そばにいます

いつまでもいつまでも

君が悲しくなくなるまでは

そばにいます






こ は く






授業はとっくにおわった教室で、君は制服のまま机につっぷしていた。
部活を終えたオレが教室に来たのに気づくと、たたずまいをなおした。
けれど目をあせてはくれなかった。
オレはユニフォームのままで、教室の扉に手をかけたまま廊下に立っている。
君の泣く教室に足を踏み入れることができない。

遠くで野球部の声がした。

オレは頬をつたってきた汗をユニフォームの肩でぬぐった。
西日を顔の真横にうけた君はわずかに眉をしかめた。
君は、君の頬を流れたように見えた水滴を制服の袖でぬぐった。
オレンジと黄色の混ざった色の教室では、その水滴が理科の資料集で
見た琥珀にみえた。
それに比べておれの汗の水滴はクサいだけだ。
オレはまだ廊下に立っていた。

遠くで野球部の声がする。

野球部の声におされて、オレはようやく教室に足を踏み入れた。
長く沈黙しすぎて言葉が見つからない。

「・・・みなみ」
ぽつりと君がつぶやく。
「ぁ、はい」
この返事はなかった。
しくじったとおもったけど、きみは軽く笑っただけだった。
「部活おわり?」
かすれた声がそう言った。今にもひっくり返りそうで危うい声だ。



オレはうなずく。緊張でオレの声もひっくりかえりそうだ。
そういえばオレ、さっきからほとんど瞬きしてない。

「そか。おつかれ」
「おつかれ」

逆光のなかで君が笑う。
きみの姿が後光を背負い、不器用に微笑む様子が目に痛い。
不器用であっても微笑みと判じることができたそれも、
5秒と待たずにくずれはじめた。
微苦笑が苦笑へと変わる。さらに苦くなり、ある一点でくしゃりと崩れた。

きみの頬を資料集で見たような琥珀がつたう。
間もなく顔は手に覆われた。
声を殺してる。
苦しそうに肩が震える。
ときおりひくりとはねて、また震える。

どうしよう。

窓からさす西日が君の輪郭を曖昧にする。
オレは君のほうへたった一歩踏み出すことさえ躊躇われた。


息を止めて踏み出して、カーテンをひいた。
君の横を通り過ぎて、教室を西日からすっかり隠した。

「あの、さ・・・まぶしくないか」
「ぅん」
「そっか」
「・・・ぅん」
「元気か」
「・・・っ」

つっぷして震えるきみの傍ら
オレはただ突っ立って
汗が渇いて寒くなるまでそこにいた。

なぜならば

君の手がぎゅっと強く、汗まみれのユニフォームのはしを
つかんでいてくれたからだ。
どうしていいかわからず逃げ出そうとしたオレを君がつなぎとめてくれた。
眉をしかめずにいられない西日もカーテンのむこうに収めた。
君をしっかりと見ることができた。
君がつかむユニフォームのはしさえ愛しいと思った。





返事は返らない



「今日一緒に帰ろう」



返らない



「あんまなんもできないんだけど」



帰ろう



が悲しくなくなるまではそばにいるから」



ユニフォームがのびてしまうかと思うくらい強く引っ張られた。
ユニフォームがのびてだめになってもいいと思うくらい、君が好きだとおもった。





やがて君が顔をあげた。
西日を失って黄金を失った君の水滴は琥珀よりもよほどきれいで
テレた。