酔ったあとの手癖があまりに悪すぎるという理由から、シンドリア国王宛てに王様禁酒の要望書が提出された。

「つまりおまえ達は、俺が酔っ払って女性に手をだすことで血で血をあらう後継者争いが起こる事を危惧していると、そういうわけだな」
「はい、そのとおりです」

王国の未来を憂う官吏を代表して、ジャーファルがシンドバッド王との交渉にあたった。
要望書にザッと目をとおすと、シンドバッドは嘆息した。

「杞憂だ」
「なにを根拠におっしゃるやら」

あきれるジャーファルに対し、シンドバッドはひきしまった表情を見せる。

「俺は以外には勃たん」
「嘘つけ王様コノヤロウ」

そのときのジャーファルの顔が怖かったので、王様は「ごめんなさい」と素直に即時謝った。
そして両手を合わせる。

「禁酒だけは許してくれ」
「シン、そうおっしゃるのであれば我々を納得させられるだけの代案を示していただきたい。本当に宮殿がお世継ぎであふれかえるようになってからでは遅いのですよ」
「オカマちゃんバーで飲む」
「国・王・陛・下」
「はい、すみません」

ジャーファルは深く深くため息を落とした。

「まったく。あなたの悪癖を知ったら様がどれだけお嘆きになるか」

これを聞いたシンドバッドはぎょっとして、ばつが悪そうに目をそらし唇をとがらせた。

「言うなよ?」
「言えませんよ。だいたい、あなたという人はっ」
「あ!」

シンドバッドの頭のとさかがピンと垂直に立った。



と飲めばいいんだ!」



だってそうだろう?とシンドバッド王は瞳を輝かせる。
ジャーファルは己が身に、真空放電のような閃光が走ったのを感じた。酔っ払って女に手をだすことを禁じられたから、じゃあで、などと、ジャーファルには聞き捨てならない。

「王宮が俺の世継ぎであふれることはないよ。・・・残念ながらな」

笑うシンドバッド王の言葉はどこかかなしげな色を帯びていて、ジャーファルは勢いをそがれた。
そんな声で言われては、怒るに怒れない。

「と、いうのは置いといて」

置いたわりに、シンドバッドの声にはわずかな影が残っている。

「俺さ、と飲んだことないんだよ」
「え・・・」

まさかそんなはずがないと思ったが、ジャーファルの今までの記憶をいくらさぐっても、が酒を口にしている姿を見たことがなかった。
どうしてと尋ねたいジャーファルの心を汲み取ってシンドバッドが続ける。

「昔いろいろあって、酒を無理やり飲まされたりもしたらしくてな」

ゆっくりと席を立ち、窓の外へ顔を向けた。ジャーファルからは、彼がどんな表情をしてそれを言うのか見えなくなってしまう。

「いつかゆっくり飲んで語らって、お酒も悪くないと思いなおしてほしい。そう願っていたんだ」
「シン・・・」
「無茶はしないし、無理はさせない」

この豪気な王が、の前ではときおり繊細すぎるほどの気遣いをみせることを知っている。
やろうとおもえば、の意向を無視して結婚してしまうことだってできたはずだ。
しかしシンドバッドはそれをせず、二人それぞれの「幸せ」が交わる最大の地点で彼らは生きている。

「許してくれるかい。ジャーファル」

袖を合わせ、深く頭を垂れた。

「御意のままに」






***



そして迎えた休前日。
を招くべく整頓された王の私室で、王は政務官に意見を求めた。

「ジャーファル。率直な意見を聞きたい」
「・・・」
「@〜C、どれだと思う」
「・・・」

ジャーファルは閉口した。
怒っているような、あきれているような、悲しいような、かわいそうなものをみるような、それらの感情を乗算して割らなかったような複雑奇怪な表情をしている。

「神妙な顔でおっしゃいますが、いまご自分がなんとおっしゃったかわかっておいでですか・・・?」

ジャーファルの声は震えた。これに、シンドバッドははっきりとうなずいて返す。

「ああ、わかっている」
「残念です」
「何度でも言おう」
「いえ結構です」
「このあとの二人きりの部屋飲みでが酔っ払ってしまったらどうなると思いますか!@脱ぐ!Aあまえてくる!B口でしてくれる!C女王様化!」

神よ

「さあ、どれだと思う!?」

あの日、この男を偉大なるわが主と見直した私に天の裁きを。
そして何よりこの男に天の裁きを。股間へ重点的に。

物騒な祈りをさしおいて、七海の覇王シンドバッドは机に肘をつき、眉根を寄せて真剣に真剣に悩んでいる。そして苦しげな声をしぼりだした。

「俺は・・・2番がいい」
「とさかの形が3になってますけど」

コンコンコンとノックの音が部屋に響いた。
シンドバッド王はガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、しかし立ち上がったところでふっと冷静になり、エロを、いや、襟を正した。表情を凛々しいものへ切り替え、堂々たる歩みで扉へ向かう。

「こんばんは、シンドバッド」
「こんばんは。今夜はいちだんと美しいな。さあ、なかへ」
様危ないですからいますぐ逃げてくださいこのひとは酔ったあなたに3番をさせ「雷・光・剣!」












***



「どうだい」
「フルーツジュースみたい。おいしい」
「そう、よかった」

甘く、鮮やかな色合いのカクテルを一口飲んだ感想だ。
お邪魔虫を取り除いた王の部屋に、ふたつの笑みがこぼれる。
ビロードの絨毯のうえに大きなクッションをいくつも盛って、背もたれに、あるいはひじ掛けにしてゆったりもたれる。二人の前にはおつまみというにはちょっと豪華な料理が並び、酒はよりどりみどり。

「色もきれいね」
「油断して飲み過ぎないようにな。まずは、混ぜたりもしないほうがいい」

はこくりとうなずき、ちび、ちびと飲んだ。

「いい子だ」

笑み、自分はぶどう酒をあおる。
チラとがたのしそうか覗う。
ちびちび飲んでいる。

「・・・」

ときおりつまみを口に放る。チラとを覗う。
ちびちび飲んでいる。

「・・・」

グラスが空になればぶどう酒を注ぎ足す。チラとを覗う。

「・・・」

チラ

「・・・」

チラ
とまっすぐ目があった。
ぎくっとなったのに合わせてトサカが立つ。

「わたしの顔になにかついていますか」
「い、いや。ちがう」

ではどうして、とはやさしい調子で尋ねた。
「それはその」と言ったきり、シンドバッドは次の言葉をつげなくなった。ぶどう酒をあおって口元を隠す。
シンドバッドの挙動不審はなにも3番を期待して、ということではない。ただ、彼自身も驚くほどに、まったく酔えないのだ。がなにか思い出してかなしい気持ちになっていないだろうかと、そればかり気にかかる。
当初の予定では、お互い酔って愉快な心地になり、どんなにくだらない話題でも自然と会話が弾む、スプーンがころがっても笑うような風景を想像していた。
思うとおりに行かないとわかると、思春期の少年のようにもどかしい思いが溢れ、焦燥し、気恥ずかしくなった。

シンドバッドはおもむろに最高級のターバンをはずし、ペイっと放った。
手ぐしで雑に髪をくずして、うしろのクッションに深くもたれかかった。ふうと天井へ息を吐いて観念する。

「なにを話そうか、思いつかないんだ」
「冒険のお話」

の答えは早かった。

「ええ?」

今日はせっかくと、はじめてお酒を飲み交わしているのだ。もっとほかの、なにかとてつもなく気の利いた話がいいだろう。

「それはいつもだよ」
「いつもが好きです」
「・・・ん」

ふてくされるみたいに短く返事した。
年甲斐もなく、照れた。
シンドバッドはそれを悟られないように、勢いをつけて「じゃあいいよ!」とクッションから起き上がった。
人差し指をピンと立てる。
冒険のキモがこぼれてしまわないよう、唇は結んで、きゅっと笑う。

「きみは“こなみじんの岬”を知っているかい?」
「こなみじん?」
「知らないのも無理はない。あの岬を知っている人は、みなルフへ還ってしまったからさ。唯一、俺をのぞいてね」






冒険の話をに聞かせるのに、シンドバッドはひとつも困ることはなかった。物語を一から自分で考える必要はない。血がたぎるような冒険を思い出せば、それこそ最高の物語であり、情熱を伝えたくて次々言葉はあふれてくる。シンドバッドは何度かぶどう酒で喉を潤しながらこなみじんの岬の話をおもしろおかしく話して聞かせた。
もう何度目ともわからないほどぶどう酒をグラスに傾けたとき、ピチャンと一滴しか落ちなくなって高揚から目が覚めた。いけない!と思った。
しばらく前からのあいずちが消えていたのである。
顔を振り向ければ、

うつら・・・うつら・・・

ハッ

うつら・・・うつら・・・

ハッ

をなんともゆったりとしたペースで繰り返している。
グラスは今にも手からこぼれ落ちそうだ。
シンドバッドは反省した。今日はに楽しんでもらうために招いたというのに、これではが楽しめたのか、さっぱりわからないままだ。夜も更けた。仕切りなおしするには手遅れだ。

本当は@もAもBもCもいらない。愛の囁きだってほしくなかった。
ただ、が心のうちに秘める苦しいことを苦しいと言ったり、悲しいことを悲しいと言ったりしてくれることをシンドバッドは祈るような心地で望んでいた。このひとは、かつてあんなひどい目にあった時でさえ、シンドバッドのほうを慰めにかかったひとなのだ。
酔って眠たくなったその姿は
かわいらしくて
いとしくて、
ほほえましくて
さびしい。



・・・今夜はしかたない。

またうつら・・・とし始めたの手からそっとグラスをとりあげる。
するとふわりと目が開いた。

「もう休んだほうがいい」

シンドバッドはできるかぎりの眠たさをさまたげない声音をつくった。
離れた場所へグラスを置きに行こうと立ち上がる、とシンドバッドの服のすそがクンと引っ張られた。

「ん?」

振り返ればフルフルと無言で緩慢に首を振る
持っていかないで、の表現だ。

「もうだめ」

言っても、は首を横に振るばかり。
よほどカクテルが気に入ったらしい。
とはいえ、今夜は無茶はしないし、無理はさせないというシンドバッドの決意は揺らがない。服を掴む手をほどこうとしたとき、

ポロ

ポロ

うつら、うつらと揺れるのにあわせて、まあるい涙がビロードの絨毯へ落ちていくのを見た。
わ、と驚いた声は喉の奥に押し込んで、なるほどと思う。
の酒癖は泣き上戸だったのか。

「いかないで」

涙に心はひるむ。
困った。
けど酒はもうだめ。

「いかないで」

涙は落ち



「いかないで、シンドバッド」






呼び覚まされる。
石碑のうら
俺の服をひいた
きみの言葉

助手にして
お願い

あの日言えなかったきみの






シンドバッドは、グラスを床に置いてのとなりに戻った。
戻っても細い指はかたくなに服をはなさない。
袖で濡れたまつげをぬぐってやる。

「いかないで」

まどろむ瞳から涙はとめどなくおちる。

「そんなことを言われたら、何かしたくなるよ?」
「なんでもするから、いかないで」

ため息をひとつおとした。

「そうじゃねえよ」

頭から覆い隠すように抱きしめる。
指先と体じゅうにあたたかい水が満ちた。

「そうじゃねえよ」






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<おまけ>

翌日、上機嫌で廊下をゆくシンドバッドへジャーファルがにこやかに歩み寄ってきた。

「おはようございます。シンドバッド王」
「おはようジャーファルくん。いい朝だな!」

シンドバッドはハツラツと手を上げて返す。
ジャーファルはくすくすと笑った。

「おや、なにやらお肌がツヤツヤですね。昨日は様がお部屋に戻られませんでしたが、そちらに?」
「ああ、そうd」

言い終わる前に襟元がひねりあげられた。よくよく見れば、ジャーファルの目の下に盛大なクマがある。気がかりで一晩中眠れなかったというような形相だ。

「あなたという人は、あなたという人はっ、あれほど何もしないとおっしゃったのに、酔った様にむりやり3番をっっ」
「お、落ち着けジャーファルくん、なにもし」

てないんだけれど・・・シンドバッドは少し考えるように視線を宙へうかせて、戻した。

「いや、したといえばしたか」

豊かに笑む。

「もっといいことをな」

きみの心に触れたんだ。







告示


禁酒令

  
  対象者:王

  期限:無期限

  罰則:去勢


以上   




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