階 段 コ ン ト







「いいっ!?」

オレは自分でもびっくりするような言葉で驚きを表現した。
いいっ!?ってなんだよ、いい!?って。
わーとかぎゃーとかならわかるけど、
昼休み、階段を上っていたらあと一段というところで足を踏み外した。
そして、「いいっ!?」と叫んで、ギリギリ手すりを掴んでもちこたえた。

「大丈夫かよ千石」

「・・・わ、わー!超ビビッた!」

オレはできるだけ大きな声で言う。
ここはきょろきょろせずに堂々とビビッた具合を表現するのが
一番恥ずかしくない方法だと思う。

でも

















「もー絶対だめだよ絶対嫌われたよ絶対おわったよ!」

教室で泣いた。
南は頬杖をつきながら、つまんなそうに聞いてる。

「あり得ないよ、階段ですべるってあり得ないよ」
「あり得るだろ」
「南はそういうキャラだからあり得るけどオレはあり得ないよ」
「いや、あり得るだろ!」
「だって後ろにさん居たじゃんかあー」

そうだあのときさんがオレの後ろのほうで階段を上っていたんだ。
ほかにも人は居たけど、さんだけは居ちゃいけなかった。

「おまえ自意識過剰。は気にしてないって」
「だまれジミン」
「え、意味がわからない」
「地味の国の住民、略して地民」
「・・・」
「うっそ、嘘だって。そんなめっちゃ今足踏まれてますよーぼく足踏まれてますよーおまわりさーん」

南に足踏まれた。
痛い。

いや、さんに「いいっ!?」と叫んでスベったのを見られたほうがずっと痛い。


「おまえ気にしすぎたよ」
「わーってる。わかってるけど」
「だってが階段でスベったって別に嫌いになったりしないだろ」
「しないしない、むしろ好きになるよ」
「それはどうかと思うけど」
「だって階段の上でこけたら、後ろ歩いてるオレってばパンツ見えちゃっていちご100%みたいになるかもしれないだろ」
「・・・3組行ってきていい?」

南は心底嫌そうな顔をしてそう言ったから
オレは机に額をこすりつけて行かないでとお願いした。
今ひとりにされたら
オレは一階の窓から身投げしかねない。

「友だちなら慰めてよ」
ったくおまえはいつもそうやってふざけ半分でうんたらかんたらと言いながら、
南はまた席についてくれた。
ほんとこいつイイ奴だよ。

教室では

日直が黒板を消したり
黒板消しクリーナーがブイーンって鳴ってたり
次の英語のノート写してたり
半開きの掃除用具入れを閉めようと格闘したりしてる。

オレはそれら若人の姿を虚ろに眺めて、シニカルに笑うのだ。


「みんな幸せそうだな」
「おまえの頭ほどじゃないよ」
「オレの悩みは観察池よりも深いっつの」
「だからさあ、別に俺がコケてもなんとも思わないだろ?」
「そんなことないって!友だちだろ!」
「え、あ、ありがと」
「うっわダッセ!って」

ガコン!と向き合っていた机が揺れた。
南が机の脚を蹴ったらしい。

「もう知らないからな!」
「えー嘘ー、うそだよー」

「千石くん」



オレは
今月最大の驚きの表情をしていたと思う。
横に立っているさんを見て、息をするのもわすれた。


「教科書ありがとう。これはお礼」


四時間目の前にさんが地理の地図帳を探し回っていて、
オレは、机の中に入れっぱなしだった地図帳をすかさず渡したんだ。
昼休み、帰ってきた地図帳にはのど飴がのっていた。
オレはまばたきせずに、口をあけたままでそれを受け取る。
聞かれてたらどうするのオレ
聞かれてなかったとしても、あんな「いいっ!?」って叫んだのを
見られたオレは、どんな顔してこの子と話したらいいの。
ねえ南、南たすけて。


「さっきすごかったね、階段で」

オレは無意識に南の制服をひっぱっていた。
見えないように机の下で。


「ちゃんと掴って止まるから、やっぱり動体視力良いんだ千石くんは」

褒め、られ、た?
チャイムが鳴った。

「じゃあ」

さんが軽く手を振って教室を出て行く。


オレの頭の中では、チャイムが結婚式に鳴る鐘の音に聞こえてる。






「・・・南、愛してる」
「はいはい」







それから毎日、ラブチャンスを狙って階段でコケ続けています。
この前、コケたふりしてから振り返ったらあっくんがびっくりした顔をして両手を突き出していました。
咄嗟に落ちるのを止めようとしてくれたらしい。

階段って、恋と友情がつまっているようです。