手を繋いで帰りましょうか
それともあたしが3歩下がって歩きましょうか
あるいは競争しましょうか

あたしが尋ねると、
「なんで3歩さがるの?」
とジローくんは聞き返しました。

「昔の人はそうだったんだって。それで、男の人の影を踏まないんだって。エイ」
「あたまふまれたー」
あたしは長く落ちた彼の影の上で跳ねました。

少し傾斜のきつい坂道だけれど、彼とのぼればつらくない。
少し眩しい夕日だけれど、彼と顔をしかめていればむしろ楽しい。
とっくの昔に飽きてしまった影ふみだって、彼とやったらこれほどおかしいことはない。

あたしは上機嫌。
彼は能天気。
なんて幸せなのでしょう。

赤いバイクの郵便屋さんが悠々と坂道をのぼっていきます。
顔はまぶしそうにしかめています。

「おつかれさまです」

通り過ぎるか過ぎないかのところで、そうねぎらったのはジローくんでした。
郵便屋さんはぎゅっと細めていた目をぱっちり開いてまばたきをしました。
驚いています。
ですが軽く笑ってくれてから通り過ぎていきました。
あたしも驚いています。

「ジローくんえらいんだね」

何事にも無頓着そうな彼は思いも寄らないところでしっかりしています。

「なんかね、ちゃんといると言える」

ね。
彼は思いも寄らないところでしっかりしているでしょう?


















影ふみをしながら走っていたら、いつのまにか坂をのぼりきってた。
ちゃんと歩くといつもこんな感じ。

テニス部のみんなと歩いても坂は疲れるだけなのに。
いつだか、のぼっていくうちに身体がうしろのほうにそっていって倒れそうになったのを
忍足君が押し戻してくれました。
「歩きながら寝んな。ただでさえ男はむさいんやから倒れこむんやない!」
そんな感じです。ちゃんと歩く時とは違う。

そういえば…むさいの?

「おれってムサイ?」
「全然」
「汗とか臭い?」
「部活のあとにシャワー浴びてるじゃない」
「あ、そか」

やっぱりちゃんは忍足くんたちとは違うみたい。

横向いたら、ちゃんの顔がすぐ傍にあってちょっと驚きました。
鼻をおれの首のあたりに寄せて、嗅いでます。

「やっぱり臭くないよ」
「うん」
「ジローくんのにおいだよ」
「うん」

ちゃんは間近で微笑います。

キスしました。

「…近くてかわいかったから」
キスしました。

「…かわいかったらキスするの?」
「ううん。ちがう」
ちゃんだから、
スカートひらひらしただけで興奮するし、
影踏まれただけで楽しくなるし、
におい嗅がれただけでキスしたくなる。

そう言ったら、柔らかい手の平がそっとおれの手を握りました。
いつものつなぎ方じゃなくて、指の一本一本を交互に重ねるつなぎ方でした。


ね。
わかる?ちゃんてステキでしょ?


















「って、言われたんか、跡部…」
「ああ」
お馴染のファミレスで、お馴染の面々で語らう氷帝テニス部。

「おまえほんまにエエ奴やなぁ…」
力なく叩かれた跡部の肩はげんなりと下がっていた。

「だーかーらー!なんでジローもも跡部なわけ!?」
「そんなら岳人が相談うけたれ」
向日は大人しく席についた。
「本当にすきあってるんですね、宍戸先輩!」
「な、なんで俺に振るんだよ!」

「おまえらも帰れ」
冷たく言い放ったのは跡部だ。

「あ、あかん!跡部のナルナルオーラが消えかけてる」
「そりゃあれだけ、毎日毎日毎日ノロケられたらな」


跡部は仲直りを取り持って以来、よりいっそうジローとから信頼をよせられてしまった。
その所為で、朝練・昼休み・部活・放課後、時には帰宅後さえノロケ話を聞かされる羽目になった。
やめさせようにもジローは打てば響かない人間の典型だし、に手を出すとジローがキレる。
厄介なことこの上ない。


跡部は疲れきっていた。
意気消沈して負のオーラをまとう跡部に、レギュラーの面々は目も当てられない。


「跡部…そんな落ち込むなて」
「ウス」
「そうだよ、そのうちいい事あるよ」
「向日先輩の言うとおりですよ」
「ヘコんでる跡部なんて、跡部らしくねーよ」
「せやで。おまえはもっと俺様俺様しててええ」
「ウス」



「…」



跡部は黙って下を向いている。
跡部の前には、皆が気を使って注文したチョコレートパフェがのっている。
案の定、一口も手がつけられていない。



跡部はぽつりと、隣の席の忍足がひろえるかひろえないかの音量で呟いた。































「世界中全部チョコになれ」




























「ジローを別れさせろー!!!」



みんなの必死の説得により、ジロたちはノロケを自粛し、
跡部君も元に戻って元気に「アーン?」とか言っているそうです。
めでたしめでたし。