忍足はある連敗記録に挑戦していた。わけではなかった。
ギ ネ ス
最初の記録は理科の実験でつくられた。
アルコールランプのふたは小さく、炎に上手にかぶせるのが難しい。
そのときの忍足の班員は跡部と猫田、もうひとりの女子は欠席していた。
「跡部、もうそろそろこれ消して」
「さっきも俺が消したんだろうが、てめえがやれ」
「火が怖いんか」
「見てわからないのか。俺はビーカー洗ってんだよ」
「うん。そん姿笑える」
「そんなにメガネを割られたいか」
「メガネを弱点みたく言うな言うてるやろ」
忍足が跡部といがみ合いながら席を立つと、振動でテーブルの上に
あった試験管が倒れて割れた。
「先生、忍足くんが試験管を割ってしまいました」
跡部が真面目な顔で報告をした。
「なにぃ、忍足ィ。弁償だぞ弁償ぉ」
「すんませーん」
「フン、大人しくおまえが消してれば割らずにすんだんだよ」
「うっさいわボケ」
「ビビり」
「なんやと!」
「わたし消すよ」
ジュ、と小さい音がしてアルコールランプにはふたがかぶせられていた。
隣にいた猫田がやった。
「メガネも試験管も高いし危ないよ」
負け#1:アルコールランプのフタをするのが火が怖いと思われた
(しかもたしなめられた)
次の記録は体育のマラソンの授業で達成された。
トップを走るのは忍足と跡部である。
ラスト一周、二人は互いに意地になって走っていた。
しかし、今日の忍足はやたら快調で最後のカーブの手前で
跡部を抜かすとそのまま独走。一位でゴール地点にたどり着いた。
「おー、今回はいいタイムがでたな忍足」
息を整えるためにうろうろ歩きながら、
後続の猫田が一位の忍足を見て少しは「かっこいい!」とか
言ってくれるのではないかと妄想していた。
「忍足。顔がにやけているぞ」
「気のせいとちがいますか先生」
「それにしても2位が来ないなあ・・・」
体育教師がストップウォッチを見ながらそわそわし始めた。
確かに遅すぎる。
忍足も跡部は数秒後に来るものと思っていた。
そしてようやく走ってきた二位の男子は跡部ではなかった。
二位の男子は息を切らしながら校舎の向こうを指差す。
「先生、向こうで猫田さんが貧血で倒れました!」
「なに!大変だ!」
体育の先生は慌てて指差した方向へ走り出した。
忍足は先生より早く走り出していた。
するとやってきた三位の男子が叫んだ。
「もう保健室へ連れて行きました!跡部が」
負け#2:跡部に先を越された
その日の体育は水泳だった。
向こうのプールサイドには女子が集まっている。
忍足は正直水泳が得意だった。
小さい頃から小学校卒業まで続けていた。
ここはひとつ華麗なクロールでも見せて株を上げようと目論んでいた。
「忍足ぃ!メガネしたままゴーグルする気か!」
男子担当の体育教師の声は大きく、
プールサイドに響き渡った。
負け#3:「忍足ぃ!メガネしたままゴーグルする気か!」
再び理科の授業、実験室での出来事だ。
ガスバーナーの火でビーカーの水が温められている。
「忍足、水の温度はかれ」
「命令すな」
しぶりつつも過去の教訓から忍足はビーカーに身を乗り出した。
すると、
ぶわっ、と
メガネが一気に曇った。
あわてて顔を遠ざけ、真っ先に猫田の様子を覗うと猫田はぱっと目をそらした。
まわりをみると全員が机を叩いて笑っている。
猫田も顔をそらして肩を震わせていた。
「・・・跡部、たのむわ」
忍足はうなだれて席についた。
跡部はやや同情気味にビーカーの水の温度を測った。
負け#4:メガネがくもる
掃除のあと、猫田は黒板を綺麗にしていた。
忍足は席について日誌をつけている。
ふたりきり、である。
忍足はクールに日誌を書いていると見せかけて激しく葛藤していた。
(こんなチャンスは滅多にめぐってくるもんやない。逃したら
男やない。やっぱここはがつんと男らしゅうダメもとで告って。
カバンもって告るのがええわ。それやったら断られてもつかたぶん
断られるんやけど、そのばあいカバンもっとったほうが自然に
帰れるやんか「すまんかったな。それじゃ」とか軽く手ぇあげて。
ってなんで断られるシミレーションしとんねん。告白ん時の
シミレートせなあかんのになんや頭こんらんしてきたあかんあかん
まずは猫田に声かけるとこからせな)
カタンと小さな音がして猫田は黒板消しを置いて教卓にあった自分の
荷物を掴んだところだった。
(あ、あかん!帰るな!)
「猫田!」
忍足は慌てて荷物をカバンに放り込み、猫田の前まで行った。
「猫田、あんな」
猫田は目をぱちくりさせて忍足をみあげた。
(か、かわいい・・・ってそんな場合ちゃうわ!落ち着け落ち着くんや侑士!
普通に、きどらず、好きや付き合ってくれんかって言うだけやそんだけの
はなしや。合言葉は『焦るな逸るなためらうな』や!)
「俺な」
「カバン開いてるよ」
「へ?」
カバンのチャック全開だった。
(しもたーっ!!)
負け#5:カバンのチャック全開
猫田は少し笑った。
「忍足くんって結構慌てるよね」
「それは猫田が好きだからや!」とは言えず、忍足は心で泣きながら
カバンをしめた。
「そんな忍足くんが好きです」
負け#6:先に告られた
「よければ私と付き合ってください」
忍足はメガネが、いや頭が真っ白になった。
ここまで負けに負け続けてかっこいいところは
ひとつも見せられなかった。
そればかりか一番肝心なところでは先手をとられた。
しかし、忍足はふと気づいた。
ある意味負けだが
ある意味勝ちだ、と。
「よ・・・ようやく勝った・・・」
「勝った?」
「ああなんでもないこっちの話」
猫田は少し首をかしげながらも忍足の言葉をまっていた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
「・・・よかったぁ。絶対断られると思ってたの」
「それはこっちのセリフやわ」
忍足はくらくらする頭をおさえながら必死に返した。
「びっくりしすぎてメガネ割れるかと思った」
「やっぱりメガネが急所なんだね」
「なんでやねん」
猫田は嬉しそうに笑った。
勝ち#1:結果オーライ
その頃、廊下での出来事。
「おら、ひとり1000円よこせ」
「チッ。跡部の一人勝ちかよ」
「ぜったい負け記録10までいくと思ったのにー」
「しー!声がでけえよ。侑士と猫田に聞こえちゃうだろ」
「下克上だ・・・」
「なに、おまえ猫田のこと好きだったのかよ?」
「宍戸センパイには関係ありません」
「んだとテメー。センパイに向かって!」
「バッ!宍戸先輩声が大きいですよ」
「いまバカって言おうとしただろ長太郎!」
「ちょっと宍戸やめなよ。忍足が気づいちゃうよ」
負け#7:次の日には全校生徒に知られてた。