コ  ン  と  鳴  く  犬





「ルールールー」

先輩は早口にそう言って、来い来いと指を動かした。
少しすぼまった唇がかわいい。
うん、かわいい。
でも

「なにやってんですか先輩」

俺に向けてやらないでください。



中等部と高等部の敷地の境には高いフェンスが張られている。
先輩はフェンスから指だけ出して俺を呼んでいる、のだと思う。
だって近くにきつねは見当たらない。
俺の言葉に応えもせずに先輩はまた
「ルールールー」と言った。
先輩の制服のネクタイの色がこれまでと違う。
そうか、今日は高等部の入学式だったんだ。
どうりで高等部のほうが騒がしいと思った。
先輩は高一になったのだ。

俺は中三。



「先輩」

先輩は応えなかった。
髪の分け目を変えている。

「なんか、大人っぽいですね」

先輩は俺のことをじっと見ていた。
俺は髪型なんか変えてない。

「似合いますよ」

なんかしゃべってください。
なんでそんな見るんですか。
俺そんな変な顔してますか。

「せんぱい・・・」

「泣くな長太郎」

「はい。まだ泣いてません」

「いい子」

「子供扱いしないでください。俺だってもう中三です」

「私は高一です」

「そういうこと言わないで下さい!」

人が気にしていることを平気な顔で冗談みたいに。




「彼氏とか、つくんないで下さぃ」

最後のほう、声がひっくりかえってしまった。




「告白されるときはここに来るから」

フェンス越しに、先輩の指が俺の腕に触った。

「長太郎が威嚇して」

「え」

「コンとかワンとかなんとか言って男を追い返して」



「...はぃ」



フェンスを隔てて、これ以上ないほどに身体を寄せた。
先輩もフェンスに寄りかかる。
これ以上俺たちは近づけない。
それなのに、先輩は小さな声で言う。



「ルールー」



唇以外に近づけるところが残されていなかった。