずかしがっていないでタオルをとりなさい」

(そうだそうだ!)






え?






「ジャーファル、どうしてそんなに嫌がるのです。ほら、わたしもこうして裸になりましたからなにも恥ずかしいことなんてありません」
「やっ・・・やめ、タオルを引っ張らないでくださっ、さまっ」
「なにか理由があるのですね。どうかわたしの目を見てわけを話して下さい」
「み、見れません!」

フルフルフルフル

「ジャーファルまさかあなた・・・」

コクコクコクコク

「体のどこかにキズがあるのですね。怒らないから見せてごらんなさい」

がやさしい笑顔でジャーファルのタオルをひっぺがしたのと、シンドバッドが馬のような勢いで脱衣所に飛び込んできたのは同時だった。



「き、きみはなにをしているんだ!ジャーファルは男の子だぞ!」

「え」



一糸纏わぬはほうけた声を発してジャーファルの下へと視線をうつし、止まった。
ジャーファルはこれ以上ないほど真っ赤な顔で涙をうかべ、股間を両手で隠している。

さまっ、み、みないで・・・!」
「まさか今まで気づいてなかったのか!?」
「・・・」

はポカンとして、シンドバッドとジャーファルの足の間に何度か視線を往復させ、そして



スッコーン!!!

と額に湯桶をくらったシンドバッドが脱衣所の外にほうりだされた。






***



「ジャーファルごめんなさい、悪気はなかったの。どうか降りてきて」

その夜ジャーファルは屋敷の屋根のてっぺんから下りてこなかった。
そして同じ夜から思春期に突入したことは言うまでもない。