ス ノ ー ス マ イ ル




千石は頭のいい人です。
きっといろいろなことを考えているのだろうと思います。
色々考えた末に、或いは考えているからあのように明るく
振舞えるのだと思います。だから一生懸命に人を愛することが
上手いのだとおもいます。
あまりに上手すぎて私は以前からある疑念を抱いています。
千石のそれは一生懸命に人を愛するふりなのではないかと。
女の人なら誰でもいいのではないだろうかと。
性欲をお手軽に処理するためにわたしのそばにいてくれてい
るのではないか、と。
私には、学校の帰りに彼と並んで手を繋ぎゆっくり駅まで歩くこと
だけが全てのような気がするのです。
それだけが唯一無償の行為のような気がするのです。

だから、いつかこの手の均衡がやぶられたとき、
(この手が彼によって引き寄せられるときです。)
そのときにはわたしは自らその手を振り払います。
そして、平手打ちと巴投げで終止符を打ちます。

しかしながら彼が円滑な性欲処理を目的とせずに
そばを歩いてくれているのだとすれば、私は彼に
なんと言って謝ればいいのか想像もつきません。









寒い冬の日、帰り道で君はいつものようにずっと黙ったままです。
オレはやればできる子、つまりやらないからできない子のようで
成績はオール2、体育だけ5です。
ましてやエスパーでもないんだけど、一つだけわかることがあります。
君はオレのことが嫌いみたいです。
それだけはわかって他のことはなんもわかりません。
オレが告白したんですけども、告白までのオレの心理変化はこんな
感じです。


びっじーん!
 ↓
でもちょっとガードかたいなあ
 ↓
なにこの女
 ↓
でもやっぱ美人だしなー
 ↓
おいおいちょっとくらいこの清純君をチラ見してくれよ
 ↓
レズさんですか?
 ↓
ちがうんですね
 ↓
そうか
 ↓
よかった
 ↓
よかった
 ↓
よか・・・
 ↓
なにをマジで喜んでいるだ、オレは。




んで、こっちから告白してみて奇跡的に付き合うことになったわけです。
んが、何を考えているのかさっぱりわかりません。
何を考えてんの
オレに何を見てんの
こっちをじっと見て、こっちから目を合わせると視線をはずして
そのあとその目はどこへやんの。
オレ以外のものを見るくせに。
それならどうして告ったときにオレの目を見て「うん」と頷いたの
オレの目を下から射るように見上げて、訝しげなその目をむけて。

それでもオレは、
その目の白いとこの白さと茶色いところの水晶のようなのを見て
それが長い睫毛で縁取られているのを見て
君が好きだよと言ってしまった。
失敗だったかもしれない。
だって

君はオレを絶対好きじゃないのに
オレは君を絶対好きだから。








「ねえ、はさー」
って呼ばないで」
「清純って呼んでいいよ」
「呼ばない」
「つまんねー女」









彼は手を頭の後ろに組んで面倒そうに溜息をつきました。
いつも笑う目が暗い道の端を見て
私は彼の様子を盗み見て
静かに呼吸します。
彼の落胆に心臓が跳ね上がったことを悟られてはいけません。
今もまだ、左胸で激しく跳ねていることを悟られてはいけません。

彼が私の横に並んで歩くのは、円滑な性欲処理を目的にしているに
違いないのですから彼の女関係の派手さと軽さは他校にも及ぶほど
なのですから私がいくら彼のことを好きになってしまっていたのだとし
ても彼が私のことをかけらも想っていないのだとしたら、それほど
かなしいことはほかにありません少しだけ想われているのだとして、
それが性欲に起因するものならそれほど屈辱的なことはほかにあ
りません。女の子なら誰でもいいなら他をあたってください
ああ、失敗だった。
どんなに彼のことが好きだったのだとしても、告白された時には
断るべきだった。だって

彼は私を絶対好きじゃないのに
私は彼を絶対好きだから。


「...寒い」


沈黙に耐え切れずつぶやいた私の手は
間もなく彼のコートの右ポケットに招き入れられました。
バンプオブチキンの歌のようです。










オレが突然君の手をとってこのポケットにいれたことを君はどう思うだろ。
君はバンプオブチキンの曲を知っているだろうか。
『君の冷えた左手を僕の右ポケットにお招きする』というフレーズが
あるんだけど。
いい歌なんだけど知らないかな。
知らなければ、名前を呼ぶことさえ許してくれない君だ。
怒ってひっぱたかれて”わかれて”とか言われるに違いない。

それでも好きだ。

君のそのいぶかしむ目さえ好きだ。

ちきしょう

冷たい手

放して、とかいわれたらすごいツラい。


君の目がオレを見てる。
あんま見ないで
今オレ鼻が赤くなってるから
寒いとこで緊張すると、すぐこうなる。
マフラーしてくればせめて顔をうずめられたのに。
こっぱずかしいんですけど

それから

とにかく

なんでもいいから


ヒくな!



















「スノースマーイッ!」

でかい声で。
手を放さないで
頼むから
空気が冷たい
喉いてぇ!

「スノースマーイ!!」

















千石はまた歌いました。
突拍子が無くて、音階をまるきり無視してて
口で息をしながら泣きそうな顔をしてて。
いっぱいいっぱいだ、と白い息が物語ってて。
かわいそうに見えてきて

「あ、あの」
「...っんでオレのこと疑う目ばっかするんだよ。オレのこと嫌いになら最初から
そう言えよ!付き合い始めてからオレのこと嫌いになったならごめんなさい!」

彼の泣きそうな顔をみたら

もうそれきりどうしようもなくなってしまって

ごめんなさいと謝りたくてしかたなくなりました。

「思ってること何も言わないで悟れみたいにされてもオレ体育以外ぜんぶ『2』だからわかんねーッス!」

なおすっつーの。
のためだったらなんでもなおすっつーの!
なんで目だけ疑ってオレの横に立つんだよ。
オレがどんだけ、どんだけ
どんだけ・・・

「スノースマーイ!スノォースバー...」

喉になんかひっかかって、大きい声がでなくなった。
もうどうしようもなくなってしまって
頭をさげた。

「オレのこと好きになってください...」























「ごめんね」
「...そのごめんねは、ごめんね私千石のこと嫌いなの、のごめんねですか?」
「ううん」

君の右手が、オレの頭にのった。
指が緊張しながらオレの髪を触る。

ポケットのなか
触れ合ってる指がビリビリする。
が帯電してるみたいだ。

「嫌いにならないでくださぃ...」

と、消え入るような声が言った。
見れば君の息は白く、指は震え、表情は強張り
目に痛い。
痛そうだ。



抱き寄せてみてもいいのかな
こういうこと考えるとこが嫌いなのかもしれないから、
怒られないように聞いてみよう。
「抱きしめていいですか」
頷いて、「ごめんね」と繰り返す君の息はやっぱり真っ白だ。
どうして謝られているのかわからないから「もう謝らなくていいよ」
とも言えず、君の喉がつぶれて声が消えるまで抱きしめたまま
聞いていようと思う。
それからカラオケの約束をとりつけよう。
カラオケでスノースマイルを歌うころには君が少しでもオレのことを
好きになっていてくれたらと、「ごめんね」を聞きながら祈っていた。