南です。
今日はちょっと思い出話をします。
二年の春の出来事です。



”すきやき”の”やき”を抜いて!



俺のタブルスの相方の東方はよくからかわれる。
千石だけじゃなく、クラスの女子にまでからかわれたりしてる。

授業と授業の間の休み時間に、東方は突然クラスの女子数人に囲まれた。

「ねえ、東方君」

女子の表情はそろって嬉々としている。

「え、なに」
「あのさ、あたし東方君のこと・・・」

東方はその先の言葉を想像してドキリとした。
言葉を失う。



「すき」


















えええ!?って東方は思った。らしい

自分はテニス部の中でも地味ーズと呼ばれるほどに地味な部類で
顔だってよくないし性格だって確かに派手じゃないそんな俺が
まさかそんなわけないでももしかしてもしかしたりしているのか
ほんきなのかでも俺この子あんまり話したことないんだけどうそ
なのかなんでおれなのだって俺地味だしでもまさか!

っと、一瞬のうちに激しく葛藤した。らしい。



「やき」

囲んでいた女子がどっと笑う。



当時、女子の間で流行っていた冗談だった。
「すき」と言った後に、「やき」と言う。
つまり「すきやき」
だからどうした、という話だ。
ターゲットはもちろん男子で、東方がその餌食になったのだ。
ひどいことをする奴らだと思った。
ちなみに千石によれば女子の間ではなぜだか今”すきやき”ネタが流行っているらしく、
告白する時には「すきやきの”やき”を抜いて」と言うらしい。俺言われたことないけど。

東方は結構真面目に物事を考えるタイプでその後ものすごく凹んだ。
俺たちは同情し、テニス部総出で慰めた。
ついには千石まで『男の友情』について熱く語りだしたほどだった。
本当にすごい落ち込みようで人間不信になりかけていたのだ。

俺たちテニス部員の説得と励ましのおかげで東方は人間不信に陥らずにすんだ。

しかし、ちょっと慰めすぎてしまってしまいには人間不信どころか人間過信になってしまった。
また騙されないかと心配だ。












それから数日後、俺と千石が東方のクラスに遊びにいっていた昼休みにそれは起こった。

「つか昨日のオンエアバトル超うけたよなー」
「あーそれ見た。インパルスとかいう奴らおもしろくね?」
「”ヨハン=リーベルト・・・”」
「ウケるけど似てねーよ千石」
「モンスターしらなきゃ元ネタわかんないよな、アレ」



「ひっ東方くん!」



俺たちはほぼ同時に声のほうに振り返った。
千石が真っ先に声をあげる。

ちゃんじゃんか。相変わらず可愛いね」

はかなり可愛くてかなりモテるけど付き合ってる人いないから有名だった。
よく気が利くし、優しいから人気があるのもわかる。
男子はたいてい(千石含む)を狙ってる。俺は別に、違ったけど。

そのが顔を真っ赤にしていた。
両手を前で合わせてしきりに動かしている。
緊張した時のの癖らしい。

「ちょ、あのさ。千石と南くんあっちに行っててもらっていいかな」
「えー、ヤダー」
「お願いっ」
「なんで?」
「おい千石。行くぞ」
「うわっ、なんでー」

千石を机の上から引きずり落として教卓のほうへ引っ張っていった。
東方の席は窓際最後尾で、クラスのやつらもあんまりその周辺にはいなかった。






「なにかな、アレ」
「さあ」

俺たちは小声で話した。

「告白かなー」
「さあな」
「この前みたいないたずらだったらどうするよ」
はそういうことしないだろ」
「罰ゲームとか」
「あ、それはあり得るけど」

は本当に、そういうことをやるような人間じゃないと思う。
罰ゲームでもなんでも、人を傷つけるようなことだったらちゃんと断れる奴だと、俺は思う。



ふたりの声はぎりぎりで聞こえた。

「あの、あのね」
「う、うん」
「わたしさ、あのさ」
大丈夫?なんか顔すごい赤いんだけど」

東方もはそんなことしないってわかってる。

「平気。・・・い、言うよ」
「うん。でも何を?」



は大きく深呼吸して

吸ったところで息を止めた。



ひそかに耳をそばだてていた教室中が黙る
千石と、俺まで息をとめてた
きっとこの教室中 いま 息とめてる 




































「すきやきのすきを抜いて!!!」




































「やき?」




















   ?















「あっ違っ!・・・ご、ごめんなさいぃっっ!!」

は真っ赤になって泣きながら走って出てった。

「え、あの!?」

しばらく呆然としていた東方も慌ててを追っかけて出てった。
席を立つ時に肘を机の角にぶつけて地味に痛がってた。

嵐の去った教室内、俺たちはしばらく息を止めたままだった。






以上、2年のある春の日の出来事でした。