静かな食卓

ナイフとフォークがずらりと並ぶ


俺はそれを器用に使って音も立てず咀嚼に至る。

やがて席を立つ


「景吾さん、もういいの」

「ええ。部活で疲れたので早く食べてしまいました」


軽く笑む。


「そう。景吾さんはわたしたちの誇りですよ。次の試合も頑張ってくださいね」

「はい。頑張ります」


軽く笑む。



































厭な会話だ

つくづく思う





その夜は途中で目覚めて嘔吐した

ベッドシーツは汗で濡れていたからソファに眠った















































次の日は晴れた。

快晴だ。

4限は

「やってらんねえ」

「おーい跡部、どこ行くんや。次体育やで」

「サボるから適当に言っとけ」


言い置いて返事は待たずに階段を下りる。

教室移動の生徒に紛れて渡り廊下を歩く。屋上なんて余計暑そうで行く気にもならない。

また階段を下りて、非常口から外に出る。

思っていた以上に暑い。

低く舌打ちする。



部室の鍵は開いていた。

中は冷房が付けっぱなしだったらしく涼しい。

ようやく息をつくことができた。


「跡部くんだ」


女の声と同時にチャイムが鳴った。


「鳴ったよ?」

「こっちのセリフだ」

つまり俺たちの目的は同じらしい。

「サボりね」

「保健室へ行ってんだよ」

そういうことになっている、はずだ。

あたしも、と元マネージャーこと俺の現在の女ことは笑った。

俺が長椅子に寝そべって天井を仰ぐとは長椅子の端に腰掛けた。






セックスはしない。

この女はそういった交渉を悉く、一言で一蹴する。

嫌、と。

別にどうでもいい







暑い。

九月にはいったというのになんでこんなに暑いんだ。

腐ってやがる



どいつもこいつも

暑さにやられて腐った

俺の天才的な脳でさえ危うくなるほどだから、普通の人間が腐るのは無理もない。

普通の人間とは一線を画す俺は、危うくなってはいるがそうはならない

















「またおかしなことを考えてる」

髪を撫でようとしたから跳ね除けてやった






そのくせ笑う



この、  女











知ったふうな態度が気にいらない












「おかしいのはおまえらの頭ん中だろ」

「おまえ、ら?」


誰のことかしら、と女はまた手を伸ばしてきた

その手を掴み

手首を強く握る


「全員だ」

「跡部くんも」

「そういうところが腐ってるつってんだよ」

「あたしが腐ってるなんて初耳。…悪い口にはキスしますよ」



セックスはしない

でもキスは好きだという

だからしたいのだという

勝手にしてくる

いくら手を強くつかんだって怯みもしない

見透かしているつもりか


馬鹿め



手に力をこめる

余裕綽々だった美しい顔をわずかにしかめるのを見た


もっと力をいれる

肌と肌の間が汗ばむほど


「放して」

馬鹿め

「痛い」





















この女のこういうところは好きだ

鬱血した手首を見て思うのはそれだけ

この女の痛みなど関係ない

俺を刻めたその事実だけで充分だ


「怖い夢でも見たの」




怖い、夢























ああ

そうか


あれは夢か

父母と晩餐をすごしたあの夜は夢なのか

おまえの言葉は真実だ


額に触れてきた女の手はひやりと冷たい

「冷房が強すぎなんじゃないのか。いつから居たんだおまえ」

「あなたのひたいが熱いのよ」


なにを


「具合は」

「機嫌は悪い」

「熱からきているのね、きっと」



冗談か

どっちなのかはっきりしろ



「保健室行かないのね」

そういう聞き方はおかしいだろう

綺麗に微笑っている。


おれは頷く。


「家にも帰らないね」

またその聞き方。

俺は頷く

返事は楽でいい









俺が頷くだけで済むように質問したのかと思う

そういうやつだ

この女は。






頭が良くて

美人で

やさしい



「家はない」


そう、ないはずだ


「夢だろ」


怖い夢だと云ったのはおまえだ

おまえは嘘をつかない

だから家は夢だ

ここが現実だ

この手の平の冷たさが真実だ

それだけでいい

だけがいい














「あいつらみんな消えろ」

「うん」


「うぜェんだよ」

「うん」


「飯だって不味いんだよ。コックかえろ!」

「うん」





「とくにあの 女」


母だ





































「次の試合なんかねぇんだよ」













何も知らないで笑う


あの、女





















「夢か」

「そうよ」

「そうか」