ねえ、ぼく

きみの幸せを祈っているよ



ほんとうだよいのっているんだいのらせて。








放課後、俺と忍足くんと君だけの教室。
部活は引退してしまったので時間前行動をしなくてよくなった。
後輩の指導には最初の走りこみが終わった頃に行けばいい。
君は教卓に腰掛け足をぱたぱたとせわしなく動かしていた。
君が「あ」と何か思い出した声を出した。

「忍足君さ、今日学校来る途中にひきとめられてたでしょう。女子に」

「あー、おまえ見とったんか」

忍足くんと君はよく話す。
忍足くんは君を「おまえ」と呼び、君はときおり忍足くんを「メガネ」と呼ぶ。
おれはというと君の前に行くとたいてい自分の上履きを見てしまう。
君の目を真っ直ぐに見れない。
忍足くんは君の目を見て話す。
メガネ効果かな。

「告られたのね?」
「おう。罪な男やろ」
「忍足君は背は高いからいいよね」
「おまえ、それなんや俺に背が高いとこ以外いいとこナイみたいに聞こえるわ」

わっと笑って、

「おまえは彼氏とかおらんの」

笑いもさめやらぬまま忍足くんが尋ねた。
ああ俺のためだ、とすぐわかった。
おれは言葉をなくしてしまった。
息が吸えない


「えーあーおりますけども」


視界の端で君の足のぱたぱたがいっそう楽しげになった。

君はとてつもなく嬉しそうに笑った。
こういうのを破顔という。

おれは顔が破れるかと思った。
そいうのは顔破という。
これは嘘。


「ほんま!氷帝?」
「ううん。別のとこ」
「どこの人なん?」



「忍足くんそれセクシャルハラスメントだよ」



おれが言うと忍足くんは「おーすまんすまん」と笑った。けれど君は、
これまでずっと黙って上履きを見ていたのに突然声をあげたおれに
少し驚いたようだった。

君は
座っていた教卓から
おりた。

「じゃあ俺らそろそろ部活いくわ」
「あ、うん。じゃあね」
「さよなら」
「あしたね」

おれがさよならと言ったことに含むところはなかったけれど
言ってからおれってたまにうまいこというなって自分で思った。


教室からでたとたんに、忍足君がおれの肩をたたいて苦笑いを向けてきた。
おれは結構ショックだったことはたしかなのに、すごく上手に笑えた。
そしてジョークもまじえてきれいにまとめた。

「いるじゃんね」
「そうみたいやな」
「失恋レストラン歌わなきゃ」
「カラオケ寄るか」
「やだよ。忍足くんアニソンしか歌わないんだもん」

なんでやねんとドツかれた。
「なんやおまえあんまショックうけてないやん。おもんないな」といわれた。

でもおれの胸にはぽっかり、というよりはどっかり暗い穴が空いている。
それはほら、きっとあれだよ忍足くん。
大ケガしたときって、最初その痛いのに気づかないじゃんか。
きっとそれ
あとで痛むんだジクジクと
やだなー
めんどい

「ほんとに好きになっちゃうまえでよかったよ」

「そうやなー」


痛みはまだ

まだ来ない


「今日はあれや、俺がなんでもこうたる。100円ショップで」
「いらなーい。そこまで好きじゃないし」

言葉を選び間違えた。

「そこまで好きじゃなかったし」
と過去形にしなければいけなかったところなのに


痛みはまだ来ない

ただ君を思い出す。

嬉しそうに笑った君は

とても

魅力的だった









痛くないうちに祈るよ。

君の幸せを祈るよいのらせていのれないよ。

だっておれまだそこまで大人じゃないし

そこまで君のこと他人だと思ってないし

君が世界で一番かわいいと思ってしまったし

少なくともおれの世界ではダントツだし

くやしいし

かなしいし



でも一瞬だったけど

君が嬉しそうに足を揺らしたのを視界の端に見たとき

君の彼氏がいいヤツならいいと思った。

それはやはりほんの一瞬でしかなかったのだけれど




「じゃあアレや。帰りTSUTAYA寄ってこか」

「エッチビデオ?」

「女に振られたときにはジブリが一番や」

「うん」





































ナウシカが黄色の草原を青い服を着て歩いてる。

「忍足くん泣きすぎたよ」

「だっておま、これ、感動するやんか」

「もーおれ眠いからいいよー」

「次の魔女の宅急便見な寝かせへん!」

「やーだー」