ケータイの変






*** キララ ***



キララは悲しかった。
カンナ村は平穏無事を取り戻したけれど、それでもどうしても悲しかった。
戦が終われば侍は穀潰し
言葉にあるような単純な理由で、この都を出れば侍たちはもう村へは戻らない。
一生足を運ぶことさえないかもしれない。
都からの帰途、立ち並ぶ露店の間を七人の侍たちと歩く。

気を紛らわすためにキララはふっと露店に目をやった。
そして何度目かのため息。
元気のないキララを心配してカツシロウは声をかけるかかけまいかずっと迷っていた。
コマチならばキララに「どうしたんです姉さま」くらい声をかけてくれそうだが
いまはキクチヨにおぶさったままよく眠っている。

ついに声をかけられないカツシロウはヘイハチに耳打ちする。

「なんだかキララ殿が落ち込んでいるようにみえるのですが」
「そりゃあそうでしょう。あの年頃の娘さんの恋煩いは外野には
どうしようもありませんよ」

ヘイハチはあっけらかんといってのける。
その”恋煩い”が自分に向いているものではないとわかっているカツシロウは、
わかっていても首をうなだれた。

「励まして株をあげてみてはどうです」

ヘイハチとカツシロウの間にするりと割って入ったシチロージが含み笑いで言った。
カツシロウはかっと顔を赤くする。

「それはいささか卑怯というものではありませんかシチロージ殿」
「恋愛とはそういうもの、ほら、お行きなさいな」

シチロージにとんと背を押されて、カツシロウはキララのすぐ横に並んでしまった。
後ろでにやっと笑っているヘイハチとシチロージを睨んでから、カツシロウは傍らの
少女をうかがう。キララはため息をついていた。
妙に説得力があった遊郭の用心棒の言葉にカツシロウは意を決した。
露店を見つめているキララの肩に寄る。

「・・・キ、キララ殿、元気をゴッ」

鈍い悲鳴を残してカツシロウはニ三歩後退してアゴを抑えた。
突如勢いよく顔をあげたキララの後頭部に強打されたのだ。

「決めました!」

キララは一同が足を止めるほどの音量で言い放った。

「どうした」

先を歩いていたカンベエも振り返る。



「携帯電話を持っていただきます!」



すぐ横の露店には携帯電話がずらりと並んでいた。
カツシロウはまだ痛がっていた。
一同は目を丸くし
キララは名の通り目をキラキラさせてカンベエに詰め寄っていった。














*** カツシロウ ***



私は痛かった。
意外にも固い想い人の後頭部がアゴに当たったからというのもある。
しかしそれ以上に

「カンベエ様、どうか携帯をもってください、どうか。私も持ちますっ」

などと必死にキララ殿がせがんだのを目の前で見てしまったのが痛かった。
私はすでに携帯電話を所有していたが一度もキララ殿からメールをしたいとか
電話をしたいとか、私も携帯持とうかしら、とか言われた覚えがない。持ってみては
いかがと自分から勧めたことはあったが、私はこの振り子を通して外の世界を
見ることができますから、という追求しがたい理由で逃げられていた。のに、

それを
自分から
こんな
あっさり
ぐっさり
直球で
目の前で

「持ってやったらどうだいカンベエさんよお!」

キクチヨ殿がおもしろがるように言う。
「ふむ・・・」と先生は髭を撫でた。

「どうかお願いします、後生です」
「はは、モテる男はつらいですな」

ゴロベエ殿も笑う。シチロージ殿まで「持ってあげてはいかがですか」とすすめていた。
キュウゾウ殿だけは笑わずに、話を聞いているのか聞いていないのか立ったまま寝て
いるのか、突っ立っていた。
先生はアゴに手をあてて思案していたがやがて「それは」と口を開いた。
















「それはポケベルのことか?」



これが何より痛かった。













*** ゴロベエ ***




某もポケベル最盛期に生きてきた侍であるから、カンベエ殿の気持ちは
わからんでもない。戦の最中、部隊長への伝令はポケベルが主流であったのだ。
ケータイなどというものはなかった時代だ。
戦が終わり、芸事で日々を食いつないでいるとどうも新しいもの、珍しいものに
気をひかれる。ゆえに某ははるか昔にケータイに乗り換えたのだが...。
じぇねれーしょんぎゃっぷ、とかいうものを感じずにはおれないカンベエ殿の
発言から立ち直ったわれらは、ふたたび話をもどした。
あいやしかし、水分まりの巫女殿はあきらめる様子がない。
もとより腹いっぱいの飯だけで侍を七人も雇おうとしたほどの無謀な娘だ、
これしきであきらめるはずもなかった。

「どうかお願いいたします、子供を助けたあなたなのですからきっと携帯を
ご購入してくださるはずです」
「いや、キララ殿。それとこれとは関係が」
「どうしてもダメなのですか、どうしてダメなのですか、どうしたら携帯を
持ってくださるのですか」
「もってやれよカンベエさんよ!子供助けたおめえだ!ケータイもつくらい
やってやってもいいじゃねえか!」
「だから子供とケータイと」
「ケータイもってやんねえってんなら、ここオレ様おまえを斬る!うおおおお!」

キクチヨが乱暴に振り上げた刀を振り下ろした。
それをカンベエ殿はさすが白刃取りを披露して見せる。
馬鹿力をうけとめるとは流石。
某、手を打ちならしたく思った。
むううとキクチヨは低く唸る。

「わしの腹はすでに決まっておる」
「なんだと?」
「持とう」
「なにをいまさら!」
「話す暇を与えなかったのは誰だ」
「む・・・なるほど」

はたして刀を抜くほどのことだったのかはさておき、キクチヨはようやく刀を引いて
背に納めた。カンベエ殿は穏やかに口元を和ませる。
キララ殿の顔がぱっと明るくなった。
いやはや、これで一件落着か
さすがカンベエ殿はお優しい。
カンベエ殿は露店に寄り、ケータイをひとつ掴んでこちらに向けた。












「このポケベル、おろそかには持たんぞ」

「ケータイですぞカンベエ殿」













*** ヘイハチ ***



「他に持っておらん者はいないか」

カンベエ殿が一同を見渡しました。

「カツシロウ、おまえは確か持っているのであったな」
「は、はい先生!」
「おぬしは」

カンベエ殿が私の方を見たものですから私はポンポンとズボンのポケットを
たたいて見せました。

「ここに。工兵のはしくれですのでたしなんでおります、お粗末」

「おお、そうであったな」
「あっしも持っております、ゴロさんもお持ちで」
「ハハハ、新しいものには目が無くてな」

戦戦戦と忙しい日々でお互いの所持品すらよく把握していなかったが
ここにきて皆さんケータイを持っていると初めて知りました。

「すばらしい!ではカンベエ殿とキララ殿が買われたらさっそくアドレス交換を」

私は言いかけて、そこでふっと気付いたのはキュウゾウ殿のこと。
キュウゾウ殿は相変わらず立ったまま寝ておいでだ。
キュウゾウ殿が持っているか持っていないか、五分五分のように思えた。
こう、見た目はハイテクというか電波系というかサイバー系と見えなくもないが
中身はあのとおり、斬り合い以外には無関心の御仁。

「もし、キュウゾウ殿」

私が声をかけてみてもキュウゾウ殿は浅く舟をこぐだけで、一向に起きる気配はなく。
すると

ガチコーン!

と爽快な金属音がして、キクチヨ殿がキュウゾウ殿の後頭部を腕部で叩いていた。

「おーい起きろ起きろキュウタロウやい!」

周りが震え上がる振る舞いを平気でやってのけたキクチヨ殿はさすが、キュウゾウ殿も
ようやく目をこすって起きたようだ。
キュウゾウ殿は後頭部の痛みに気付いたのか何度かそこを撫でてから、無言でキクチヨ殿を
振り返った。

「・・・」
「まーったく、立ったまま寝ると牛になるぞっ」

え!?なりませんけど!
というツッコミを入れる隙さえないほど私は震え上がっていました。
キュウゾウ殿に睨まれてもガッハッハッと笑うキクチヨ殿はやはりさすが。

「とっころでよーオメー、ケータイ持ってっか?」
「・・・?」
「持っているのか、キュウゾウ」

カンベエの言葉にキュウゾウは首を小さく横に振った。

「カツの字が持ってねえ奴にケータイ買ってくれるんだってよ!」
「わ、私が出すんですか!?ちょ、そんなっ」
「カツシロウさま、ありがとうございます。たくさんメールしましょうね」

「この岡本カツシロウにおまかせを」


かくも恋する男は単純なのです、お粗末・・・あ、いえ、粗末といっては
真顔のカツシロウ殿に失礼ですかねえ。
この青春ッぷりはいっそ、天晴れ。















*** シチロージ ***



さて、無事にカンベエ様キララ殿キュウゾウ殿がケータイを持ったわけですが
ケータイを受け取った時間にはもうすっかり日も暮れて、近くの宿屋に泊まる
ことになった次第。
いやそれにしても、私も若い頃の恥を思い出さずにはいられない日でげしたねえ。
今でこそかわいいかわいいと笑えますが、青春真っ只中のカツシロウ殿とキララ殿に
とっては一大事なのでしょうな。ははは。

さてさて、宿屋に入って食事を済ますとそれから大変、
ポーカーフェイスが得意と自負していたあっしもさすがに顔がひきつってしまいやす。
キララ殿がケータイの扱いをカツシロウ殿に教わっている姿はまあわかります。
しかして
カンベエ殿が
キュウゾウ殿が

「じゃあまずはメール機能を。メールはこの手紙のマークのところを」
「ふむ」
「あいやキュウゾウ殿、それカメラボタンですぞ」
「・・・」
「その画面で新規作成で宛先はですね、さきほど登録した私の」
「ふむ」
「キュウゾウ殿、それ電卓機能であるから、メールですぞメール」
「・・・」

ヘイハチ殿とゴロベエ殿が根気よく教えているが、なんというか
いたたまれない。ここにコマチ殿とキクチヨ殿が大暴れ大笑いでもしてくれたら
ぐっとほがらかな雰囲気にもちあがるのだけれど、コマチ殿と一緒に
大の字で寝てしまっている。
はあとため息ひとつついてから見てみれば、なんだか不思議な光景だ。
家族のように見える。というとこそばゆくもある。
家族、そういえば家族といえば自分もいつかあれと所帯を持ったなら
『帰りにオムツ買ってきて』というメールがくるのだろうか。
ああいけねえや、顔がゆるむ。

「ひととおりメールもカメラも説明し終わったので、待受でもかえましょうか」
「まちうけとやらはいったいどんなものにするのだ」とカンベエ様は周りに尋ねた。

「私はキララ殿の画像にしています」
「私ははずかしながらお米でございます」
「某は風景写真」
「・・・ふむ、シチロージは」
「あっしはカレンダーを。ご自分の好きなものをとるのがよろしいでしょう」
「そうだな」

カンベエ様は納得してうなずき
カコ、カコとゆっくりとボタンを操作した。
そして

















「おいキュウゾウ、ちょっとこっちを向け」



えー!?















*** キクチヨ ***



「なんでえなんでえ騒がしい!オチオチねてらんねえじゃねえか!」

あんまり騒々しいから飛び起きてみりゃ、キララがいまにもキュウの字の
首ねっこをしめあげようとしてそれを必死に止めるシチの字ゴロの字。

「んー、なんだかうるさいデス」
「おいコマチ坊、おめえの姉ちゃんがおっかねえぞ」
「あ、ほんとです!またおっさまが乙女心を逆なでしちゃったデスかねー」
「まったくしょうがねえ奴らだな」
「しょうがねえ奴らデス」
「そいやコマチ坊、おめえケータイもってっか?」
「持ってないデス。でも欲しいデス、おっちゃま買ってくれるデスか?」
「ん!?あ、いやー、なんつーか、おめえにゃまだ早い」
「それならいつ買ってくれるデスか」
「そりゃおめえ、あれだ。ほら・・・156センチくらいになったらだ」
「じゃあすぐデス!そしたらおっちゃまとメールするデス」

ばかみてえに笑ってまーったく。
仕方ねえから虹雅渓に帰ったらマサムネの旦那にひとつ作らせっかな。
あっちではネエちゃんがキュウの字の首をもごうとしてる。
キュウの字の首もマサムネの旦那に頼んだほうがいいかもな。

「ところでおっちゃまはケータイ持ってるデスか?」
「持ってはねえな」
「じゃあメールできないデス、おっちゃまいますぐ持つデスよ〜」
「オレ様のはなあ、ふふん、聞いて驚け、内蔵されてるんだぜい!」
「おお〜!おっちゃまカッコイイです!」
「そうだろ!ヘヘン」
「今すぐ見せるデス!」

コマチ坊がオレ様の首にひっついてきた。
あ?あれ?なんかおめえ、首とろうとしてねえか?

「イデデデデデ!だからオレのは内蔵型だから見れねえって!」
「だから見せるデスって言ってるです!」
「イデデデデデデデデデ!!もげるもげるもげるっ」


そいやこいつは目の前で大暴れしているあのネエちゃんの妹だった。













*** キュウゾウ ***



ケータイを買っ・・・買わさ・・・買ってもら・・・買ってもらわされた。
よくわからない。
「ケータイとはなんだ」とゴロベエに尋ねると
「電話だ、おぬしはメールしかせんだろうがな」と返ってきた。

「でんわ・・・」

前、虹雅渓で用心棒バイトしていたときに渡された”電話”とだいぶ形が違う。
連絡をとりやすいようにとウキョウに渡されたあれと。

「・・・電話」
「なんじゃおぬし、電話を知らんのか」
「知っている。が、これと違う」
「どんな電話だったのだ?」


「紙コップと糸」











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 おまけ 



*** ヒョーゴ ***



キュウゾウがケータイを買ったらしい。
仕事場に私宛の妙な電話が来たといわれ、かわってみると
「ケータイを買ってもらわされた」と陰鬱な、聞き覚えのある声が伝えてきた。

「なんだキュウゾウか。だからどうした」
「メールアドレス」
「教えるのか?別にかまわんが使い方はわかるのか」
「教わった」
「誰に」
「ヘイハチ」
「誰だそれは。まあいい、じゃあアドレスを言うぞ」

とまあそんなこんなで教えたわけだが、それから半刻経ってもまだメールは
来ていない。特に気にせずのんびり本を読んでいたが、ふと奴が懸命に小さい
ボタンに向かっている姿を想像して微笑ましく思った。
すぐに緩んだ顔をひきしめて本に意識を戻した。
そういえばあいつは以前、バカ・・・もとい若に騙されて糸電話を渡されていたっけ。
はたしてなんと打ってくるやら。
ケータイが光った。




























ヘイさんに教わりました