選ばれなかったメッソンは、ダンデに連れられ、カノド地方の緑の丘にやってきた。

「そう泣くことはないぜ。これから会う人はとびきり素敵な人なんだから」

丘の上には背の低い建物があり、白い壁にはたくさんの窓があって、それぞれに白いカーテンがはためいていた。建物の前にひろがる芝生には車いすに乗った年寄りや、その家族、清潔なユニフォームを着たスタッフの姿がちらほらある。
メッソンは見知らぬ場所が怖くてダンデにぴったり張り付いてみたが、ダンデからはリザードンや強いポケモンたちの匂いがして、とてもじゃないが落ち着けない。
ダンデは建物の中をずんずん進んだ。

「やあ、こんにちは!」

「ダンデ」

開いていた本を閉じて部屋の中のベッドから声が返った。丸衿のルームウェアを着た、生白い肌の人間の女がいる。やさしそうだ。ダンデのごつごつした腕の中にいるよりは向こうの方が安心できるに違いない。抜け出そうとメッソンはもがいた。ダンデは気にも留めない。

「調子はどう?」
「だいぶいいわ」
「そう。よかった」
「その子は」

視線が向けられ、メッソンは小さく震える。

「メッソンだぜ。はパートナーポケモンがいないから、君にと思って」

ダンデはメッソンの身体を片手でつかむと、と呼ばれた娘に差し出した。
メッソンは、獰猛なひこうタイプのポケモンの大爪につかまれている心地になって、懸命に短い手足を振り回す。ふと、目の前のと目が合うと、一瞬怖さをわすれてじっと見つめあった。
は微笑して

「もらえない」

「え!」

ダンデは目を丸くした。もらってもらえないなんて可能性は、1%だって考えていなかったのである。

「どうして」

呆けたように言ったダンデの目から大粒の涙がボロっとこぼれ、今度はが目を丸くした。あのダンデが泣くなんて、はじめてのことだ。はなぐさめる言葉を言おうと口を開いて、その頬を涙が伝った。

「あら、これは」

「こいつだ。おびえたり悲しくなったりすると、タマネギ百個分の催涙成分を出す。あ、すまない、ローズさんから電話だ。はい、もしもし。ええ、いまは病院に」

ダンデはの膝の上にメッソンを座らせると、電話をかけながら部屋を出ていってしまった。

「ダンデ」

呼んだがもう遅い。
メッソンはいよいよ天をあおいでうわんうわん泣き始める。
メッソンはまだ小さかったが、誰にも選ばれなかったということだけはわかった。

ぼくは だれにも えらばれなかった!

しばらく我を忘れて泣いていると、熱を持った手がメッソンのまるい頭を撫でた。とさかをさけて、何度もやさしく、ゆっくりと撫でた。薄手の毛布が首までかけられ、また撫でられて、ここまでの不安と泣き疲れもあってなんだか眠たくなってきた。

「ごめん!」

そのとき、ダンデが大声をあげて部屋に戻って来た。びっくりしたメッソンは毛布のなかに頭まで隠しての腰にひっつく。

「緊急の呼び出しで戻らないといけなくなった。いま来たばかりなのに、すまない」

「忙しいのね。それじゃあこの子」
「また来るよ。来週の今日に、ああ、でもたしか、来週はジムチャレンジ受け入れ体制の会議があったかもしれない。でも絶対に来週か、再来週の今日には来る」
「あまり無理をしないで、体を休める日も必要よ」
「俺はぜんぜん平気だぜ。だってチャンピオンだからね。君こそ無理をしないように、まだ万全じゃないだろ」
「ええと、それでダンデ。この子を」

と毛布に手を伸ばしたが、姿が見えない。
ダンデ接近の気配を察知して、メッソンは自分の涙で透明になっていたのだ。

「あ、どこかにいなくなってしまった」

あわててダンデに視線を戻すと、金色の目は間近にあった。鼻先が頬をかすめ、唇が押し当てられての身体は傾いだ。その肩をごつごつした腕が抱き留めて、

「また来る」

真剣な顔でそう言ってから、にっと歯を見せて笑った。

「それじゃあ」

「待っ」

「リザードン!」と呼びながらモンスターボールを窓の外に投げ、芝生の上に鮮やかなオレンジ色のドラゴンが飛び出した。窓をひょいと乗り越え、リザードンの背にまたがると、軽くこちらに手を上げるのが見えた。
直後、リザードンの翼がまきおこした風で白いカーテンは千切れんばかりに部屋の内側ではためき、カーテンの揺れがおさまったころにはもう、翼をはためかす音すら聞こえなかった。






結局、ローズタワーの緊急ミーティングには大遅刻した。
ローズにわざわざ時間をとってもらい、会議の経緯と結論、ちょっとのお叱りを聞いて執務室を退出した。
プライベートラウンジを横切ろうとしたその先で、見覚えのある長い脚が行く手を阻んでいた。脚の主がソファーから体を起こす。

「よ、重役出勤」

キバナは八重歯を見せてにやりと笑う。

「ああ、間に合わなかったぜ!」
「元気にいうなよ。例の彼女といちゃついてたか?」
「いちゃつこうと思っていたが、行った途端呼び出されたからな。それで、なにか用だったか」
「ほら、ドーゾ」

四角い缶を放って寄越した。
片手でキャッチし、ラベルの柄に目を見張る。

「この紅茶、あったのか」
「キバナさまに感謝しろよ」
「さすがだ。感謝する。ありがとう」
「お、おう」
「これ、あの人が好きなんだ」

かつて、「恋人ならなにかいいプレゼントでも贈れ」と助言したのはキバナだった。
血沸き肉躍るバトルこそ至上の喜びと知り、疑わないチャンピオンは、「それは思いつかなかった!」と目をきらめかせて立ち上がり、「すごいキズぐすり」を100個まとめて贈ろうとした。尻を蹴って思いとどまらせ、さらなる助言を与えた。
「いいか。彼女の、好きなものを、贈れ」
預言者の神託をきくようにダンデは真剣にこれを聞き、次の瞬間には深く考えこみ、あごをひねる。ダンデはハッとして顔をあげた。

「俺だぜ!」
「そういうんじゃなくて」
「亡くなったご両親」
「どうやって贈るんだよ。いや、ちがうって。ほんとバトル以外ポンコツだな。わかんないんだったら本人にそれとなく聞けばいいだろ」

それからダンデは、訪れたの部屋をそわそわと歩きまわり、ボールペンを取って「これ、好きか?」、毛布を触って「これ、好き?」、白いカーテンを「こういうのが好きか?」
散々不審がられてようやく紅茶の缶に行きついた。
しかし、紅茶のラベルを見ても外国の言葉で書かれていてなんの紅茶かわからない。一部にわかる文字もあったが、それが紅茶の種類の名前なのか、ブランドの名前なのか、成分の名前なのかもわからない。
「紅茶の種類を覚えることも大切」
マグノリア博士の言ったことはただしかった。
写真に撮ることを思いつかなかったダンデは、覚えた単語の一部を頭のなかで繰り返しながらナックルシティに向かい、キバナに紅茶探しの助けを求めたのだった。

「それにしても、ずいぶんレアな紅茶好きなのな。めちゃめちゃいいやつだぜ、それ。彼女サンってもしかしてお嬢?」
「そうだな。個人の財産だけで財団がたちあげられるくらいあるらしい」
「はは、やべーじゃん」
「さっきの会議の資料にも、新規スポンサー候補としてあの人の財団の名前が挙がってたぜ」

冗談と思って受け流したキバナだったが、流れていった言葉を素早く引き戻す。ダンデはそんな冗談は言わない。

「監査で癒着を疑われるリスクがあるから、候補からはずしてほしいとは伝えた。なあ、こういうのは、リボンを巻いた方がいいか」

慈善活動として病院を訪問したときに、小児病棟に行くはずが間違えて大人の病棟に行き、そこで出会ったのだと、以前聞いた。玉の輿を狙ったわけでもなくそういうものに当たるのは、ダンデらしいとキバナは思う。

「リボンは、巻けよ」
「わかった」

話しながらふたりでエレベーターに乗り込む。

「彼女サンいつ退院できそうなの」
「たぶん、もうすぐだと思うぜ。しばらく前にカノド地方の小さい病院に移ったんだ。管もつながらなくなったし、薬だってほんの少しに減ったしな」
「へえ、よかったじゃん」
「ああ」
「ちょっと見てみたい感はあるな、チャンピオンダンデの彼女サマ」
「けっこう、遠いぜ」

ポケットからくしゃくしゃになった地図を出してキバナに渡した。

「や、見舞い行きたいわけじゃなくて、写真とかさ」
「ああ、写真か」

スマホロトムを開き、慣れない手つきで写真を探し始めた。そこまで見たかったわけではなかったが、やっぱりいいと止めるのも気が引ける。キバナは手元の地図に目を落とし、もう片方の手でロトムを操作しはじめた。ダンデとは比べ物にならない速さで画面を操作し、紙の地図に示された場所を特定する。ズームしてみても、近くに目印になりそうな建物はなく、ずいぶんと交通の便も悪そうだ。

「よくここにたどり着けたな」
「リザードンが覚えてくれた」
「なるほど」

ダンデはまだロトムと向き合っている。退屈に地図をタップすると、施設情報が現れた。
きゅうに喉が絞られたようになる。
「ダンデ」と呼んだ声はやけに弱々しくなった。

「ここって」






メッソンをもらえないと言ったが、は夕食を、メッソンがお腹いっぱいになるまで分けてくれた。メッソンが白いカーテンの裏に隠れると「いなくなってしまった。どこですか、どこですか」と言い、うれしくなったメッソンが顔を出すと「そんなところにいたの」と驚いて笑う。それを何十回も繰り返すと、メッソンはすっかり楽しくなり、すっかりのことが好きになった。

消灯時間を迎え、あたりは静まり返った。
ガラス窓の向こうに丸い月が浮かんでいる。メッソンはの胸にぴったりくっついていた。

「あの人にも困ったものね」

胸ごしに穏やかな声のふるえが伝わってきた。安心する。

「最初からそう。ガラルの小児病棟を慰問してまわる企画をしていて、間違えて大人の病棟にきてしまったのよ」

は小さく笑った。

「気が付かなかった私もだめだったけれど、あのころは遺産のことでいろいろな大人の人が来ていたから、そういう関連の接待のひとだと思って」

撫でてくれる手が気持ちいい。毛布の中でじっとしていると

「かわいい」

眠たくなってきた。

「もらえないなんて言って、ごめんなさい」

メッソンには人の言葉はわからないが、声の調子でなんとなくわかることもある。いい心地で眠ろうとしていたのに、ふいにかなしい気持ちを思い出した。人間の子供たちにも選んでもらえなかったし、こんな優しそうなひとにだって、選んでもらえなかった。

ぼくは とてもだめな ポケモン

思いがぶり返す。
もう眠ってしまいたくて、メッソンは毛布の中に頭までうずめた。



「私はあなたより早く死ぬから」












ダンデ ここって ホスピス じゃね?












「やあ」

次にダンデが来たときには、メッソンはもうのそばを離れなかった。
強いポケモンの気配が怖かったというのもある。

「どうしたの、急に。再来週じゃ」
「紅茶が手に入ったから」

ベッドに、リボンのかかった四角い缶が置かれた。リボンはメッソンから見てもへたっぴな結び方である。二つの輪っかはそれぞれ大きさが違うし、缶にからむまっすぐな部分はいまにも角からすべってとれてしまいそう。

こんなもので このひとを よろこばそうなんて!

メッソンはあきれはてたが、が嬉しそうな声をあげたのを聞くと、今度はもやもやしたものがお腹にわき上がってきた。
もやもやしたまま、夕方に「それじゃあ」とダンデが言うまで、ずっとの後ろにはりついて隠れていた。
そろりとの横から頭を出しかけて、ちょっとひっこめる。「それじゃあ」と言ったのに、ダンデはベッドに腰掛けたまま、の手に重ねたまま、動かなかったからだ。

「またあした来るぜ」
「明日?」

そんなはずはないと、はかるく笑った。

「あした」
「…まとまったお休みでも、もらえたの」
「あした来るから」

おそろしい眼にまばたきなしでじっと見られて、がひどく弱ってしまったのを、メッソンは感じ取った。
夕陽がさしこむ白い部屋は消灯時間みたいに静まり返る。
メッソンの張りつく薄い背中が、まがっていく。

「黙っていてごめんなさい」
「俺がバカで、気がつかないのを笑ってたのかい」

怒りに震える人間の声を聞き、の手の甲が強くシーツに押し付けられているのを見、メッソンは思わずの前に飛び出した。
精いっぱいに力強くダンデを睨み上げるが、ダンデのあの恐ろしい眼はこっちを見てもない。ならばとメッソンはの手を押さえつけているダンデの指を引っぺがしにかかる。びくともしない。

「君はそんなことはしないって、俺はもう知っている」

ダンデの指はついにの手を掴み、ますます力がこめられた。

「なんで」

の指がつぶされてしまう!

「向こうにはなにも持っていけないから」

かすれた声がしたほうを見上げる。夕陽に照らされ、へんな笑い方をしたを一瞬見た気がしたが、に飛びついたダンデに弾き飛ばされて、そこからよく覚えていない。






それからというもの、メッソンは昼のうちはとあそび、夜は野に出た。
建物を囲む森に分け入り、勇気をだして野性のポケモンたちにバトルを挑んでまわったのだ。






「やあ、こんにちは」
「ダンデ」
「あれ、ジメレオンに進化してるぜ。君が育てたのかい」
「ううん」
「じゃあ、どうして」

もちろん、何度も来るこの男から おれが このひとを守るためだ。

「とってもがんばり屋さんなの」

がんばり屋さんはひとまわり大きくなった体で仁王立ちし、ダンデの前に立ちふさがる。

そこの床の線から入ったら、たたじゃすまない。

ねめつけるとダンデと目がかち合った。迫力にからだを圧し潰されるようで、全身から汗がふきだす。それでもジメレオンが耐えていると、ぱっと視線がそれて

「それより、今度うちに遊びに来る話、考えてくれた?」

ダンデは縄張り線を無遠慮に越えた。



ダンデには相手にされないが、といる時間の充実度では圧倒的にジメレオンが勝っていると自負していた。
「いなくなってしまった。どこですか、どこですか」
が言ったところでカーテンの後ろから飛び出す。するとはいつも目を丸くする。
「そこにいたの」
カーテンの後ろでかくれんぼするのも、ポケじゃらしで遊ぶのも、ボールで遊ぶのもひとりじめだ。一方で、ダンデがにポケじゃらしで遊んでもらったことなど一度もない。ジメレオンは得意になったが、ほかのジメレオンとは違い、なまけることをしないジメレオンだった。

ひとりで野に出て鍛え続けていたある日、ダンデは狂暴なアーマーガアを引き連れてやって来て、の手を捕まえ、どこかへさらって行こうとした。ジメレオンはその背に激流を浴びせかけてなんとかそれを阻もうとしたが、割り込んだリザードンがその水をあっという間に蒸発させてしまった。

「どいてくれリザードン」

野原に小さな虹がかかり、水蒸気になった水の向こうから声がした。腕組みしてマントをはためかすダンデがこっちをまっすぐに見ていた。

「一緒に行きましょう」
「いや、それはできない」
「どうして」
「かっこつけて、そういうつもりはないって言ったけれど、うちで君とスケベなことをしたくなる可能性はある!」
「へんなことを大きな声で言わないで」
「彼とは、ここで勝負をつけなくてはならない」
「その子にひどいことをしたら、怒ります」

心配そうにがいう。
その声が互いの闘争心に火をつけた。

「本気の勝負だ。ぞんぶんに闘うために、チャンピオンの肩書もいまは捨てる」

言いながら落ちていた木の枝を拾い上げた。先端がするどく尖っている。

「手加減はしない」

炎のような気迫をまとい、枝の先端で芝生の奥の土を削り、円を書いて最後にその枝をへし折った。腰を落とす。

「相撲で勝負だ!」






「やあ!あれ、インテレオンになってるぜ!」

大きな箱を抱えて部屋に入ってきたダンデが声をあげる。
インテレオンはおごらず、姫をうしろにぴっと背筋を伸ばして胸をはり、暴虐の王に立ちふさがる。
相撲では負けたが、もうダンデの眼にも、強いポケモンの気配にも怯えはしない。

「かっこいいでしょう」

そ、そうかな!

「ああ、かっこいいぜ!」

その口を閉じたまえ

「なにを持って来たの」
「カーテン。このまえ話したやつだよ。ほら、リザードンの色」

広げて見せた。

「いい色だろ」

ダンデは自慢するみたいに言ったが、立ちふさがっている者がいてからはよく見えない。
しめしめと、
インテレオンは思わない。しずかに一歩横にずれて、横たわっているからもよく見えるようにした。

「素敵な色」

インテレオンは肩越しにを見た。かなうなら水色が好きと言ってほしかったけれど、ひとりひとり好きな色というのはあるもので、それをよそから強制するのはスマートでない。
ダンデの手で白いカーテンがとりはずされ、かわりにオレンジ色のカーテンがかけられていく。

「指輪じゃなくて本当にいいのかって、ソニアにも母さんにも言われたよ」

背を向けたまま、やけにおとなしい声でダンデが言う。

「本当にこれでいいのかい」
「うん」

シーツに頬をあてたまま、嬉しそうにうなずいた。






「いなくなってしまった。どこですか、どこですか」
もう何度目か、インテレオンはこの前ダンデが持って来た大きな箱から飛び出して見せた。
「そこにいたの」
はベッドからにこにこ笑って驚いた。
何度目だって、驚くのはしかたない。身体はダンデの背よりも大きくなったけれど、手足をきゅっと縮めるとこんなに小さな箱にだって、隠れられる。カーテンの後ろにだって。
ためしに窓の桟に乗りあがってみる。
ダンデがいたらちょっと恥ずかしくて、こんな遊びはできないが、いないときはいまだにこの遊びが一番すきだった。
しかし、こんなに体が大きくなるとどうやったって長いしっぽが垂れて、オレンジのカーテンの下から見えてしまう。これではここにいることがバレバレだ。インテレオンは考えて、しっぽだけ窓の外に垂らして窓の桟に座ることにした。これで完璧。
わくわくする心地で、の探す声が聞こえるのをじっと待った。
探し始める前には眠ってしまったようだった。
きょうはいい天気で、外の陽ざしがあたたかかった。

インテレオンがじっと待っていると、3回誰かが入ってきて、3回誰かが出ていった。
インテレオンがじっと待っていると、消灯時間を過ぎたころにダンデがやってきた。
月明りもない部屋でが眠るベッドに腰掛けて、ダンデも、じっとしている。
ダンデはの指にモンスターボールを持たせて、そのボールの表面に自分の額をあてた。



「俺を持って」












インテレオンがじっと待っていると、

「そこにいたのか」

からっぽになった部屋で、オレンジ色のカーテンをはずしたダンデが見つけた。

「行くぞ」



新オーナーとして精力的にリーグの再構築と信頼回復に取り組む一方で、玉座を奪われた暴虐の王は、自ら新リーグのチャレンジャーとして名乗りをあげた。ダンデはすべてを焼き尽くす炎のみならず、怒涛の激流をも支配し、相手を殺さんばかりの鬼迫でリーグを駆けあがっていった。準決勝でキバナを沈め、ついには伝説のポケモンを従えたチャンピオンに膝をつかせた。チャンピオンタイムのはじまりに観衆は熱狂し、喝さいし、ソニアのビンタで1年ぶりに正気に返った。

夜明け前、1年ぶりに帰ったマンションの一室は整然として、ハウスキーパーのおかげで清潔に保たれていた。
モンスターボールから出たリザードンたちは、各々お気に入りのカーペットになつかしくすり寄ったり、お気に入りの遊具にぶらさがったりし始める。インテレオンだけは、初めて来た部屋で身の置きどころがなく、ダンデのあとを黙ってついて歩いた。
ダンデがたどり着いた先は大きなベッドがある寝室だった。
たくさんのスポンサーロゴがついたマントが雑に床へ落とされる。
明かりもつけやしない。
ダンデの足がなにかに当たった音がした。
足元に箱があるとわかったのは、窓の外がすこし明るくなり始めていたからだ。

「指輪は、指が枯れた枝のようになっているから嫌だって」

ダンデが唐突にしゃべりだし、次いで、カーテンを引く音がした。

「俺は世界一かわいい指だって思っていたんだけど」

箱にはオレンジ色のカーテンが入っている。

「交換できるもので、なにがいいか考えて、お互いの好きな色のカーテンを交換したんだ」

街の稜線がひかった。

はリザードン色のカーテンをしてたろ。それで、これはおまえの色だな」

ダンデが掴んだカーテンの水色をみて、インテレオンは天をあおぎ、うわんうわん泣いた。
タマネギ百個分の催涙成分が部屋に満ちた。



おしまい