ネイサンが結婚した。
シュテルンビルトは男同士の結婚を許していたんだ…と俺、鏑木・T・虎徹は心の中だけで思う。
「え?ええ?えええ!おめでとう!ちょ、式はあげるの?ケッコンシキ!」
「いつ?ねえいつ?ぼく絶対いくよ」
「ありがと」
群がった女子に胸元から名刺サイズのカードをとってスマートに渡した。
「ちょっと遠いから行っていいかちゃんとママに確認するのよ。融通きかせてくれるところだと基本郊外なのよね」
そりゃそうだ、と思いながら、祝福の言葉を言いながら、本心から仲間の慶事を歓びながら、興味深くはじめて見る男同士の結婚式の招待状を凝視した。
地図を見ると、ゆるくうねる電車の線一本と周辺一帯には「森」と書かれているだけで、想像を一歩超えてド田舎である。うちの田舎よりすごい。
しかし、森の小さなチャペルというやつにそういえばうちのお嫁さんも憧れていたっけとじわり懐かしく思い出すと、いい気分で裏面を見た。
日時はあるけれど相手の名前も、ネイサンの名前すら書いていない。
なるほど、
ネイサン・シーモアといえど、起業から12年という若さでエネルギー業界をけん引し続けるヘリオスエナジーの、セクシュアル・マイノリティのオーナーには、自分には想像も及ばない苦労としがらみがあるのだ。

ネイサンが仕事で先にトレーニングルームを出て行ってから、はしゃぐチビたちに「いいか」と人差し指を立てて説明した。
「ファイヤーエンブレムは静かに結婚式をあげたいんだ、言いふらしちゃあダメだぜ」
あたりまえだよ、と声を揃えて返された。






黙すと小鳥のさえずりが聞こえる。
ステンドグラスの光が降り注ぐ教会の屋根は高く、屋根を越えれば空は高く、アンティークのオルガンの音色がはじまった。
大きな扉が開かれ一堂に会す皆が息をのむ音を聞いた。
まぶしい光のなかで、ネイサンは黒いタキシードを着ていた。
牧師様に続いてネイサンの長い脚がすっと伸びて、まっすぐに歩きだし、美しい横顔が目の前を通り過ぎた。
ネイサンは美しい。美しいんだが、ということはお相手の男性はどういう恰好で出てくるのだろうか。ネイサンが男役だからこう来たってことなの?男が純白のウェディングドレスを着るとなると、あれがこれでそれでと頭のなかは不謹慎に忙しい。
牧師様が十字架の前でなにか言ったが頭に入らず、オルガンの曲が変わり周りのひとが一斉に大扉へ向きを変えたのに気付いて俺も慌ててうしろを向いた。
扉のもとにあらわれたのは、小柄でほっそりとした、女性だった。
その女性の父親の年齢とはとても思われない老紳士が伴って中央の道をすすみ、俺はふと、道をはさんで向こうの最前列の老婦人が小さな銀の写真立てに、花嫁の姿を見せていることに気が付いてしまった。
「きれい」と驚愕も歓喜も体の内におさめ大きな拍手に変えたブルーローズの目には涙が浮かんでいる。
ブルーローズがつぶやいてくれてようやく弾かれ(本当にそうだ)と思った。
ネイサンの姿は高級ブランドのポスターを見るようだし、新婦は森に降るあかるい光を背に従えて、妖精の王女に違いない美貌である。
おろそかになっていた拍手を心から送った。
ごく少人数の式ではあるが、まわりの拍手も時間差で徐々に大きくなったようにおもう。
俺は手を鳴らしながら妙に穏やかな心地で、タキシードのネイサンが花嫁を承るのを見つめていた。
相手が男じゃなかったから安心したということではない。
これが、あのネイサンが選んだひとなのだ。
あのネイサンが、あの姿で好きな人の家族を喜ばせようと決断したのだ。
だったら万事、大丈夫。
並び立ち、前に出るタイミングが一歩遅れた新婦にわずかな笑みをかけ、ネイサンが優しく導いてビロードを歩き出すと、隣りで牛が号泣を始めた。分厚い手は、力の限り打っている。



式は厳かにすすんだ。
牧師様が「」と名を呼んで、はじめて名を知った。
家に仏壇があるのでたぶん仏教徒、というレベルの自分はきょう初めて知ったことなのだが、配られていた冊子に書いてあるとおりのところで、見守る人々が「アーメン!」と言うそうだ。式のまえに牧師様が説明してくれた。「アーメン」というのは感情のたかぶりで「イエーイ!ほんとそう!ほんとに最高!」という時の言葉なので、祝いたい心が湧き上がったなら思うまま元気よく言ってください、とのことだった。
主役二人のこれまた美しい後ろ姿を見つめながら、俺は(元気いっぱい言おう)と胸に息をためてその時を待った。
誓いを述べるネイサンの声は落ち着いているのにいつもとは違う艶があった。セクシーな男の艶である。花嫁の声は耳に心地よい。穏やかで清廉な人柄が声ににじみ出ているようで、さすがいいひとを掴まえるなあと、うなる。
見惚れ、聞き惚れているまに俺は当然のように「アーメン!」の合いの手に出遅れた。横と前にいるバーナビーとキースのタイミングは完璧だった。
誓いのくちづけは…その光景を表す言葉を、ちょっと照れくさくてうまく言えないが、これが「アーメン!」てやつだろう。



式は滞りなくその次第を済ませ、ネイサンとさんはまぶしい大扉の向こうへ行ってしまった。
ネイサンは始終イケメンとしか言いようのない立ち居振る舞いで、扉が閉まって「みなさまは今しばらくこちらでお待ちください」とアナウンスされるや否や、バーナビーまでもがチビたちに混ざって「いやあ、カッコよかったですね」などとキャッキャしている。
「ちょっとロックバイソン、泣きすぎなんだけど」
「だ、だってよう。なんかこう、いいじゃねえかよ。すげえイイ。あいつ、人のケツばっか揉んでねえで、ちゃんとしてたんだなあ!オレはよう、いい加減にしろなんて言ってたオレが、オレが、オレこそバカ野郎だと思ったんだよ、あいつの覚悟を見たかよ、オレぁ見たぜ、見たんだよ、いま」
「ケツ揉まれてたとかデッカイ声で言うなよ、相手のご親族だった来てるんだからさ」
「あ、そっか」
むこう側にいるのはごくまばらで、最前列で寄り添って座っている老夫婦には聞こえていないようで安心した。
さて、披露宴はないというからこれでお開きなのだろうか、もう終わるのが惜しいほどに、いい式だった。
「本当に、いい式だったなあ」
感慨深くつぶやいたその時だった。
突如大扉が打ち開かれた。
「皆様、うしろの扉にご注目ください。新婦と新婦、…再・入・場ですっ!」
さきほどまであんなに厳粛に祝詞をつむいでいた牧師様が、マイクを天高くかかげて顔を真っ赤にしてシャウトしたではないか。
間髪を入れずプロレスの入場曲がチャペルに響き渡り、大扉の下にウェディングドレスのネイサンと、ウェディングドレスのさんが後光をしょって現れた。
さきほどとは別の空気に緊張している様子のさんの腕を引きつつ、堂々たるネイサンは森をパリに、ヴァージンロードをランウェイに変えた。
俺は「…ハハッ!」と笑いがこぼれ出たらもう迷わず、ここぞとばかり指笛を吹き鳴らし、ネイサンに大きく手を振った。
ネイサンは真っ赤なルージュで投げキッスと優雅なウィンクを寄越し、泡を噴いて倒れかけている最前列の老紳士には「ゴメンなさいネ☆」とばかり両手の濃厚投げキッスを送った。
老婦人は幸せそうに笑って老紳士の背中を支えているから、つまりそういうことらしい。
「ったく、こりゃあ、郊外でしかやらせてくれないわけだ!」
俺が腹を抱えてはなった声は、明るい祝福の笑い声に包まれてはじけた。






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