ひつじB





オレは羊Bの役です。


着ぐるみで、顔だけででてます。
カオナシをふくらまして白くして顔をオレにしたら、こんなかんじです。
オレが羊Bの役になった状況はこうです。
・・・いや、説明するのさえ超テンションさがるので


「なんでオレが学園祭の劇なんか出ることになってんの、宍戸説明よろしく」

「そりゃおまえ、寝てたんだからおまえが悪ぃんだろ」

「寝てる人のを勝手に決めていいのは委員会決めまでだよ」


オレは嘆いた。
この、もこもこの
カオナシふくらまして白くして顔をオレにしたかんじのこの格好で
オレは嘆いた。
おいおいこれ手が顔に届かないんですけど



「でもよお、そん時は忍足が起してたんだぜ?」
「オレおきた?」
「起きた起きた」
「ウソだ。オレは眠ってた」
「おまえ起きて”ラム肉とかいいんじゃないかな”ってしゃべったっつの」
「それ思いっきり寝ぼけてんじゃん!」
「や、確かにみんな寝ぼけてると思ってたけど」
「じゃあなんで!なんでオレが羊役なの。しかもセリフないらしいじゃん!あってもヤだけど
なくてもヤダよ、たぶん」
「まだ台本見てねえの?」
「見てねえの。つーか誰がオレの役決めたのムカツク」

が」

「え」

が、”じゃー芥川くんはラムで、子羊で”って」



オレは、「まじかよ最悪!」とか悪態をつくことができなかった。
だってさんオレの苗字呼んだ、ん だ  ろ?

そんなん

そんなん言われたらオレはこの羊の着ぐるみさえ嬉しくおもってしまうじゃないか
宍戸が鈍感な奴でよかった。
これが忍足くんなら
ツッコまれて
イジられて
オレキレて
メガネ割って
忍足くんキレて
ジャーマンスープレックスだった。
あぶないあぶない。


チャイムが鳴ると
宍戸とオレは同時に顔をあげて時計を見た。



「じゃあ劇の練習してくる」
「イヤなんじゃねえのかよ!」
「イヤだイヤだといってるだけじゃ世の中わたってゆけないよ宍戸」
「は!?おまえさっきまでっ」
「そいじゃ、明日ね」
「このやろー!」






























オレは廊下をかけた。
羊の着ぐるみはとても注目をあつめたけれどそんな目はものともせず走った。
体育の先生とすれ違ったけど、先生びっくりしちゃってて注意されなかった。
だって羊なのに脚速いからさ
あー顔がゆるむ
自慢じゃないけどね
ねえオレ走るの速いんだよさん!
さん!



ガララ!と勢いよく教室の扉を開く。


「遅れました羊B役芥川ジローです!」




そうしたら
さんがびっくりした顔をして
たったひとり、机を全部後ろにさげた教室で
椅子にぽつんと座って台本を手に持ってた。



あれ?
ほかのみんなは?
つーかオレ
勢いで教室にとびこんでみたけど
いかんせん羊の格好なのでこうまでリアクション薄いとすごく恥ずかしいんですけど。




「劇の練習じゃないの」
「いま、おわったところ」
「・・・開始時刻と終了時刻間違えましたごめんなさい」
「いいよいいよ、来てくれてよかった」
さんなにしてたの」
「芥川くんカバン教室にあったでしょう、だから戻ってくると思って待ってた」
「・・・」



これ、

告白されますよ、ね?




「これ台本、まだ渡してなかったでしょう」



そんなわけなかった。
わかってたけど
わかってたんだけれども
中学三年のオレにはちょっとツラかった。
さんはオレの落胆など知りもせずに相変わらず中三とは思えないほど優雅に笑った。
優雅で
朗らかで
ちょっと強引で。





「いいのに。オレセリフないもん」
「でもいちおう」
「じゃあいちおう」


手渡しされたとき、台本の両端を一瞬ふたりでにぎってて
つながったみたいで嬉しかった。
さんはおもむろにオレの衣装をペタペタ触った。



「芥川くん羊似合う」



オレはもはや
いつ君にこの放課後の教室で襲い掛かってもおかしくない。
羊の顔したオオカミなのよ



「寝てるときに決めてごめんね」
「きみは委員長だから仕方ないよ」



オレはさっき宍戸の前でさんざん愚痴ったのに君を弁護した。
オレはオオカミになることもできなかった。
さんは苦く笑ったけれど、それさえ高貴な感じがした。
オレはしょせん羊。


「ありがとう、でも本当に似合う」


ペタペタ
神様ありがとう
ぼくらはとてもいい雰囲気だ。












「実はさん笑いたいでしょ」

「笑わない。だって私にはいつもきみがそんなに見えてた」

「でも羊だよこれ」

「うん。わたしは踊り子Bの役」



「・・・君はちっとも似合わないね」



「えー!」



















逃走した。


オレは逃走した。


100メートル走のテスト時と同じ速度でその場を去った。


羊の着ぐるみがミシミシ言った。


























雰囲気をぶちこわして駆け抜けた先の昇降口に
忍足くんを見つける。


「おう、なんや仮装100メートル走の練習か?」
「ちっ!だっ!さ!」
「落ち着け落ち着け」
「だってさんオレのこと、羊似合うとかいうんだ・・・」
「よかったやんか」
「よくないよ、あの子オレをこれ以上どうしようっていうの」



似合うって言って、あんなふうに
優雅に
朗らかに
高貴に
やわらかに微笑うなんて。



「なんやー、似合うって言われて照れただけかい」
「逃げてきた」
「なんでやねん」
「君はちっとも踊り子役が似合わないって言って逃げてきた」
「なんでやねん!」
「だって、だってあの子はっ!」


「いつだってぼくのお姫様役なんだもん、とか言うたら腕ひしぎ十字固やで」

・・・

・・・あー、いやあ、今ちょっと

着ぐるみ着てるんで技をかけてもらえるかどうか難しいところなんですが。

忍足くん
目が
怖。

オレはスッと視線をそらした。その先の廊下に






さん」






さんは真顔でオレに台本を差し出した。
ああさっき、教室に置いていったんだ。
さんは、ちょっと目が赤くてオレはそれを見たきりもう動けない。
「先帰るで」
忍足くんは気を遣ったのかイジメか、あっという間に昇降口に消えた。
振り返れば、さん













「ちゃんと台本読んで」

「は、はい」



君の声音は真摯だ。
怒ってる。



「ちゃんと読んだら思い出して」



なにを
つーかなんで君はそうまでして必死に一生懸命に泣きそうに
セリフの無いオレに台本をすすめるのだろう

「わたしが芥川くんの役を決めたこと思い出して」

なんで

「わたしが踊り子Bで、芥川くんは羊Bだってこと思い出してっ」

叫ぶようにそう言って、君は橙色の昇降口に駆け込んでしまった。
上履きを下駄箱に投げこんで
外履きに足をつっこんで
かかとを踏んで
こけかけて
出てった。



















怒涛のあとオレは台本をひらく。

”ナレーション「昔々ある国に、美しいお姫様がいました。ある日、隣国の王子さまが・・・”

刷りたての台本なのに折れ目が付いているページ

ひらく



”召使「これは是非とも国を挙げてパーティーをひらきましょう!」
全員「おう!」

(暗転)

(場面:婚約パーティー)
(羊B、踊り子B、上手から手を繋ぎダンスしながら飛び出してくる)”







オレは昇降口に飛び出した。

さんの背中はまだ見える。
オレは上履きのままそこに立ち尽くす。
サッカー部がオレを見ている。
オレはもこもこの
カオナシふくらまして白くして顔をオレにしたかんじのこの格好。
上履きの自分の名前に視線を落として
西日のまぶしさに目をしかめて
嬉しすぎて
もうオレは
眠ってしまいたい



「やっぱオレはひつじだ・・・」
「明日の練習でオオカミになったれ」
と忍足くんが昇降口から飛び込んできた。

「ぎゃーっ!」

「おまえらカワイすぎやろ」
「ふざ、ふざけんな!」

台本を思い切り投げつけると忍足くんのメガネにあたった。
放課後の昇降口でオレは
ジャーマンスープレックスをくらって笑った。








さかさまになった昇降口のむこうの遠くの景色で、
踊り子Bがはにかんで微笑ってた。





オレは羊Bの役です。