魔 法 使 い



今日、ピンク色の背表紙の『おまじないブック』という本を拾った。
表紙では、キラキラした目の女の子の絵がウィンクしてる。
ウィンクって実際やられたらヒくよね。

その本を持ち帰ってるオレもヒくよね。










魔法1

無印の消しゴム(小)ってなんか好きで使ってるんだけど
これはどうなんだろうね。
この50円の消しゴムで好きな人が告ってくれたらすごい安い。
あの子はそれほど軽くないし安くない。

「ジロ、これはあかんて」

忍足君に消しゴム貸したら見られた。
さん』って書いてる消しゴム見られた。

痛い。

ケース取らないでよー!

消しゴムなくさずに使い切るなんてありえない。
だいたい授業中ノートとらないのに消しゴムなんか使うはずなくて、
選ぶ魔法を間違えたと思った。
っというわけで最初の魔法は失敗したっぽい。
見られたしね。忍足くんに。


「消しゴムがどうかしたの?」
よりによってさんに声をかけられてびっくりした。
「どうもしてへんよ。さっきジロに借りたから返すとこ。な?」
「どうもしてないどうもしてないどうもしてない」
忍足くんがさりげなくケースを付け直して投げ返してくれた。

「あ、それ無印のだよねジロくん」
「うん」
「わたしも同じの使ってるよ。なんかいいよね」
「うん。いいよねなんか」

魔法はちょっとだけ成功した。












魔法2

『紙に君の名前を書いて川に流すと想いが通じる』らしい。
おれはさっそく紙を探した。
大きな紙に書くとまた忍足くんとかに見つけられそうだから
小さな付箋に名前を書いた。
それをさらに小さく折ってからふと気づく。



このへん川ない。



トイレに流すのも思いついたけど、トイレはあんまりだと思ったので
考えながら学校へ行った。
一時間目から六時間目まで寝ながら悩んでいて、ようやくおもいついたのは
掃除の時間だった。

プールに投げ込んでみた。
プールサイドから水を吸ってふやけていく紙をみていた。

「ジロくんここの掃除?」
「ううん」

いきなりさんがやってきてびっくりした。
ホウキを持ってる。

「まだ誰も来てないんだうちの班。プール周りの掃除なんだけど」
「うん」
「ジロくんどうしたの。元気?」
「元気だよ。さんは」
「元気だよ。樺地くん元気?」
「なんで樺地。元気だよ、ウスしか言わないけど」
「同じ美化委員」
「そうなんだ」
「うん。なんかジロくん和むね」
「ありがとう」
「こちらこそ」

和んでいるのは君ばかりでおれはどきどきしっぱなしなんだけど
まあいいや。すげー嬉しい。
結局プール周りの掃除班は誰も来なくて、さんと部活の時間まで
しゃべっていられた。
しかもかなりナチュラルに。
魔法はちょっと自分流にアレンジしたほうが成功するんじゃないかと思った。













魔法3

部活の時間、練習試合の空き時間に宍戸としゃべった。

「宍戸さ、魔法ってあると思う?」
「ないだろ。なんの話だよ」
「魔法っていうかね、おまじないなんだけど結構すごいよアレ」
「ダッセ。女みたいなことしてんじゃねえよ」
「言うと思った」
「なんだよ!」
「ところで宍戸はおまじないなにか知らない?」
「知らねえよ・・・あ」

宍戸は思い出したようにこっちを見た。

「なんかテレビで見たんだけどよお」
「うん」
「好きなやつの写真とか、形見とかを」
「生きてるけどね。うん」
「胸ポケットにいれておくと」
「うんうん」



「撃たれた時に銃弾がこう」



「あとべー!宍戸が跡部とスマッシュ練やりたいってー!
かかってこいだってー!」
















魔法4

同じ日、部活がおわったあとの部室で日吉としゃべった。

「・・・おまじないですか?」
「そう」
「知りませんよそんなもの」
「なんでもいいんだよ。日吉はなんか知ってそうだよ、日本古来のやつ」
「日本古来って・・・ああ」

日吉はやはり知っていた。

「神社にお賽銭なげるといいんじゃないですか」
「おさいせんかあ」
「五円玉なげると、ご縁がありますようにって意味になるんですよ確か」
「さすが日吉!それいいね。今日の帰りに行ってみるね」
「はあ」

帰り道、ちょっと遠回りをして神社にきた。
カラスの鳴き声とかしてちょっと怖い感じだったので跡部にもついて
きてもらった。

「ついてきてやったんだからさっさと投げろよ」
「うん」
お財布には五円玉がなかった。
「跡部、五円玉ある?」

「おれが小銭なんかもってるわけないだろ」

見せてもらった跡部のサイフは不動峰の部長似のお札しかはいってなくて
魔法どころじゃなかった。

その帰り道、跡部にパフェをおごってもらった。
お札はある意味、魔法だ。
「おさつ」と「おふだ」のどっちも「お札」と書く意味がわかった気がした。














魔法5

ベッドに寝転がってまたあの本をひらいた。
『心を引き寄せるおまじない★
好きな人の髪の毛を白い紙につつんで、お守りにして身につけておく。』


ハイ、キモい。


女の子ってこんなことしてんのかなあ。
髪の毛とかいってそう簡単にゲットできないよね。
目の前で髪切ったりしてくれない限り・・・

目の前で

髪を・・・切っ






「長太郎!!」

と叫んだ自分の声で、朝は目覚めました。
夢の内容は、筆舌しがたいものがあるので割愛。












魔法6

「樺地はなんか知ってる?おまじない」
「・・・」
「あーごめんね。別にたいしたことじゃないから悩まなくていいよ」
「・・・あの」
「なになに!?」


「・・・てくまくまやこんてくまくまやこん、というのはおまじないですか?」


樺地ははずかしそうにそう言った。

ときめいた。樺地に。













魔法7

「ああもうウザったいな!告れよ!」
と岳人に言われました。
たまに思うんだけど、岳人って男前です。

「ジローが想っていることを素直に言葉にするのが一番のおまじないだと思うよ」
とタッキーにいわれました。
たまに思うんだけど、タッキーはフェアリーです。



放課後の掃除の時間、プール周りの掃除はまたさんひとりきりだった。
さんを日陰までひっぱってきて、おれはさんの額に手を当てた。

「これから魔法かけるから」
「はあ」
さんはすこし驚きながら返事をしました。
「おれが魔法をかけたらもうさんの意志じゃどうにもならないんだ」
「魔法ってなに?」
「おれが呪文を唱えたらそれでおしまい」
「え、ちょっと待って」
「無理だよ」
「ジロくん?!」

おれは唱える。







「てくまくまやこんてくまくまやこん」








プールの周りは静まりかえる。

君はぎゅっとつぶっていた目を恐る恐る開けて、おれを見る。

「いまの何?」

さんが・・・おれを好きになる魔法」


「ああ、なるほど」


君は納得したような声をあげた。
そして笑って


「だから私は君のことが好きなのね」

おれは思わず「うん」と頷いてしまった。



言葉ひとつでおれの心をそっくり持っていってしまう君こそが
魔法使いだったのだと、そのときようやく気づいた。