保健室の王道常連、
保健室の邪道常連、越前リョーマ



人の恋路を邪魔するやつは


「腹痛いんで休ませてくだサーイ」

五時間目の休み時間、適当なノックをして保健室にやってきたのは越前リョーマ。
語尾のやる気の無さから保健医は呆れ顔でこつんとリョーマの頭を叩いた。

「まぁ今日のところはいいでしょう。先生これから出張だから、何かあったら職員室の先生を呼んでくるのよ」

仮病だということはもちろんバレているし、リョーマも隠そうという気が無い。
それでどうして"何か"など起ころうものか。
怪訝そうなリョーマの顔を見て、衝立で隔離されたベッドスペースを示した。

「寝てるのよ」

先客が居るらしい。

「鍵はここに置いておくから、保健室から最後に出る人に閉めるように言っておいて頂戴」
「・・・ッス」

保健医が退室すると、リョーマは備え付けの麦茶をコップに注いであおった。
よく冷えていて美味しい。

コップを洗ってからベッドへ向かう。
ベッドスペースと呼ばれてはいるが仕切りは薄っぺらくて白い衝立があるだけである。
その奥に二つベッドが並んでいる。
手前のベッドを通り過ぎたとき、やはり人が居るらしい膨らみがあった。
奇妙な姿勢で眠っている。蹲って、夏がけから髪しか見えない。
だが、髪だけだってリョーマにはすぐにその人物が分った。

この学園にその名をとどろかす、生徒会副会長3-1、
別に女帝のようだとか、とてつもなくケンカが強いとか言うことで名を知られているんじゃない。

「・・・先輩」

小さく声をかける。と、もぞっと膨らみが動いた。
あいているベッドに腰掛けて、副会長が目覚めるまで待機する。
頭までかぶっていた夏がけから、ゆるゆると顔を出す。
寝返りをうってこちらを見た。
目が潤んでいて、眠たそうにシパシパまばたきする。
少し、いやらしい。ような気がする。
眠気眼がリョーマを映すと、
「えちぜんくん」
と、やはりまだ眠たそうな声が聞かせた。

その美貌ゆえに、その名を学園にとどろかす女―――生徒会副会長、

「どこか具合が悪いの?」

ものすごく具合が悪そうなにそういわれては浮かぶ瀬が無い。

「別に」
「眠りに?」

咎めるでもなくやんわりと、遊び心を垣間見せて笑った。
頬が赤くなったのを悟られないように、上履きを乱暴に脱いでリョーマはベッドに入った。

「だって眠いし」
「そう。私はそろそろ教室に戻るね」

そう言って上半身を起こした。

「帰るの?」

がばりと起き上がった越前の反応の早さに、は少し驚いている。

「4時間目からずっとだったから」
「もう6時間目はじまっちゃったし意味なくないスか?」

まだ会ったばかりだ。
邪魔者もなく、二人きり。
千載一遇のチャンスだ。リョーマは思う。

それに、は真っ青で危うい。
もう少し横になっていたほうがいい――と、これはマジメに思う。

「行かないでよ」

まっすぐ見据える。

「先輩と話したいんスけど」

直球勝負。
彼女は鈍いから、これくらいのことを言わないと気づいてもらえない。

「わたしでよければ」

そう言って少し困った顔で笑うのは、お人よしのらしい。
副会長になったのだって推薦を断りきれなかったからに決まっている。
そんな人だからこのまま押し切れば、今此処で一線を越えることだってできる気がするのはリョーマの気の所為ではないはずだ。






* * *






「そしたら、調子に乗るな小僧とか言って。あのひと中三なのに」
「楽しい人だね」
「楽しくないッスよ。なんか海堂先輩濃くしてバーニングしるときの河村先輩で薄めたような人」
「ますますだよ」
「じゃあなんていえばいいの。…あ、鶏っぽい」
「にわとり・・・」
「髪型とか。性格も。キレてるときの鶏」

は可笑しそうに笑った。
心なしか顔色もよくなってきている。

「あとさー、なんか試合終わったあとも指差されて、ナニ?みたいな」
「越前君が勝ったんだよね」
「あたりまえじゃん」
「ゴメン。おめでとう。テニス部強いね。手塚くんも強いんだよね?」
「・・・あ、会長だから知ってるんスね」
「同じクラスでもあるよ。手塚くん凄い強いって、よく聞くの」

まぁね、とリョーマは答える。
二人きりで話しているのに、から他の男の話題をされるのは少し苛立った。
手塚国光もの前では饒舌になるのだろうか。リョーマは思う。
リョーマ自身がそうであるように。

「すごいなぁ。越前くんも手塚くんも。手塚君ね、勉強も委員会もきっちりやってるのよ」
先輩だって、勉強とかすごいって、よく聞くッス」

部活やってないから、とは弁明した。

「オール5だ、って」
「誰が言ってたの?」
「乾先輩」
「…データマンだねぇ」

観念した呆れ顔だった。

「部活入ればいいのに。体育5のくせして」
「根性が無いから」

苦笑。
これも乾から聞いた話だが、彼女はひどい喘息持ちらしい。
そう言えばいいのに、とリョーマは思う。
無理して微笑うのが、リョーマを子供扱いしている証拠だ。
微笑まれて単純に嬉しくなるのは、自身が子供の証だ、とも思う。



授業終了のチャイムが鳴った。
あとは部活をして帰るだけ。
けれど、まだ部活に行くには早すぎる。
だが押し切って押し倒すには時間が足りない。
せめて一手だけでも進めてくことにする。



「先輩さ」
「ん?」
「俺が先輩のこと好きだって、わかってるからそういう物言いするの?」

自分を卑下している。
違うか。
が自分のことを卑下していると感じるのは、リョーマが彼女に恋をし、彼女のすべてがきれいに見えるからからもしれない。

「聞こえなかったの?」

のベッドに詰め寄って膝をのせる。
軋んだ音と同時に、はわずかにのけぞる。

「はい?」
「スキっすよ」

捕まえて、唇をついばむようなキスを与える。






コンコンコン






「失礼します」

誰かが保健室に入ってきた。
リョーマは唇をぺろりと舐め、から放れる。
聞き覚えのある声だ。
足音は迷い無くベッドスペースに近づく。
衝立の向こうに黒い学ランをきっちり着こんだ手塚国光が見えた。
リョーマの不自然な位置と、ベッドに上半身を起こして放心しているを見、少し驚いたようだった。

「越前、何をしている」
「腹痛ッス」
「部活には出られるのか」
「今から行きます」

そうか、と短く言うと、手塚はに向き直った。

「具合はどうだ」

今度はリョーマが驚く。

「もう平気」
「まだ目が潤んでいるが」
「少し眠っていたの」

リョーマのキスの衝撃で零れそうだった潤み、手塚が手の甲で拭う。

「そうか。無理はするな」



・・・なに、この雰囲気



「・・・じゃ俺、カバンとってくるんで」

リョーマはベッドからおりて上履きを乱雑に履いた。

「かかとを踏むんじゃない」
「・・・ッス」

すっかり折りたたまれた上履きのかかとを引っ張り出す。
気づかれないように見上げて、しかめっ面をひと睨みしてやる。
扉のノブに手をかけ、振り返る。

「最後の人が鍵しめろって、先生が」
「わかった」

なんであんたが応えるんだよ
一緒に保健室でるってこと?
なにそれ

扉を荒々しく締めてやった。
っと、見せかけて。




扉の上のほうにある窓から中を覗き見る。
『プライバシー保護のため』とかで色画用紙が貼ってあるのだが、下のほうがはがれていて中が見えるのだ。
わざと衝立をどかしてきたので、ベッドスペースが見える。

と手塚はそのあと二言三言交わし、手塚がおもむろにベッドに手をついたかと思うと、顔を寄せた。

・・・!?

手塚の頭との顔が重なっていて実際キスをしているのを見れたわけではないが、後頭部の髪を掻き抱くようにしてを抱きしめているのだから確実である。
ようやく放れた時に、の唇は濡れていて頬は真っ赤だった。






これじゃ手塚部長と間接キスじゃんか・・・
必要以上に凹む。






もうちょっと時間があれば、先輩オトしてヤるくらい余裕だったのに
先輩だったら無理矢理とか燃えそうだったのに
なんだよ

リョーマは上履きのかかとを踏み潰し直してから歩き出した。
階段を上がっていると、降りてきた桃城と会った。

「お、越前。おまえ保健室いってたんだって?」

陽気な桃城を一瞥。

「…ッス」

「どっか怪我でもしたのか?」
「べつに」
「さてはサボりだな?ワルガキが!」

テンションが高くて少しカチンと来た。

「馬に蹴られただけッス」
「うまぁ?って、おい越前」
「意地でも死んでやんないけどね」

すれ違って昇っていたリョーマの背中を見ながら、桃城は首をかしげるばかりであった。



人の恋路を邪魔するやつは
馬に蹴られて死んでたまるか