「明日、あの国立公園へいくから」
「え、明日?」
「そうだよ」
「明日は学校じゃない」
「君がどんなに数学の小テスト第四回をうけたくても」
「そんな急には」
「どんなにはなまるマーケットがみたいっていったって」
「それは見たくない」
「じゃあ行くっきゃないよ!」













ウ ィ ン デ ィ













その冬の日はとても風が強かった。

とても強かった。

強すぎた。



びびった。



「なん、か、風強くない?」
「強い・・・かも?」
「強いよ!」
「ごめ」

君がちょっと怒ったのでオレは、日を誤ったことをようやく認めた。

オレと君の町にある国立公園はとてもひろくて、
丘とか川とか
どこまでも続く野原とか
そういうのがある公園がある。

オレと君は手をつなぎ、園内をどこへともなく歩いていた。

「いま、わたしたちなにしてるのかな」
「そりゃもう、まごうことなき・・・・散歩?」
「疑問形なの?」
「・・・散歩です!」
「迷子だよ!」
「チョごめ」

君がまたちょっと怒ったけど、君はオレの事を怒るべくして質問したのだと
おもうから、オレは謝るべくしてボケたのだ。
だから謝る。

「やっぱちゃんはツッコミだよね」

君は無言で足元の枯葉をおもいっきり蹴り上げた。
オレは粛々として黙らせていただいた。

一緒に歩きながら、手をつなぎながら歩きながら
オレはちらっと、君のほうを見る。
君はそっぽむいていた。
耳が赤いのだけわかった。
やっぱり怒っているか
実はあきれているか
受けなかった数学の小テストを後悔しているか
泣いているか
奇跡的に、笑っているか

もうずっと

君の笑った顔を見ていないんだ。
だから笑っていたらオレはどんなにうれしいかしれないけれど
でもきっとそれはない。
だって君の耳が赤い。



君の
ママとパパが、
君の悲しみを600mくらい遠くにおいて
勝手に離婚してしまうそうだ。
君は、離婚の日が明々後日にせまった昨日という日まで、
そのことをオレにひとつも教えてはくれなかった。
たったひとつも教えてはくれなかった。

オレはほんのひとかけらだって、君の悲しみをしらなかった。

うつむく君からそのことを告げられて、
オレはようやく
ここ4ヶ月ほど、君のふさぎこんでいた理由を知った。
急速に知った。
こんなにあっさりと急速に知ってあげられた君の悲しみを
オレはひとつだってしりもせずに

時に、

『どうしてそんなにおもしろくない顔をすんの』
『オレといるのそんな嫌?』
『ちゃんと笑ってみなよ。笑えば元気になれるから』
といったような、

歯がういて

空を飛んで

大気圏をつきぬけて

馬頭星雲まで行ってもかえってこないようなセリフを

オレは君に言っていた。
君はオレの言葉を怒りもせずにきいて
うつむいて耳を赤くしていた。



昨日、
夕暮れの教室で君に打ち明けてもらった。
オレは君のことを
ぎゅっと抱きしめるより先に
やさしくキスをするより先に
うつむく君の赤い耳をさするより先に

(オレはなんてことを言っていたんだ)と、

エゴ丸出しでオレ自身を省みていた。

どうして言ってくれなかったの、とはいえなかった。
だってオレは
ああなんてオレは、
あさはかに・・・!

立ち尽くしたまま動けない
息が詰まって声が出なくて
いつもヘラヘラ笑っていられるのにこんなときに限って
頬が凍りついたみたいに動かない。

「気にすることないのよ」

君はひどく憔悴した様子で
けれど子供に絵本を読みきかせるように
正しいことを説くように、



まちがったことを言った。



君がどんなに怒っても
絶対に

気にしないことだけはしない。

しない

しない

してやるもんか






ちょっと(わりと)強い風のふきぬけたところで
オレは足をとめた。
オレと君の手はつながっていたから、君もとまった。
君はオレの半歩前に立っていて、振り向いてくれなかった。

「泣いてるの?」
「ううん」

君は振り向かずに応えた。

ちゃん、ちょっと痩せたよね。何キロへった?」
「・・・」

応えなかった君の手は、付き合い始めたころよりずっと
指は細く、甲に骨が浮き出て、力ない。

それでも大好き

「ねえ答えてよ、不躾なのはわかってるけど」
「はちキロ」

君の声が震えたのをオレは聞き逃さなかった。
君が急激に細くなったのは、ここ二ヶ月のことだ。

「ねえちゃん」
「・・・」
「オレはちゃんと結婚しないで、それで、ずっと隣の家に住むから」
「・・・」
「だからひとりになんかしないよ」

君がぐっとあごをひいた。

「だって結婚しなかったら離婚なんかしないでしょ」

君はつないでいた手を放そうとした。オレはそれをはなさない。
君はもう片方の手で顔を隠した。

「結婚しないから離婚しない。でもずっと仲良し」

君は・・・震えていた。

「オレがずっと仲良しでいるから」

強い風の中
君を学校指定のコートでまるごと抱き込んで
君はオレの学校指定のコートのなかで顔を見せないように泣いた。

「ごめん、ごめんね千石」

消え入るような声がオレの学校指定のコートの中でそう言った。

「あと三粒でおわるから」

と、君は無茶なことを言った。涙は三粒以上流れつづけている。
抱き込んだはいいが、どう声をかけていいのかわからないオレに
君の声が響く。

「大丈夫、大丈夫、千石がそばにいる」

君の唇はオレの心臓のあたりだ。
君の声がわずかな振動になって、オレの心臓をぎゅっとしめつけて
小さくツッコムので精一杯だった。

「・・・それ、オレのセリフじゃん」

顔を伏せて涙をこぼす君が
ほんのすこしだけ
微笑った。














オレと君は


君が笑わなくなっても

強い風がふいても

君が枯葉を蹴り上げても

オレが突然立ち止まっても

抱きしめても

君のママとパパが離婚しても

歳をとっても

寿命がきても

魂が抜け出して空を飛び大気圏を越えて馬頭星雲までいって

もう永遠にかえってこなくても

君の涙と鼻水がオレの制服についても

サボリが学校にバレて伴爺に三時間説教(正座)されても


それでもオレと君は

ずっと仲良しなのだ。