私は旅にでました。
あさやけの時間に
私は駅までの道を歩きました。
センターラインを歩きましたが一度だって車は通りませんでした。
誰ともすれ違いませんでした。
けれど跡部がついてきました。










昨日「旅にでる」と冗談に見せかけて、たった一回言っただけなのに
跡部は駅までの道の途中、歩道にいました。

跡部は学校指定のコートを着ていました。
学校指定のコートも、イトーヨーカドーのコートもラルフローレンのコートも
彼が着れば皆同じです。
マフラーは、それは指定じゃないねかっこいい。
私が同じく学校指定のコートのポケットに手を突っ込んでいると
彼は私をじっと見ました。
私はたしか、小さく笑ってしまったと思います。
跡部は笑わなかったように記憶しています。

私が笑ってこぼした息は白かったです。
跡部は、跡部は。
しんとそこに佇んでいるばかりで
白い息をはかなかったように思います。























駅は誰もいませんでした。
駅員さんはいるのかもしれないけれど、姿は見えませんでした。
見えるのはプラットホームと跡部ばかりです。



私は電光掲示板の始発電車の時間を見やり、まだしばらく
電車が到着しないことを知りました。
空は灰色の雲が多くありましたが、あさやけにさらされると
飛び上がるほどきれいに雲の輪郭を朱に染めました。
跡部とはまだ一言も交わさずに、わたしはプラットホームを
歩き回りました。
ぶるっと震えるほど寒かったからです。

私はホームを走って走って、そうして白い息を「はっ」とはきました。
息ははずみ「はっ、はっ」となりました。
跡部を振り返ると、跡部はこっちをじっと見て、
ねえあなた息してるのかな。
息、白くないからわからないよ。








『まもなく二番線に電車が参ります』
『危ないですので、黄色い線まで下がってお待ちください』










跡部はなにも言いませんでした。



タタンタタン



私が旅に出ようとしても
私が走り回っても
私が振り返っても
跡部はなにも


タタンタタン


なんで

タタン

電車のドアあいちゃったのになんでなにも言わないのほらこれ
これいま発車の音楽だよわかる?これ鳴りおわったらすぐに
ドアとじちゃって、閉じちゃうんだっていうかいまもし何か言わ
れても発車の音楽がうるさくて私には聞こえないかもしれない!
跡部
跡部
あとべ





『二番線 ドアが閉まります』







ドアはしまりました。




タタン



タタンタタン

































私は
黄色い線の内側の跡部にひっついています。
サルが木の幹につかまってるようなそんなポーズ。
木の幹にしては随分かっこいい木の幹です。

「重い」

木の幹にしては相当口の悪い木の幹です。

「帰るぞ」

その言葉を待っていた。
白い息と一緒に跡部のその声と言葉を待ってた。

「はい」

言いながらもひっつくのをやめない私の頭は
ベシベシとたたかれました。
何度もたたかれました。
あ、ちがう
これ
撫でてるつもりなんだ。

「へたくそ」と私が笑うと今度はほんとに叩かれました。
そしてまた、撫でました。
こうして私の旅は最寄の駅で終わりました。




彼は珍しく私の手をとりました。
そうして改札に向かう途中に、改札の向こうに見たあさやけの空といったら
空といったら





ピコーンピコーン!





「え!なに!?改札が閉まった!」
「おまえ300円の切符じゃねえか!」
「あ、入場券じゃないから同じ駅じゃでれないんだ」
「おまえこれ、キセルと疑われるパターンだろこのバカ!」
「おセンチが台無し、ていうか跡部も300円の切符買ってる」
「だ、それはおまえ、知らねえよ!」



ピコーンピコーン!

































駅員さんに二人で頭下げたら、まだ始発がきたばかりの時間帯ということもあって、
タダで出してもらえました。
私たちはあさやけの空の美しさを見、清涼な空気を吸いながら
まだ誰もいない道路を歩きました。

今日学校でこのことを忍足くんとかジロくんとかに話そうと思います。

でも

跡部が300円の切符を買ったことはきっと言いません。
300円の切符を買って一緒に来てくれようとした跡部は
私だけの秘密なのです。