「宣誓!我々、選手一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々戦うことを誓います!」

高らかな選手宣誓。
微妙な校長の挨拶。
観客に見られながらのラジオ体操。拷問に近い。






体育祭が始まった。



首つり女とデータ男



「チィーッス!乾」

ハチマキを首からかけて、いつにも増してテンションが高いのは菊丸英二。

「やあ。乾はやる気なさそうだね」
「不二に言われたくないな」
「あ!アレアレ!おチビじゃない!?」

応援合戦の喧騒中、英二が叫んだ。
指差したほうを見れば、スタートラインあくびをする越前リョーマを発見。

「越前のやる気のなさには負けるね」

不二が笑う。
確かに、短距離走のスタートラインであそこまで緩慢な動きができる中1はそうはいないだろう。
パン!とスタートを知らせる炸裂音。

「あー、おチビ速っ」

50mをあっという間に走りきり、直後にあくびをかます越前王子。

「また速くなったみたいだね」
「体育祭は基礎体力データの更新に最適だな」

と、俺は秘密のデータノートに書き付けていく。

「もっと中学生らしい楽しみ方をしなよ・・・」

不二が苦笑した。

「なーなーなー!次の種目『借り物競争』だって!オモシロソー!」
「へえ」

プログラムを開き始める不二。

「レクレーション種目なのに、なんだか配点高いね」

どれどれ、と俺がプログラムを覗き込んだ時、借り物競争開始を告げる銃声が響いた。
同時に、応援の声も一気に大きくなった。やはり配点が高いことは皆知っているらしい。
人垣の間から(俺は人の頭上から)競技を観覧する。

選手はコースの中腹に配置された指令書をひっつかみ、すぐさま散り散りに指令の内容を探しに走る。
全力疾走である。
目当ての生徒を見つけると、ものすごい勢いで突っ込んで行き、力の限り引っ張った。
引っ張る場所が腕だろうが服だろうが髪だろうがおかまいなしだ。

「な・・・なんか怖くね?」

お祭りごとが好きな英二もさすがにヒくほどの熱狂振りである。



二十代の保護者の方いらっしゃませんかー!!?

「サッカー部のキャプテン翼、って誰だよソレ!だいたい存在してんのか!

『バーコードハゲ』なんてどこにいんだよ!あ、校長か!?」



「すげー必死」
「アハ、校長ひっぱられてる」
「壮絶だな」
「テニス部のエースとか書いてあったらどうしよ。オレ連れていかれちゃうな!」
「あー、それは平気じゃない?」
「どういう意味だよ」



長身男子の方!

突然、俺は腕を引っ張られた。

見下ろすと、どこかで見たことのある顔の女子が、必死な面持ちで俺のジャージの袖を引っ張っていた。

「い、一緒に来てください!は、はやく!」

少女は無理やり引っ張っていこうとするが、俺はびくとも動かない。
動こうとしていないからだが…。

「うわ!さんじゃん!乾ラッキーじゃん!行って来いヨッ」

菊丸が興奮しながら俺の背を押してグラウンドに押し出した。
俺の周辺にいた生徒たちも一様に驚いた顔でその様子を見つめ、なにやら行かないわけにはいかない雰囲気。
その女子に引っ張られてやりながら、1位でテープを切ると生徒たちからどよめきが起こっていた。

『1位は3年1組、さんです。指令は”長身男子”でした』

すぐさま放送が入り、するとさらにどよめきや歓声が起こった。
それほど重要な種目だったのだろうか。心なしか、全校生徒がこっちを見ている気がする…



一体、この種目はなんなんだ。



目下でゼイゼイ息を切らせている女子をようやく、落ち着いて見た。
下を向いていて顔は見えないが、およそ運動部とは思えない体つきだ。
色白で華奢である。

ゼィゼィ

ゼィゼィ

1位の旗の後に誘導され、後続がゴールしてきてもまだ息を切らせているので、少し心配になって声をかける。

「大丈夫か?」

ゼィゼィ

未だ返事はできないらしいが、頭をこくこく上下に振った。
そのとき、第2グループの借り物競争開始を告げる銃声が鳴った。

ようやく、女子が顔をあげた。

英二の言葉を思い出す。



”うわ!さんじゃん!乾ラッキー、行って来いヨ”



放送によると、彼女の名前はさん。3-1所属。
ここでようやく気づく。
青学名物のひとつとの呼び声も高い、美少女、さんだ。
どよめきが起こったのも、全校生徒が振り返ってこちらをみているように見えたのも、皆彼女を見ていたのだ。

まさに美少女。

色恋沙汰に疎い自分でも、目の前のさんはきれいだと思う。
さらにいうなら、上気した頬が少し艶っぽい。
全力を使い果たしたらしいさんはぐらりとよろめいた。

「っと・・・、さん?」

暑さでか疲れでかわかないが、眩暈を起こすとはまさに美少女の王道。
興味深い人物だ。記録させてもらおう。

はっ、と一瞬で覚醒したさんは俺を見上げ、上気していた頬をさらに赤くした。
耳まで赤くする。

「ご、ご、・・・ごめっ」



突然現れた手塚が俺との間に割って入り、さんの手を掴む。

「来い、!」

一方的に告げ、さんの手を引いた。軽そうなさんはいとも簡単に引っ張られていってしまった。
…まさか、さんと手塚が!?そんなデータはどこにもっ!!






パンパン!と1位を告げる銃声が鳴った。






直後にはいる放送。
『借り物競争第二組、1位は3年1組、手塚国光くんです。指令は”美少女”でした』

再びゴールまで走らされたさんは手塚に伴われて、1位の旗の後ろに二度目の誘導をうけた。

俺に気づいた手塚が一瞬、視線を向けたがすぐにさんを見下ろした。
背中に手など当てていて、ちょっといい雰囲気だったりする。

しかし、距離か縮まるにつれて見えてきたその惨状。
いい雰囲気、なんてとんでもない。



ヒッヒッ



さんの息遣いはおかしなことになっていた。今にも卒倒しそうな勢いだ。

「すまない、。平気か」

ヒッヒッ

ヒッヒッ

あの手塚が気遣って優しい言葉をかけるほどに、さんはヤバい。

「乾、なにか落ち着かせる方法はないか」
「とりあえず、ゆっくり歩かせるべきだな。急に止まると心臓にも悪い」

心臓、という言葉を聞いてさらにさんに対する態度が気弱になっていく手塚を見ているだけでも充分に興味深い。
しかし、今は死にかけの美少女のほうがよほど気にかかる。
目が離せない。

さんを歩かせようとする手塚だったが、ガシッと細い腕が俺のシャツをつかんだ。

必死に俺のシャツに縋って体勢を立て直す、美少女・
乱れてもやはりどこか整っている。
後れ毛や潤んだ瞳は計算された形状・形質をもっている。気がする。
本人はまったく無意識なのだろうけれど。
興味深い。



「ご・・・め、なさ・・ぃ」



言葉の間に不規則に呼吸が入ったが、聞き取れた。

「思いっきり、腕、とか ひっぱ   て、ごめ な  さぃ」

「いや、別にいいんだが。あんまりしゃべらないほうが」

え?、と顔をあげて目を合わせるさん……



……きょ、興味深い(///)






「…ひぎっ

突然、美少女がヘンな声で鳴いたかと思うと、顔を上向かせた姿勢のまま動かなくなった。

ぱくぱく口を動かして、
あ、なにか訴えてる顔だ。






「くび・・・が、ツっ  た」






















!?





「え、ちょっと大丈っ、さん?」

!?」

「…いーたーいー」



素早く保健委員が駆け寄る
担架が手配され
学園の美少女・さんは保健室へ運ばれた。

「いろいろな意味で興味深いひとだ」