少なからずぼくらを別つ春





ひらりひらりと舞う花弁
色は桃色
季節は春
私の右手は彼の左手と繋がれています。
彼は鮮やかに笑います。
彼と私を少なからず別つその日にも、彼は鮮やかに笑っています。
袖のボタンまですべて奪われてしまった彼に、私は懸命に笑いかけます。

「全部とられちゃったねぇ」
「欲しかった?」
「ちょっとね」
には俺の上履きあげるよ」
「勘弁」

彼はまた笑いました。後輩から貰った花束を脇に抱えて、
彼と私の間におちる花弁を目で追いました。

「なんだっけかな。桜の花びら取るとえっと・・・」
願いがかなうんだっけ?と彼は尋ねました。
私は首を僅かに横に揺らして、知らないと応えました。
笑っていたかどうかはわかりません。
もしも私が頷いて、彼が願いをかなえようとその花びらをとろうとしたら、
この右手と左手ははなれてしまうでしょうから、私は頷くことは出来ませんでした。



君は少し苦しそうに笑います。
俺は、ただ君が卒業の悲しみに耐えているからだと思いました。
けれどあとから、繋いだ右手が強張っているように感じて俺は気づきました。
君も俺と同じことを考えているのだと。
俺と君は違う学校へ進学します。

桜がひらひら舞って、俺と君の間を通り過ぎました。
少し強い風が吹いてたくさん通り過ぎていきます。
俺と君との間を小さく切り裂くように。

俺は、やめろよ、と思いました。
桜が君を持っていきそうです。
「桜すげぇー」
「すごいねぇ」
「咲くの早くない?」
「ん。早い。入学式には完璧に散りそうね」
「桜咲いてない桜の木の前でクラス写真とるのって微妙じゃね?」
「微妙。一昨年そうだった」

時間も年月も確実に通り過ぎて行っていて、花びらが通り過ぎるのに重なります。
それならば俺は、世界中の全部の植物を枯らします。
もう絶対に咲いたり育ったり散ったりしないように、根っこもぐだぐだに砕いてやります。

「もう時間なんか止めるから、行かないで」
「俺だって、もう時間動かないように全部止めて見せるから」
「無理かな」
「無理じゃないよ」



俺は
 私は
君と
 彼と
額を合わせた。

「無理じゃないね。風止んだよ」

君は目の端に湛えられた涙をこぼしながら笑った。
桜吹雪も止んだ。




花びらが俺たち隔てる前に
私たちは長いキスをした。
この想いがエネルギーとなって世界をとめることさえできればいいと、
繋がった手の中で祈っていた。