ジローちゃんとケンカしました。


原因はとても単純なことで人に言うのがハズがしいほどです。

彼とは中2の春から付き合い始めて、もう一年以上が経ちました。
もとからああいうやる気のない人だから、倦怠期らしい倦怠期もなく
これまで過ごしてきました。

ジローちゃんはああいうやる気のない人だから、あたしはやはり
不安になっていた時期もあったけれど、時折垣間見せる紳士っぷりに
何度も惚れ直させられていました。

たとえばあたしが彼の部活が終わるのを待たずに帰ったとき、その日の
夜に必ず、彼はあたしの家にきてくれました。

たとえばあたしが不安に耐え切れず集中力を途切れさせて、屋上での
サボりを強行した時、彼はあたしを見つけるなり「はやまるなー!」と
叫んで抱きしめてくれました。
別に飛び降りようとしてたわけではないけれど、彼はあたしのために
叫んでくれたのです。
もちろん授業中でしたから、屋上で叫んだ声は学校中に聞こえてしまい、
先生方や野次馬連中まで屋上にあがってきてしまって大変でした。

たとえばあたしが階段で男子にスカートの中を覗かれた時、ジローちゃん
はその子のズボンを廊下の真ん中でズリ落としてくれました。


そんな優しいジローちゃんと、あたしはケンカをしてしまったのです。
ケンカ腰になったのはあたしが先だけれど、決定打となったのは
ジローちゃんでした。

決定打となったあの言葉は、あたしの胸の奥ふかくまで突き刺さり、
いくら涙を流してもかなしみがおさまりません。


ああ、

神様
仏様
跡部様

どうか彼の言葉は嘘だったと言ってください












ちゃんとケンカしました。


原因は、いま考えたらすっごく簡単なことなのではずかCからあんまり
みんなに言えません。

ちゃんには二年生の春にオレから告白しました。
すごく好きです。

だから、ちゃんの前ではかっこよくしてたいけど、ぜんぜんかっこよく
できません。
なんか、寝てばっかです。

たとえばたまに部活がない時にデートとかいってもオレはすぐ寝ちゃいます。
映画館とか観覧車とかレストランとか、すぐ寝ちゃいます。

たとえば学校とかで休み時間に一緒に居ると、すぐ眠たくなって寝ます。
んで、起きると部活の時間になってて帰るときまでちゃんと会えません。

たとえばちゃんのおうちで二人きりになったとき、今日こそエッチしようと
思ったら、寝ちゃいました。

でもちゃんはいつも、寝てしまったオレのそばにいてくれます。
たまにちょっと怒るけど、それでもオレのことを部活が終わるまで待っていて
くれます。

帰るときにやわらかい、女の子の手でオレのごつごつした手を握ってくれます。
オレは寝てばっかりでいつも不安にさせちゃうみたいだけど、オレのこと「好き」
ってわらってくれます。


そんな優しいちゃんと、オレはケンカをしてしまいました。
ちゃんはすごく怒って、オレも怒って、オレは言ってはいけないことを言って
しまいました。
言った後に、ちゃんの顔を見てさっきの事をなしにしたいとすごく思いました。

だってオレ、本当はそんなこと少しも思ってないんです。
ちゃんのことが大好きなんです。



ああ、

かみさま
ほとけさま
あとべさま

どうかオレの言葉をなかったことにしてください














「という相談をうけたんか」
「そうだ」

とあるファミレスの一角に、名門氷帝学園男子硬式テニス部レギュラーが陣取っていた。
ただしジローはいない。ちなみに滝もいない。

「跡部もたいがいエエ奴やなぁ」
「つか、ジローもも跡部に相談するなんて頭悪いんじゃん?」
「先輩たち、お二人ともピュアなんですね」
「おまえが言うな長太郎」
「めおとタブルスは黙っとき。んで、けんかの理由ってなんなんや?」
「あ、そういえば。いまの跡部先輩の話にでてきませんでしたよね」

視線が事情を知る跡部に集中する。
ちなみに店中の視線も、そのホスト集団に集中している。

「ジローの奴が、ちゃん付けで呼ばれるのがイヤだと言ったから、だとよ」
「小学生みたいな話やな」
「よくそんなことが原因でケンカできんなー」
「だからピュアなんですよ」
「ウス」

「っで、こっから本題ね。が言ってた決定打ってのは結局なんなの?」



跡部はすっと目を逸らした。



「うっわ!気になる!」
「なんて言ったんだよ!?」
「跡部先輩!」


心なしか、跡部の頬は赤い。





「そ、そんなにやらしいこといったんか!?あの跡部が赤面するくらいの!?」
「どどどどどこの誰が赤面してるだと」

跡部は虚勢でもって応じた。

「跡部が言えないほど卑猥なこと…何やろ?あの跡部でも言えんとなると
こりゃ放送コード余裕で超えてるっちゅーこっちゃ。あの跡部でも無理なんやから」


「…無理だと?はん、オレを誰だと思ってやがる」

「じゃあ早く教えろよ跡部!ほら、小声でいいから」


一同が身を乗り出して耳を寄せる。
跡部は少し躊躇いながらも、おずおずと口を開いた。





「チ…」





「ち!?なんや卑猥そうやな」

ますます興奮する一同。
赤面する跡部。

「チョ…」

「ちょ?」







































「"チョコになっちゃえ"」


















































後日。
ジローが落ち込みすぎていて練習にならないため、
跡部はとジローを緊急召集した。
部室で、まさに帝王のごとくパイプ椅子に腰掛ける
跡部の御前に、二人はわずかに距離をあけて立っていた。

ケンカは続いているらしい。(冷戦中)

「おい、おまえら」

二人とも返事は無かった。
跡部は呆れてため息をおとした。

「おまえらうぜェからさっさと仲直りでも何でもしろ」

またしても返事は無い。
やれやれ、と跡部はまたしてもため息をおとす。

「…ジロー」

「…うん」

「おまえ甘いモン好きだよな?」

ジローは拗ねていた顔を少し驚いた顔に改めた。

「好きだけど」

「チョコも好きだろ?」

「…うん」

「それじゃあ別にいいじゃねえか」


跡部はにも視線をやった。
はぽかんとして瞬きをしていた。

「おまえも。別にジローが嫌いなピーマンになれって言われたわけじゃねーだろ」



二人はゆっくりと向き合った。



「チョコ…好きなの?」


「好き」

「…な、なんだ。そうなんだ、やだ、あたし勘違いしてっ…ううっ」

はこぶしを目に当てて泣き出してしまう。

ジローは無言で、ポロシャツの前をたくし上げての目のあたりをぬぐった。

「やだ、ジロちゃんっ、おなかみえちゃってるよ」

は笑いながら泣いていた。

「いいよ。だってオレね、チョコよりちゃんのほうが好きだからあれは悪口だもん。だからごめんね」

「…あたしもごめんね、ジロー…くん」
「今日、これからいっしょにどっかいこうか」
「いいの?」
「うん。なんでもおごるよ」



ごすっ、と鈍い音を伴ってジローの頭に跡部の拳が落とされた。



「おまえは部活だ!」

「やーだー!ちゃーん!」
「ジローくーん!」

樺地にかつがれてジローはコートに連行されて行きましたとさ。







「チョコになっちゃえ!」
ドラゴンボール・魔人ブゥ氏の名言より抜粋。