嫌味な女だ。
きれいな女だ。



手が触れて電流が走ったかのように放す・という妄想




「跡部くん」
「あ?」
「そっちのアンケート集計おわりました?」
「終わってない」
「わたしやりますから、部活行ってもいいですよ」

同じクラス委員になることに成功し、アンケート集計で放課後二人きりになることに成功し、
机をあわせて向かい合うことに成功したのに、このやろう。
体育祭の競技アンケートごときで俺が30分以上もここに留まってやってる理由にさっさと気づけ。
目の前のクラス委員は集計を始めてから一言もしゃべらない。
真面目ぶりやがって。
てめえが真面目だってことくらい同じクラスにいれば嫌でもわかるんだよ。
いつも周りに男でも女でも見境なくはべらしやがって、
偽善者みたいな顔しやがって、
綺麗な顔して笑いやがって、
嫌味か?
ケンカ売ってんのか
ああ?


「・・・どうしたの」


が勝手に俺のアンケートを取ろうとするから放さねえんだよ。
見てわかんねえのかこの女。
視線をアンケートの束と俺の顔の間で何度か往復させて、訝しげに俺を見る。

の髪が肩をすべって胸元におちる。
一番上までボタンしめやがって、
ワイシャツの間からブラ紐見えるとかいうロマンスも用意できねえのか。
ボキャブラリーとサービス精神の欠乏した女だな。

「どうもしねえよ」
「アンケート、手」
「はっきり言えよ」
「アンケートをとりたいのですが手を放していただけませんか。これは帰宅部でやることのないわたしが
まとめておきますからどうぞ部活に出てきてください」

はっきり言った。
嫌味な女だ!

から俺の分のアンケートの束を奪い取り
の分も奪い取り
床に落とす。

下を向いたら
の髪がまた肩をすべった。
は座ったまま一度俺のほうに視線を向けた。
下からねめつけるように強く俺を射し、俺は何も言わずに視線を合わせる。
も俺も睨む。
睨み合う。



睫毛が長かった。



はおもむろに席を立ち、膝をたたんで床にちらばったアンケート用紙を集めた。
第三学年分、全部だ。
集計済みのも未集計のも全部混ざった。
集計はやり直しである。

俺は座っていた。
ここで膝をついて拾えば俺の負けだ。

窓から流れ込んできた風がぬるい。
空が暗い。
雨が降るだろう。

バタ、と小さな音がした。

パタパタと今度は連続して小さな音が。
見れば、床に落ちたアンケート用紙に小さな丸い染みができている。
一応天井を見てから天井しかないことを確認し、
の後頭部に視線を落とす。
がブレザーの袖で顔を拭ったのを見た
・・・ような気がした。


「どうしてそういうことするのかな」

喉が震えてる。







なに、泣いてんだよ。







ガタンと椅子が揺れた。
が俺の椅子の足を蹴ったのだ。

続いて
机の中から歴史の教科書をとりだし俺に向かって振り下ろした。


バシン


まともに食らう。


しかし俺よりも
のほうがよほど叩かれたような顔をしている。
は両手で教科書を持ったまま固まっている。

「・・・ごめ、なさい」

別に、そんなに痛くない。
おまえみたいなのにやられたって全然効かねえ。

は目をしばたたく。
今度は確かに、涙がぼろぼろ落ちるのを見てしまった。



俺は斜め下のほうをみてた。
窓の外で雨が降り始めたのと同じタイミングで
は顔を伏せた。


俺は椅子から立つ。

がアンケートの上に突っ立って泣くから、足をぱしんと叩いてどかした。
膝はつかずに拾う。
拾う
拾う
拾う



「付き合えよ」



「あ、うん。ごめん」
は目を乱暴にぬぐってしゃがみこんで紙を拾うのに付き合った。
そういう意味じゃない・・・。
訂正するには空気が重過ぎる。
はここでも生真面目に黙々と拾いつづけた。
指が細くていい。
震えてて目に痛い。

今、

どこぞの恋愛小説のようにこの指に触ったらどんな顔をするだろうか。
キモがられるだろうか。
笑われるだろうか。
真面目にヒかれるのだろうか。
私もです、とか・・・言うわけない。俺の頭がキモい。


「おまえ、もう帰っていいよ」
「でもまだ拾い終わってないし、集計もやり直さないと」
「俺がやる」
「一人じゃできないよ。それに君は部長さんでしょ。部活行っていいから」
「俺がばら撒いたんだから俺がやる」
「・・・手伝ってくれるんですか」
「手伝うつーか・・・、あーもうめんどくせーな!」

あ、ビビってる。

でも、こいつぜってぇ気づいてるだろ。
それで知らないふりをしてるだろ。
どこまで嫌味なんだよちきしょう!



「好きだってこっちから言えば気が済むのかっ!」



「・・・」
知ってたんだろおまえ。
「・・・」
知ってたんなら黙るなよ。
「・・・」
なんでそんな”思いっきり初耳です私はとても驚いています”って顔してんだよ。
マジかよ。
つまり
はなにもわかっていなかったということで
すなわち
勇み足、フライング、空回りといった類の・・・。

「・・・」
「なんとか言え!」

この生真面目な女は気づいてなかったんだろう。
朝礼の時、おまえが作文で賞をとって朝礼台の前に出たとき。
俺が目を離せなかったことを。
校長に礼をした時に風が吹いてスカートの裾が揺れて、
俺が横にいた忍足を蹴ったことを。
この女は何も、
少しも知らないで!

この状況でだまりやがって









どうしよもねえなこの状況
部活出たほうがよほど楽だ。
あー








『生徒の呼び出しをします。硬式テニス部部長の跡部、硬式テニス部部長の跡部。
雨天の練習内容を顧問のところまで報告に来るように』



さすがです、監督。

「あ」
放送を聞いて
が唇の端からこぼすように言った。

立ち上がって無言で
にアンケート用紙を押し付ける。
も立って、紙の束をもったまま呆然としていた。
擦りすぎて赤くなった目には少し同情しながら、

廊下のほうへ踵を返す。












バサ



すぐ後ろで音がした。振り返る。

拾ったばかりのアンケートが床にちらばっている。
の手はきれいな『パー』の形でひらかれている。
故意だ。

「なにやってんだ」

は黙ったまま目を伏せた。
ブレザーの裾を細い指がにぎりしめている。

「あ、の。・・・また教室もどってくるかな?」
「なんで」
「待ってる」

それは

もう、手に触っても問題ないということだろうか。
「15分で戻ってくる」
は下を向いたまま
一度だけ小さく頷いた。









監督に雨天の練習メニュー(筋トレ)を報告し、了解を得、部室に避難していた部員たちに
メニューを伝えた。だらだらと行動する部員たちを部室から追い出して、校舎内で腹筋を
はじめたところまで見届ける。
階段を上がる前に、あの朝礼の時と同じように忍足を蹴ってきた。


教室に戻ると、
はアンケートの小口を整えているところだった。
「あ、えっと、室内練習?」
「・・・ああ。それ、半分よこせ」
「これもう終わったから平気」
あれから15分くらいしか経ってない。二人がかりで30分かけてもできなかったものを
できるはずがない。俺は真面目にやっていなかったが。

「あんだけ時間かけて終わらなかったのにできるわけないだろが」

「さっきね。ごめんなさい。私わざと時間長引かせてたんだ」

恥かしそうに笑った
の頬にはじめてエクボがあることに気づいた。
そっちの手もこっちの手も震えていて触れなかった。







なんだかいてもたってもいられず、無性に忍足が蹴りたくなった。