元凶は不二だと、そう主張したいが
できない。



或る友人の話



「次の日曜日お休みなの?」
「ああ」
「・・・そうなんだ。そうかそうか。うん、ゆっくりして身体を休めてね」
言葉を飲み込んだように聞こえた。
はどこかへ行きたいか」
「私?わたしは全然気にしないで。なにいってるのよ手塚君ったら」
無理して笑っているのは、俺にもすぐにわかった。









付き合い始めて3ヶ月。
が俺を待って一緒に帰るのは毎日のことだ。
しかし、それ以外に会うのは廊下ですれ違う程度。
ここまでの戦績。
デート:0回
互いの家に行ったこと:0回

それを不二に言ったとき、
奴はいつものとおりに微笑ってこう云った。



「 サ イ ア ク 」



彼氏らしいことはなにもできていない。
こうして一緒に帰れるのもが遅くまで残っていてくれるからであって、
俺自身が努力したことではない。
そう不二に言われるまで気づかなかった自分にも腹が立つ。


この"サイアク"の状況を打開するにはどうすればいいか、自分なりに考えた。

指名してこない先生の授業中、不謹慎とは思ったが内職をさせてもらった。
レポート用紙に思いついたことを走り書きをする。


 ・デートに誘う

  >行き先
   1.映画
   2.遊園地
   3.ショッピング
   4.動物園
   5.テニスコート
   6.山
  
  >行き先別 傾向と対策
   1.映画:ぴあ購入。流行の映画をチェック
       ホラー:が苦手なもの、却下
       SF:有名なものがあれば。
       コメディ:俺が笑わないことをが気にする、却下                   
       スポーツ:見たい
       感動もの:が泣くと哀れ、却下。
       アニメ:わからない
       恋愛もの:が見たいなら見たい 
   2.遊園地:二人分のフリーパスを買うお金をためる。→間に合わない、却下。
   3.ショッピング:新宿、渋谷周辺
           ↓
           そういう店についてよく知らない
           ↓
           知っている奴に聞く
           ↓
           不二、菊丸、桃城
           ↓
           確実に尾行される
           ↓
           却下。
   4.動物園:そんな歳ではない、却下。
     
   5.テニスコート:にテニスを教える。→自己満足に陥る可能性が高い、却下。
   
   6.山:山は良い。






俺は『山』に赤いペンで丸をつけた。

決定だ。



行き先は『山』だ!



★ ★ ★



昼休み、綿密に練り上げた登山計画書を不二に見せた。
女性の扱いが上手い不二に一度おうかがいを立てるのは賢明だろう。

不二はレポート用紙を見るなり、にこりと微笑った。



「バカじゃん?」



・・・え。



「ピクニックに誘うとかならまだしも、山ってなに?山って。いまどきの
女子中学生が山なんか行って喜ぶと思ってるのかな。手塚らしいけどさ、
これをちゃんに行ったら確実にヒかれるから気をつけてね」

バキュン、と不二は銃の形にした手で俺を撃った。

そうか・・・

山は、

山は嫌いか、・・・。



ちゃんのことも考えてあげなよ」
「ああ」

恋愛というのはお互いの相互理解の上で発展していくものであり、相手のことを
思いやってこそ充実していくものだと思う。
今まで書いたこのレポート用紙の内容は、のことを思いやらない、俺の身勝手な
計画ということだ。

いたらない。

危うくに嫌われてしまうところだった。
不二に意見を聞いてよかった。



「どこに誘えばいいんだろうか。不二の意見を聞きたい」
恥など気にしている場合ではない。
これものためだ。
最善をつくそう。

「家にでも誘いなよ」
「俺の家で何をするんだ?遊ぶものなどもっていないぞ」
「勉強会」
「ふむ。それはいい考えだ」

「と言っておいて、エッチしなよ」

「・・・・・・」


ど う し た ら い い ん だ



「そ、それは時期尚早というものでは・・・」
「付き合い始めて3ヶ月経ってろくにデートもしないことのほうが問題だと思うよ」
「だがの意思が伴わなければ」
ちゃん可愛いんだから、ぼやっとしてると他の奴に食べられちゃうよ」
「え?」

「僕とか」






っと、不二に(微笑みながら)云われて、思わず招いてしまったこの事態。

「手塚くんの部屋って感じだねぇ」

久しぶりに部活が休みの日曜日、を俺の家に呼んだ。
”勉強会”、だ。
の私服をはじめて見たが、らしい雰囲気でいい。
その・・・かわいい。いや、口では言えないのだがよく似合っている。
だが、少し足を出しすぎじゃないか?
はベッドの横のルアーを眺めている。
ああ。あまり・・・ベッドに寄るんじゃない。

「飲み物を持ってくるから、紅茶でいいか」
「あ、ううん。わたし持ってきたから」
そう云ってはカバンの中から二本、紙パックの午後の紅茶を取り出した。
「ハイ、おみやげ」
嬉しそうに笑って差し出す。

それを受け取って、少し緊張が解けた。



★ ★ ★




「ここの英訳、どうなった?」
「ああ、そこは」
小さなテーブルを置いて勉強をはじめて小1時間が経過した。
は集中力を途絶えさせずに勤しんでいる。
俺の集中力はというと、散り散り彼女の周りをうろついている。
ちらりとを覗うと、ちょうど視線を上げたと目が合って意図せず逸らしてしまった。
そして無理矢理にシャーペンを動かす。
はまだこっちを見ている、気がする。

「手塚君」
「どうした」
「勉強好き?」
「好きではないが嫌いでもない」
「あの、あたしね」

いつのまにかの手は止まっていた。

「手塚君が好きなの」
それは二度目の告白である。
一度目は三ヶ月前、俺が告白したらそのあとすぐに彼女も俺に告白してくれた。
なぜ、今また。
の言葉にはまだ続きがあるようだった。
「だからね。ええと、勉強よりも手塚くんがよくて、でも別に勉強会に誘ってもらえ
たのがいやなんじゃなくて、むしろすごく嬉しくて、でもそれよりもわたしは手塚君が
嬉しいの。みたいな」
真っ赤な顔をして、早口に言う。
俺が黙ってじっとを見ていると、居心地悪そうに肩をすくめた。
「だから、だからね。・・・手塚くんともっと話したいんだ!」

言い終わってから、はひとりで大ウケしていた。
恥ずい、アホみたい、とひとりで勝手にしゃべって笑っていた。

心がふるえる。

そして唐突に不二の言葉を思い出す。

ちゃん可愛いんだから、ぼやっとしてると他の奴に食べられちゃうよ』

そうだ。
そのとおりだ。
はかわいい。それは見た目だけじゃない。
よく、こんな人が俺の彼女になってくれたものだ。
なにもかまってやれなかった俺のことを好きだと言った。
気のきいたことひとつ云えない俺と話したいといってくれたのだ。

「俺もと話したい」
「・・・勉強とどっちが好き?」
「余裕でだ」
「じゃあ山登りとどっちが好き?」

「テニスは?」
「・・・同じくらい好きだ」
「正直でよろしい」

笑ってくれた。

「俺からも聞かせてくれ」
「うん?」
「勉強とどっちが好きだ?」
「手塚くん」
「午後の紅茶と」
「手塚くんだよ」
とキスをしたい」
「それ、質問じゃないよ」
「そうか」

が身を乗り出し、唇から浮遊感が与えられた。
どんな言葉を使えばこの想いまるごと表現できるのか俺は知らない。
好きだと呟くのでは足りない。
今度はこちらから引き寄せる。
やわらかい
かすかに紅茶の味
わずかに唇をはなし、再び寄せる。
ノートの上の指を捕まえて、
一瞬震えたまつげに見惚れて
舌をなぞると不二が入ってきた



・・・不二 が 入     って ?



「おじゃましてまーす」
「失礼しま・・・フシュー!」
「うわっチューしてるよ!手塚っ、チュー」
「ぃよっ!手塚部長!男だね」
「やっぱりもう少し遅く突入すべきだったんじゃないッスか」
「そだね。生本番中がよかったにゃ〜」
「いやいや。あのまま手塚がを押し倒せる確率は」
「ご、ごめんね。おみやげに寿司持ってきたんだ。よければ食べてよ」

俺は壊れたバネのように飛び退き、
は硬直した。

一体なんなんだ
なんでテニス部レギュラー陣が勢ぞろいして俺の部屋に踏み込むんだ。
菊丸がいつだかいっていた『ガサ入れ』というやつなのか。
そもそもどうやって家の中に入ったんだ!
不二が言葉もなく混乱する俺の肩に手を置き、微笑をたたえた。

「おばさんが入れてくれたよ」

なんか、肩、すごい力で掴まれている気がする。
たいして広くない俺の部屋にずかずかと踏み込んだレギュラー達は、有無を言わせず
をとりかこんで座った。

先輩。英語なら俺得意だよ。ネイティブだよ」
「あ、え、あ、あの。こ、こんにちは皆さんお揃いで」
「ごめんねさん。止めたんだけど俺ひとりの力じゃ・・・」
「まあまあいいじゃないタカさん、さんお寿司好きだよね?」
「好き」
「じゃあいっしょに食べよう」

いただきますコールがされたところで、全員が小さな勉強机に置かれた寿司に群がる。
俺はひとり立ち尽くした。



◎ ◎ ◎



ようやくすべてが暇つぶしのための不二の謀略であることに気づいたころには、寿司はすべて平らげられていた。

「あの、手塚君?」
「すまない。こんなことになってしまって」
「いいよいいよ、みんないたほうが楽しいし。あとこれ、手塚君さっき食べてなかったから」
が恐る恐る差し出した小皿には、ウナギの軍艦巻きがひとつ乗っていて、
また抱きしめたくなってしまった。

「手塚の部屋ってほんっとサップーケーだなー」
「英二、勝手に漁っちゃマズいって」
「そうだな。中学三年生の男子の部屋にエロ本がある確率は」
「どこからその確率だすんだよ乾」
「あ、俺ps2もってきたんスよ!」
「やろーぜやろーぜ」
「手塚ぁ、テレビかしてテレビ」

とりあえず、抱擁は我慢する。

今はこいつらを怒鳴りつけるところからはじめよう。



★ ★ ★



夕方まで桃城が持参したテレビゲームで散々遊んで、
17時30分、ようやく解散の運びとなった。

「それじゃ先輩、さよーなら」
「ばいばーい」
「お邪魔しました」
「また明日ね」


「手塚」

不二は俺の手の平にそっと何かを握らせた。
手の中を見る前に、母さんが声をかけてきた。
ずいぶんめかし込んでいる。

「国光、母さん今日は不二くんのお母さんとお食事にいってくるから、ごはんは
ひとりで食べるのよ」
「父さんたちは」
「出張って言ってたじゃない。おじいさまも合宿についていっているでしょう?」
「わかりました」
「それじゃあ頼んだわよ。ちゃん、これからも国光をよろしくね。いってきます」
「は、はい!こちらこそ」
が慌てて頭をさげた。

なんだか恥ずかしかった。

と並んでレギュラーとめかしこんだ母を見送る。



「・・・それじゃあ、わたしもそろそろ」

「ああ、送る」
「ありがとう。そういえば、さっき不二君になにを貰ったの?」

忘れていた。
手の平を開く。



小さくて薄っぺらい正方形のパックの半透明な・・・・・・これは。



すぐさまふたたび手の平を握って、不二が帰ったほうを睨む。
のほうにちらりと視線をやると、は赤い顔をして下を向いていた。









「これは不二の冗談だから」

「うん」
「暗くなる前に駅まで送る。荷物は部屋か?」
「うん」
「持ってくる」
「いいよ」
?」

「・・・わたしも行くよ」





俺のシャツのはしをぎゅっと掴む。

小さな手の平
白くて細い。
真っ赤になって
わずかに震えて

はにかみ笑いをして俺を見あげた。







鍵をしっかり閉めよう。

今度こそ、ガサ入れの入らぬように。


































★ ★ ★


「不二ってさんのことすきなんだろ、なんでゴムなんかあげたんだよー」
「・・・乾、調子はどう?」
「ああ、感度良好だ」

「なんの話?」





「盗 聴 器」











おれ、菊丸★英二、15歳。
友達は魔王です。