オレの熱は40.9を記録していた。


あと

もう

ほんの少し

上がると


オレは死んでしまうかもしれない
どうりで息が苦しい
目が開かない。
身体が重い
でも、腕を上げてみる。
天井と、自分の顔の間に手のひらをかざす。

オレの手のひらはマメが多い。
少しだけ指を動かすと、痛かった。
熱のせいだとわかっていたけど、マメのせい、と声もなくつぶやいた。
いや、
マジ
声もでないよ。

中学生のくせに一人暮らしをしたわが身を呪う。
そして、この世にケータイが生まれ、メールができるように進化したことを寿いだ。





「千石くんっ」

君の声は流れうつ水のように心地よい。

「千石くん、熱、熱がたくさんあるのね」

君の手のひらはものすごく冷たくて、びっくりした。
けれどおかげで意識がちょっともどってきた。

「やあ」

オレは声をだすことに成功した。
笑うことにも半ば成功し
君の冷えた手の理由をきくことには失敗した。

ちゃん』と、

ただそれだけ書いたメールで、
君は手袋をするのも忘れて走ってきてくれたんだね。
外はそんなに寒かった?
ごめんね

君は泣きそうな顔でオレをみて
涙を殺して
立ち上がった。

「大丈夫、大丈夫」

君は自分にも言い聞かせるようにゆっくりとつぶやいた。
オレに毛布をかけなおし、ハロゲンヒーターを少しオレに近づけて
フラフラした足取りでキッチンにはいっていった。
水音がきこえたあたりで、オレは意識をとばした。

目を覚ますと、君はベッドの傍らで薬の箱の裏を読んでいた。
「お水飲める?」
オレがまばたきでうなずくと、目の上のタオルがおちてきた。
君がのっけてくれたらしいそれは、だいぶぬるくなっていた。
「タオル、冷たくするね」
君はタオルをもってキッチンへ行った。
ずっとつきっきりでいてくれたらしい君の足取りは、やはり危うい感じがした。
ごめんねだいすきだよありがとう
君はコップとしぼったタオルとウィダーインゼリーをもってもどってきた。

水は冷たかった。
タオルも冷たかった。
ウィダーインゼリーは食べれなかった。
君は泣いた。

「なかないで、ちゃん」

水のおかげで声が出た。
だいぶ小さかったオレの声を、君はちゃんとひろってくれた。

「千石くん、千石くんはやく元気になって」
「うん。がんばるね」
「がんばらなくていいから・・・!私が千石くんのがんばるぶんはがんばるからだから、だから」
ちゃん、たくさん泣いたの?ほっぺたが赤いよ」
「できることはなんでもするから、そんな弱弱しくしゃべらないで」

君は必死だった。
オレはというと、君が泣いてしまったことを半分悲しみ、半分うれしく思っていた。
だって気丈な君がぽろぽろと涙をこぼすのなんて初めてだから。
でも困ったことに、どうやってなぐさめていいかわからない。
抱きしめたくても起き上がれない。
ここぞというときに、オレはラッキーを発揮できない。

「ね、ちゃん」
オレのかすれた声はまた、君に届いた。
「マンガでさ、風邪引いた人はセックスすると治るってみたんだけど」
君はきょとんとして
オレがここでいつものようにヘラヘラ笑えば、デコペンか膝カックンされてオチがつくんだけど、
今日のオレってば表情真顔でかえられなくて。
ごめんよ。

冗談

冗談だから

冗談なんで

そんな、ほんとにセーターをたくしあげなくて結構ですので!


オレは今のオレのできるかぎりの速度で
「冗談ッス」
と言った。
君はぱっとセーターをもとにもどして、はずかしそうに正座をした。
あ、ちがうなあ。
君の顔や耳が真っ赤なのは
はずかしそうなんじゃなくて、泣きそうなんだ。
「千石くん・・・、し、死ぬの・・・?」
オレと同等かそれ以上に弱弱しい君の声。
「えー、死なない」
「でも・・・こんなに熱が高い・・・」
君は耐えられなくなったようで、ぼくのベッドに顔をうずめた。
「だいじょうぶ」
オレは手を何とか動かして、君の頭をナデナデしてあげた。
「オレ、平熱39度だから」
言った瞬間にガブっと手を噛まれた。
「びょ、病人にはやさしく・・・」
「ほんとうに、千石くん、どうか生きて。わたしが死んでしまうから、だから生きて」
「それならぜったいに生きるしかないよ」
「うん」
「やくそくするよ」

オレがなんとか小指をたてると、

君は

小指どころか手ごと握ってくださった。
君の歯形のついたオレの手を両手でぎゅうと握ってくださった。
それで頭を垂れて、
まるでお祈りするみたいな格好だ。


涙をたくさん拭いたせいだろうか、君の手のひらはとても冷たい。
オレは力がでなくて、握り返してあげることが出来なかったから
せめて、強い声で

「だいじょうぶ」

と言った。



君はそのまま、緊張の糸がきれたようにコテンと寝入った。
僕らの手が汗ばんでも、不快だとおもわなかった。
だいすきだ。






 - - -

次の日のお昼くらい、


オレの熱は36.5になった。
君は「36.5」と表示された体温計を両手でかかげて、真っ赤な顔をして笑いながら
部屋中をふらふら走り回った。

ちゃん、そんな走り回ってるとタンスの角に小指ぶつけてもんどりうつよ」

だいぶ元気になったオレはベッドから身体をおこして
その様子を微笑ましく見ていた。
そしてふと思い出す。
「あ、これでセックスできるじゃん!」
ふざけてオレが言うと、君は

その場にぺたんと倒れた。

「じょ、冗談っす!冗談っす!なにそのリアクション!ちゃん!?」

駆け寄ると、君は真っ赤な顔で
目が潤んでいて
うーうーと苦しげにうなっていた。
君のおでこに触る、・・・と



「きゃー!!救急車!薬!南!」













 - - -


大慌てで呼び寄せてしまった南が、オレの家についたころ
君の熱は40.9を記録していた。


ちゃんに風邪をうつしちゃったんだよ、南!」
「は?」
「どうしよう!ちゃんがオレの風邪のせいで死んじゃう!」
南は怪訝な顔をした。
って、おまえより前から風邪で学校休んでなかったっけ?
「へ?」

君と同じクラスの南によると、君は
ひどい熱風邪にかかっていたらしい。
しかもオレより前に。
オレの部屋にかけつけてくれたとき、目が赤かったのは泣いていたせいじゃない
顔が赤かったのも
手が凍るように冷たかったのも
足取りがおぼつかなかったのも

南はこたつにはいって、みかんを食べながらこう云った。

「なんで病人が病人を看病してんだよ」





「!」










君は
オレのベッドの傍らで
ずっと
オレのことを気遣って
水をくれたり
タオルをくれたり
半脱ぎしてくれたり
手をつないでくれたり
オレの命を想ってくれたり

オレは君の横たわるベッドの傍らで君の手を握った。

「千石清純はきみのことをだれよりも大好きです」

うっすらと目を開いた君は、まばたきでうなずいておでこからタオルが滑り落ちた。
そのおでこにオレはやさしくチューをした。

あつい   


















 - - -

目に見えないハートマークの充満する部屋の中、
南は思った。

俺、なんでここにいんの 、と。

彼はまだ、目に見えないハートマークのほかに
風邪ウィルスが充満していることには気づいていなかった。