夕暮れの学校

学校の前の坂道

坂道の 上 の夕暮れ



下駄箱をあとにしたおれを、君が待っていた。

おれはちょっと小走りで駆け寄って

ぼくらは坂をくだりはじめた。


寒いから手をつないだ。


「手の皮かたいね」

「グリップずっと握ってるからね」

「そっか」


ちょっと誇らしかった。

はずかしかったので反撃。


ちゃんの手ぇやわらかいね」

「脂肪がついてるといいたいの!」

「あ、え、いや、そういうことじゃなくて」


反撃に失敗した。

けれど君はケラケラ笑っていたのでおれもイヒヒと笑った。



夕暮れの学校

学校の前の坂道

坂道の 途中



「じろ」


きみがおれの名を呼んだ。

紺色のブレザーの君が

紺色のスカートの君が

紺色の靴下の君が

去年の夏におれの贈ったストライプのマフラーに鼻をうずめて

おれの名を呼んだ。


「うん」


おれは手を引き先行してたけれど、足を止めて

君を振り返った。

君はやはりかわいい。


「わたし、このマフラー気に入ってるんだ」


このマフラーとはどのマフラーかというと

おれが真夏に君に差し上げた一品だ。

ただ君を喜ばせたくてあげたのだけれど、なんせ夏だったので

謝りながら渡したおぼえがある。

君は

「夏」
「マフラー」
「あつい」
「超うれしい」

と、単語途切れ途切れで

息もできないくらい笑いながら受け取ってくれた。



そして今、真っ赤な顔で君が

「わたしこのマフラー気に入ってるんだ」と言ったのは、

冷たい北風が容赦なくマフラーの端をはためかせてマジ寒だからだろうか

マフラーをきつく首に巻いてしまってちょっと苦しいからだろうか

おれのことがすきだけどまっすぐに言えないからだろうか

おれに別れ話を切り出したいからだろうか


「夏にあげてごめんね、マフラー」

「ううん」

「冬にあげたらよかったんだけどね、マフラー」

「ううん、夏でもよかったよ」

「どうして」

「だって」

「うん」

「夏にマフラーを売ってるとこを一生懸命探してくれたなんて、思ったら」



君ははっとした顔をして

ぐっときた顔をして

真っ赤な顔をして


おれは勝手に、ここは勝手に想像させていただいたんだけれども

きっと

「おれのことがすきだけどまっすぐにいえないからだろうな」



思った。



「夏にマフラー売ってるところを一生懸命探して、それをくれたから

そんなおれのことすきって思ったの?」


おれはいじわるに、ちょっとしたサディズムをかもしだして

跡部の振る舞いを加味して言ってみた。


そのときのきみったらもうおかしくて

だって


はっとした顔をして

ぐっときた顔をしたかとおもったら

うろうろと視線をおよがして

目をぎゅっとつぶって

おれの顔に一瞬で近寄って

ああ、キスきちゃうよ

超ラッキー

って



頭突きしてきた。




「・・・い、いたい」

おれは素直にそう言った。

君は相変わらず真っ赤な顔をしていた。


「・・・キスをしようとして勢いあまって頭ごっつんこしちゃった

みたいな展開なんだよねこれは?」


おれが額をおさえながらそういうと、君は、なんと君は!


「頭突きしたかったからしたの!」


と、ちょっと怒り気味に言った。この子も素直だ。

おれの希望的観測はあまりあたったためしがない。



「もう、なあに。どうしたんですかマイハニー」

「だからっ・・・だから、あのね」

「おれのことだいすきなんでしょ」


頭突き!


「・・・痛、いたいよ・・・なんでさっきから照れると頭突きするんだよ」

「てれさせるからでしょ!」

「ソーリー」


ぼくたちはまたくだりみちをくだりだした。

おれが先行して手を引いて歩く。



夕暮れの学校

学校の前の坂道

坂道の 下



おれは唐突に振り向いてみた。


坂の上の学校とおれとの間に、君しかいないことを確認してから

おれは君を抱きこんだ。


「な、なにをするのだね破廉恥だよジロくんジロくんてば!」

「だまってよ、おれだってハズいんだから」

「じゃ、じゃあ放してよ!」

「だって放したら頭突きされるもん」

「語尾がキモいってゆーかなんで頭突きなんかしないってばしないってば」

「するよ絶対」

「しないしないしない絶対!」



「そのマフラー、芥川ジローの手編みなんですよね」





夕暮れの学校

学校の前の坂道

坂道の 下 の夕暮れ



ホワイトデーにあげようとして編みはじめて

夏にあげることになったストライプのマフラー







おれは


頭突きの唇バージョンをくらった。